共感
「まあ、大体そんな感じですね」
アルフォンス君の口から次々と出てくる推測を、僕は大筋で肯定する。
「どうして俺にまで黙ってたんですか? せめて誰が犯人かくらい教えてくれてもっ……」
アルフォンス君はさすがに非難めいた視線で問いただす。彼の想いを誰より理解しているのが僕だと知っているだけに、余計感情的になってしまうのも無理はない。
「もちろん、君と僕の安全のためですよ。基本的に機動城内での僕の行動基準は、大半がそこに基づいていますから」
嘘ばかりの僕だが、ここは誤魔化しではなく、きちんと彼の納得する理由を答えてやらないといけない。アルグランジュに来たその日から決めていた“マリオンの冤罪と無念を晴らす”という目的もそれに次ぐものではあるが、そっちはわざわざ言う必要もないだろう。
「君の言った通り、玄関ホールの時点で僕はゲームが行われることも、その参加資格も、手掛かりを手に入れていました。参加資格は『十五年前の事件の犯人』ではなく、単純に『人殺し』です。同時に、彼らは全員未知の魔法を持っているとも理解しました。僕を除いて、三人もいる魔法を使う人殺しと全面対決するわけにはいきません。だからこのまま何も知らないふりで流れに任せて、事件の真相も犯人の始末も、ゲームに任せてしまえばいいと考えました。結論として、間違っていなかったと思っています。特にレオンさんとの正面対決が避けられただけでも英断だったかと。あの性格とあの能力。下手に敵対したらどんな事態を引き起こされるか分かったものではなかった」
引くことなく、僕の言い分を突きつける。
「そしてリストについて教えられなかったのは、君にも分かっているでしょう?」
「――あなたの……いえ、マリオンの名前があったから……」
アルフォンス君が悔しそうに答える。これ以上はさっきの話の蒸し返しになってしまう。
「僕の命の危機は過ぎ去りましたから、もうそこはいいのですが……今は、それどころではなくなってしまいました」
終わったことよりも今現在、まさに進行中のトラブルに話を戻さなければならない。スピーカーからは双子の、悲鳴に近い訴えが続いているのだ。
「青い名前……次のゲーム挑戦者を、見てください」
まだ議論し足りないアルフォンス君に、無理矢理リストを指し示す。
強引に話を逸らされて、彼もさすがに納得しきれないままに、しかし確かに確認すべきことだと渋々視線を移した。
リストは、人殺しをした順番に名前が並んでいる。今のアルフォンス君ならすぐに分かっただろう。そしてまだゲームが行われていないのは、一番上と、新しく現れた、僕のすぐ下。――そして、更に一番下にある特別待遇の名前。
「残り一人……ルシアンを殺した犯人ですね……え……?」
リストの読みにくい文字を解読して、アルフォンス君は絶句した。残り一人どころか、まだ三人もの名前が連なっている。中には予想もしていなかった名前が……。
生きて、たんですね――微かな呟きは、一番下に記されている人物についてだろう。
だがアルフォンス君の意識は、すぐに僕の次にある名前に向いた。
「――どういう、ことですか……? なんでこの人が……ありえないでしょう……?」
訝し気に呟き、しばらく自分の中で反芻してみているようだ。そして、一番上の名前と何度も見比べて、ようやく見えてきた全体像に息を呑む。
「まさか……そんな馬鹿な……」
リストから読み取れる事実を正確に把握し、アルフォンス君は青褪めて口元を抑えた。リストを読んですら少し時間を要したのは、彼の中にその発想がまったくなかったせいだ。
「そのまさかが起こったんです。この三時間足らずの間に」
僕の口調にも無念さが混じる。
「これまでは、君のためにリストの存在を黙っていました。でも今からは違います」
再び僕に視線を戻したアルフォンス君を真っすぐ見据えて、この短い時間で出した結論を、いや、お願いを、口にした。
「警察官の君に頼むことでないのは理解していますが……アルフォンス君も、このリストには気が付かなかったことにしてくれませんか?」
僕の要望に、アルフォンス君は眉根を寄せ、硬質な声で訊き返す。
「何故ですか? どうせこの人もゲームで殺されるから放っておけばいいと?」
「逆です。僕は、この犯人を死なせたくありません」
アルフォンス君は、予期せぬ告白に意外そうな目を向ける。今まで殺人者に対して一番冷淡だった僕らしくない言葉のせいだろうか。
けれど、これまで十五年前の犯人達に抱いてきたのとはまったく別の感情が、僕の中にはっきりとある。
リストに新しい名前が現れた――休憩前の内容を知らなかったアルフォンス君は理解に数十秒を要したが、それはつまり、この数時間の間に殺人が起こったことを意味する。
殺人事件の発生も、その犯人が誰であるかすらも掴んでいながら、警察官に対して見逃せと言っているのだから、アルフォンス君が反発するのは当然だった。
それを押してなお、僕は懇願している。
僕にはこの犯人は憎めない。
確かに殺人は殺人だ。その動機に善も悪もない。“人の命”以上の“何”を、自分の中で、より上に置くか――その基準がそれぞれ違うだけ。
僕がレオンとベルトランの死を悼まないのは、彼らの優先順位が“命”より“金”にあったからだ。僕の感情が被害者遺族側に立っているのはもちろんだが、傲慢な言い方をすれば、僕とは価値観が違ったから、という部分がかなり大きい。
逆に言えば、この殺人者の価値観は、僕に近かった。アルフォンス君を守るためになら、殺人も迷わず決意した僕と。
どうして、何を思い、人を殺すに至ったのか――今、リストを見ているだけでも、胸が痛むほどに僕には理解できる。死者を悼むよりも、殺した側に共感してしまっているのだ。
「僕は、この犯人に生きていてほしい。心底そう思っています。――君は違いますか?」
もう一度同様の言葉を繰り返し、アルフォンス君に問う。
アルフォンス君は複雑な表情で黙り込む。さすがに犯人の無条件の死などは望まないだろう。まして今回は、自分の家族の仇でもないのだから。
その間にもスピーカーからは子供達の声が耳に届き、痛ましそうに俯いた。
「ごめんなさい、ちょっと、こっちも混乱していてっ……」
子供達に替わって、イネスの声が聞こえた。僕達は緊張感とともに再びスピーカーへと視線を向け、続く言葉を待つ。
「聞いた通り、キトリーがいなくなったのよ。ひとまず全員集まれる? もう、どうすればいいのかっ……」
その要請に、僕達はやりきれない気持ちで顔を見合わせた。
それからアルフォンス君は電話機を操作し、応答する。
「分かりました。これから全員食堂に集合してください。情報をすり合わせましょう」
事務的に館内放送で告げ、再び僕に振り返って尋ねた。
「俺が何も気付かなかったことにしたら、これ以上の悲劇は防げると思いますか?」
知らない間に一人殺された悲劇。それによって、また更に一人がゲームの参加資格を与えられ、処刑の瀬戸際に立たされている。まさに悲劇のドミノ倒しだ。
彼の問いに、明確な回答は与えられなかった。リストに載っている以上、どうしたってゲームは避けられないのだ。避けられるものなら僕だってそうしていた。
「殺人者に課せられるゲームを乗り越えられるかは、本人次第ですが……勝率を少しでも上げるくらいはできるでしょう。今より良くなることはなくとも、現状維持は可能なはずです。現時点で目を瞑る、というのもその手段の一つになります」
憂鬱な気分で、最低限に請け合うだけだった。
アルフォンス君は深く溜め息を吐いてから、気持ちを切り替える。
「今は時間がありませんが、これまでのこと、後で詳しく訊きますからね」
「分かりました」
了承とともにひとまず話を切り上げ、僕達は食堂に向かうべく部屋を出た。