予定外
目覚めは爽快な気分だった。
どこかもやがかかったような思考もクリアになっている。そもそも僕が何も考えたくないと思うような状態自体、やはり普通ではなかったのだ。ひと眠りしたことで、精神の疲労は大分和らいでいた。
寝返りを打つと、デスクワークをしていたアルフォンス君と目が合った。
「ちょうどよかった。そろそろ夕食の時間なので、起こそうかと思っていたところです」
アルフォンス君が、作業の手を止めて時計を確認する。夕飯のオーダー開始十五分前だ。三時間ほど経っていた。
しかしそれよりもまず気になったことを尋ねる。
「デスクを移動したんですか?」
部屋を出た時にはわりと離れていたはずの彼のデスクの位置が違う。僕のベッドのほぼ真横に来ている。完全に寝顔見放題だ
「心配だったので、念のためです」
「…………………………………………」
さも当然のように答えられると、なんだか僕の方がおかしいみたいじゃないか。疲労による失神に近い状態ではあったので、確かに言い分としてはおかしくはないのだが、それだけじゃないだろうという感想は多分僕の邪推ではないはずだ。
「まったく油断も隙もありませんね、クマ君」
僕の枕元に待機しているクマ君に同意を求めると、アルフォンス君は渋い表情をする。
「それが一番の不安の元凶なんですが」
渋い表情で溜め息を吐く。ほんの数時間前まで僕を殺す立場にあった事実が、どうやら受け止め切れないようだ。
「僕にとってはこの子がいる方がずっと安全です。クマ対オオカミの対戦が起こらないことを願いますよ」
「それまだ言いますか」
冗談を言いながら起き上がり、ベッドから降りる。からかわれたアルフォンス君が少し閉口しながら、書類を片付けて立ち上がった。
あまりもたもたしていたら食いっぱぐれてしまう。気力体力更には魔力を万全にしておくためにも休息と食事は重要なのだ。
「夕飯は、何人くらい集まるでしょうね」
「さすがに全員ではないんじゃないですか? 緊急で話し合いが必要な議題もありませんし」
「こんな状況だからこそ、食べられる時にはしっかり食べておくべきなんですけどねえ」
世間話をしながら部屋のドアへと足を向ける。
途中、通り過ぎざまに何気なくゲーム参加者リストをチェックしてみた。
前回の確認では脱落者であるレオンの名前は暗転していたが、僕は生き残った。成功者のパターンはどうなっているのだろうと好奇心混じりに一瞬だけ視界に収め、僕の視界端の隠しモニターで映像を再生して最新情報をじっくりと確認する。アルフォンス君がいるので、立ち止まっての鑑賞を避けるためだ。
するとマリオン――僕を示す名前は、なんと青系から金色に変わっていた。ベルトランはレオンと同じく黒だ。脱落者と違っておめでたいのは分かるが、僕のだけ目立ちすぎだろと苦笑いしかけ――けれどそれどころではない、信じがたいものが視界に映り、言葉を失った。
――やられたっ……!!
直後に思ったのはそれだ。
リストに、今までなかったはずの名前が、新しく刻まれていたのだ。
アルフォンス君が足を止める。
平静を取り繕えていたつもりだったが、彼にははっきりと変化が感じ取れたようだ。それだけ、僕にとってはショックな出来事だった。
「コーキさん……?」
尋ねようとした言葉が、突然割って入ってきたけたたましいハウリング音に掻き消される。
何事かと反射的にスピーカーを見上げた直後、ルネの叫び声が聞こえた。
「お母さん、どこにいるの!? 戻ってきて!!」
「誰かお母さん見なかった!? 部屋にいないんだ!!」
ギイの声が重なるように続く。
何かあったら、放送か電話で連絡を――子供達は忠実に実行した。
その悲痛な叫び声を聴きながら、僕は痛恨の思いで瞑目する。
今更手遅れではあるが、再びマリオンの魔法を展開しつつ。
――ああ、やはり事件は起きてしまった。
せめて僕の意識のある時だったら、どこにいようと確実に防いだのに。
いくら魔法を持っていようが、僕だって万能でも完璧でもない以上ある程度の取りこぼしは仕方ない――分かってはいても、やはり言いようのない後悔の念が込み上がる。この事態は、できることなら避けたかった。
アルフォンス君の反応を見ると、彼は突然の騒動には目もくれず、まったく明後日の方向を向いて、目を見張っていた。
「マリオン……ベアト、リクス……?」
震える声で呟いた。
はっとしてその視線を追えば、その先には、僕がさっき一瞬だけ確認した一枚の絵があった。
やはりブルー系統の配色中に露骨に加わった金色は、目を引きすぎたのだ。
アルグランジュのアートなら、色や図柄がころころ変わる仕掛けの絵など珍しくもないので普通ならスルーされるかもしれないところだが、彼にはアルファベットが分かる。
閃くきっかけさえあれば、理解するのは一瞬だ。
「ちょっと、待ってください……何ですかあれ? マリオンの上は、ベルトランに、レオン? しかもその二人は黒で、マリオンだけ金色……」
完全に気が付かれてしまった。
まあ、僕がクリアした後なのでそれほどの問題はないはずだったのだが、たった今新しい問題が発生してしまったところだ。どう答えればいいものか。
アルフォンス君は僕に視線を戻し、強張った表情で尋ねる。
「あなたが時々気にしていたから何だろうとは思ってましたが……これ、ゲームの参加者リストだったんですね?」
僕の返事を待つことなく決めつけながら、ほとんど独り言のように立て続けに推測を口にしていく。
「一体いつから……いや、あなたが初めに自分の部屋で絵を見た時点ですでに気にしてましたよね。そして俺の部屋でも同じものがあるのを確認した」
「でもその時点では、これからゲームが行われるなんてことは分からないはず。いや、このリストのように、ゲームの説明もどこかにあったってことか?」
「あなたは最初から、ゲームの参加資格を知っていた? つまり、十五年前の事件の犯人全員を、ゲームの前から把握していたということですか?」
もう芋蔓式に次々言い当てていくのだから大したものだ。まあ現状、知られて本当に困る秘密には、既出情報ではたどり着かないだろう。
納得できるくらいまでの情報開示は、ある程度してやってももう差し支えはないかもしれない。