ギルト
「コーキさん!」
アルフォンス君に抱きかかえられたままの僕の元に、子供達が駆け寄ってきた。
「コーキさん! 心臓止まるかと思った!」
「本当に心配したんだから!」
半泣きで無事を喜んでくれる。
「ありがとう。怖い思いをさせてしまってすいませんね。おかげさまで、クリアできましたよ。これで今夜から枕を高くして眠れます」
抱っこされたままではあまりさまにならないが、微笑みを返す。
「やったじゃねえか、コーキ。これでお前も大富豪の仲間入りだな」
悠然と近付いてきたクロードが、彼らしい物言いでニヤリと笑いかける。
「ええ、皆さんの協力のおかげですよ。妨害さえなければ、なんとかなるようです」
「妨害か……。確かに『女王の亡霊』の横やりは、お前にはなかったな」
「ゲーム前にも言いましたが、半年前にこちらに来たばかりの僕は『女王の亡霊』の仇ではあり得ませんからね。無関係なら怖がる必要もないんじゃないですか?」
僕のゲームは終わったので、早速嘘解禁だ。気楽に適当な返事ができる。
細心の注意を払う必要のないおしゃべりはなんて楽なんだと言いたいところだが、これにも含めた意図がある。
クロードとの会話に見せかけて、残る一人に投げかけたものだ。“無関係でないお前はどうなんだろうな?” ――と。
「やはり、コーキさん――いえ、マリオンがゲームに選ばれたことからも、十五年前の殺人者が参加資格と考えていいかもしれませんね」
僕の話題転換の意図に気が付いたアルフォンス君が、すかさず話に乗ってくる。最初の殺人者、ルシアンを殺した人間がまだここにいるのだ。この程度の嫌がらせなど可愛いもの。せいぜい怯えて待っているといい。
「確かに今までの三人、全員そうだったもんな。だとしたらマリオンの分をしょわされたコーキはとんだ貧乏クジだったな」
クロードの発言に、子供達は縋るような表情をする。
「じゃあ、僕達はゲームに選ばれない?」
「私、妨害なくても、あんなのできない」
不安そうな二人に、僕は笑顔で断言する。
「もちろん。最後までいい子にしていれば、君達が選ばれることは絶対にありませんよ」
不安を払拭したい子供の質問に、現実的な返事をしても仕方ない。ありきたりなオトナの常套句は、他の大人達が見れば根拠の薄い子供だましの気休めに見えるろうが、これは全員に共通する間違いのないアドバイスだ。
いい子にしてさえいれば。――一人だけ手遅れがいるが。
僕はある程度の攻略法を準備した段階で、さっさと終わらせてしまったが、この待たされる時間というのも、身に覚えがある者にとっては相当な心理的負担になるだろう。
それこそいつとも知れぬ死刑執行の日に怯える死刑囚のように。
女王の亡霊の妨害は、きっと入る。ゲームクリアはほぼ絶望的――そんな刻一刻と目の前に公開処刑が迫った中、僕の言葉をどんな思いで聞いているのだろう。
少しは自分の犯した罪を悔いる気持ちはあるのだろうか。それとも、自分に降りかかろうとしている災難に、被害者気分でただ嘆き憤るだけなのか。
ちらりと視線を向ければ、真っ青な顔をしているが、それはここにいる全員が似たようなものだから、特に目立ってはいない。
まあ僕が成功したからと言って、別におめでたい空気が流れているわけではないのだ。
ほんの数十分前には、人一人目の前で殺されたばかりの上、話の流れ的にあと一回は、ゲームという名の公開処刑があるだろう、となっているのだから。成功おめでとうなんて明るいムードになど、そうそうなるはずがない。
全体を見回せば、特にアデライドとジュリアンは、お互いに支え合いながらベルトランの死を泣いていた。彼らにとっては、善良な父であり、祖父である姿が真実だった。
この、明暗分けられたというか、ある意味勝者と敗者が同席する空間というのは、実に気分が重いものだ。
ただでさえ大きな災難などを自分だけ運よく免れた生還者などは、何の落ち度もなくとも、犠牲者やその家族に対して罪悪感に苦しめられたりする。僕とアルフォンス君などはまさにそれを、大なり小なり抱えて生きてきた口だ。
今回のケースに関しては、正直ただの自業自得にしか思えないが、遺された遺族にはそんなことは関係ない。理不尽な恨みが生き残りに向けられることも往々にあるし、今は頭を冷やす時間が必要だろう。
感情的な八つ当たりを受けて人間関係を無駄に拗らせてしまう前に、さっさと退散してしまいたい。
「アルフォンス君」
小声で促すと、アルフォンス君も頷いて、全員に向けて声をかける。
「ひとまず解散しましょう。それぞれ落ち着く時間が必要でしょう。俺とコーキさんは、しばらく俺の部屋で待機していますので、何かあったらすぐに電話か放送で連絡してください」
今まで親戚一同のまとめ役だったベルトランは退場した。ベレニスやイネスなど次の年長者も、頼りにしていた兄の死を目の当たりにして、今はとても冷静ではいられない。これからのまとめ役は、警察官の立場からアルフォンス君が務める場面が増えるだろう。
「そうだな。俺もこんなとこ、長居したくねえ。さっさと引き上げるとするか」
真っ先にクロードが賛同する。しばしば感心させられるが、これは意識的にやってくれているのだろうか?
「ちょっと待ってよ!」
嘆いていたアデライドのやり場のない感情の矛先は、提案したアルフォンス君だけでなくクロードにも向けられた。
「このまま何の手も打たずに次の殺人まで待ってろって言うの!? 犯人はそのまま!?」
アデライドが非難するように叫ぶ。言い方はヒステリックだが、内容自体はごくごく当たり前の指摘だ。殺人犯が潜伏中で、更なる犯罪が予見できているのなら、対策は講じるべきだろう。
ただしそれは外の世界での話だ。
「手を打てって言ってもなあ……じゃあ何やんの? どうせ被害に遭うのは人殺しだけなんだろ? ヤブヘビはゴメンだぜ」
クロードが面倒臭そうに返す。かなりぶっちゃけているが、こちらの言い分も正当なものだと思う。大好きな従兄を殺した犯人を助けるために、自分が危険を冒してまで動いてやる筋合いはないと。
やはりこの閉じた世界で、極力関わらないようにするのは無理があるようだ。
「現実問題、何もできませんよ」
若者二人を憎まれ役にしておくわけにはいかないので、僕も参戦することにする。
「普通だったら通報するところですが、ここでは自分達でどうにかするしかないんです。ですが『女王の亡霊』の正体も居場所も分かりません。手を下したテディベア二体もどこかに行ってしまいました。僕達で探しに行って捕まえるんですか? それとも残りのクマ君達を危険物として回収なり廃棄なりしますか? 完全防御と転移を備えた自立思考型ロボットを、どうやって? 警察官だからって、できもしないことをアルフォンス君に押し付けるのはやめてくださいね? ただの人間には不可能です。結局のところ僕達にできるのは、用心を怠らず、時折やってくる嵐を無事を祈ってやり過ごすことくらいです」
僕は淡々と忌憚のない意見を述べる。抱えられているせいでいつもより間近にあるアルフォンス君の顔がちょっと困っているように見えるが、後半部分こそが僕の一番の主張だ。気分はちょっとしたモンスターペアレント。いくら職務があっても、できることとできないことがある。うちの子への過剰で不当な要求は、事前に撥ね付けておく。
「――私達には、何も、できないの……?」
思った反応と違い、弱々しい口調で、アデライドは悔しそうに呟く。理屈は分かるが納得したくない、といった様子だ。
「むしろ何もするべきではないと思いますよ? もっとも愚かなのは、閉鎖空間で殺し合うことです。十五年前のように。さっきも言いましたが、いい子にしていることですね」
そう。本来この遺産騒動のもっとも賢い乗り切り方は、そもそも何もしないことだったのだ。それだけに、これは切実な願いでもある。
本当にもうこれ以上余計なことは何もしてほしくない。僕の頭の中には、すでに生還までのおおよその道筋は立っているのだから。
これ以上の建設的な意見が出ることはもはやなく、微妙な空気の中で今度こそ解散の流れになった。