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ゲーム終了(三人目)

 やったぞ。僕はやり遂げた。


 表現の仕方に多少の不安はあったが、課題である『一番の秘密』は言ったものと、ちゃんと認定されていた。


 そして何より――僕の述懐を黙って聞いてくれていたギャラリーを見回して、真の意味での勝利を確信する。

 

 正真正銘ウソツキの僕が、事実だけを並べて全員を騙し切ってやった。

 目の前にこれ見よがしにぶら下げられた大きなエサに惑わされて、誰も僕の()()()()()()()()には気が付かなかった。


 僕の正面に立つクマ君を改めて見つめ返す。この世界に来て、僕の秘密を知っている唯一とも言える存在だ。

 その手からジェイソンのチェーンソーが消えた。


 本当に命の危機を脱したのだと、改めて実感する。

 君は君の役割を果たしただけなのだから、こんなことで嫌いになったりしないよと心の中で語り掛けると、いつでも無表情の彼が、笑ってくれた気がした。

 君も、僕を殺さずに済んで喜んでいるのだと思うことにしよう。


「おめでとうございます! 勝者マリオン・ベアトリクスには、遺産『転移』が相続されます」


 クマ君の祝福の声とともに、僕の中に新たな魔法がインストールされたのが分かった。僕の意識がある状態で入ってきたためか、使い方が本能的に理解できている。今すぐにでも使いこなせる自信がある。

 自分ではよく分からないが、多分記憶を読み取れば、設計図の方も記録できるのだろう。


 これで僕は、強力な武器を手に入れた。

 実際に使うかどうかより、魔法を持っている事実を周知できているという状態に、何よりの意義がある。

 今までの僕は、実態は無敵でありながらそれを秘匿していため、女子供という弱者のくくりで見られるのを避けられなかったが、魔法を持っているという事実は、それだけで他者からの攻撃の抑止力になる。この先余計なトラブルに巻き込まれる可能性は、かなり低くなった。

 このもらったばかりの『転移』なら、いざという時に人前でも堂々と使えるのもありがたい。

 そして残る魔法持ちが攻撃能力のないだろう『治癒』である以上、生き残りの中では僕が最強だ。

 ただ逆に警戒される立場になったこともしっかり自覚して、軽率な行動は控えなければならない。瞬間移動なんて、もし推理小説の世界にあったら、あらゆる不可能をひっくり返す究極のアリバイ・密室トリックスキルだからな。


 ところで『治癒』の能力者と仮に戦った場合、どういう結果になるのだろう? ダメージを与えられないゾンビを相手にする感じなのだろうか? 僕も別に攻撃力が高いわけではないから、負けはなくとも勝てもしない、消耗するだけの戦いになるのかもしれない。

 まあ面倒なことになる前に、さっさとゲームに始末してもらうのが一番手っ取り早くて安全なのだが、さすがに三連チャンでゲームは辛いな。僕の順番も終わったことだし、少しは落ち着く時間が欲しい。


 ともかく最大の難所が無事越えられたことで、一息吐ける。現状では、この機動城内で僕を殺せる可能性があったのは、このゲームだけだったのだから。

 大きな宿題が片付いたおかげで、残る一人のゲームは気楽に観覧できる。さっきのゲームでも語った通り、人殺しが復讐者に殺されても正直、自業自得としか思わない。その家族についてなら、少なからず同情心は湧くが。

 この屋敷の滞在者の人間関係は、実に複雑で面倒臭い。誰もが被害者家族でありながら、加害者家族ともなるのだから。そんな中で、誰が何を思い、何が起こるかも分からないからこそ、本当の身内以外は極力距離を置くべきなのだ。

 それにしても、殺人者とはいえ人の死を気楽にと思える辺り、僕もすっかり毒されてしまったものだ。


 だがこれで一気に先の見通しが立った。あと一つ、残った関門はラスボスだけ。彼さえ殺せば、僕達は馬鹿げた遺産相続騒動から完全に解放される。


 ――最少なら、あと二人の犠牲で終わる。想定外の事態さえ起きなければ……。


 おっと、こういうのをフラグと言うのだろうか。うっかり祈ることもできないとはまったく難儀なことだ。


「以上で第三ゲームの終了となります」


 思考中の僕の耳に、クマ君の宣言が届き、意識が現実に戻る。

 不意に拘束が解けた。


 生き残れた安堵と、生還の希望が見えたことで、つい気が抜けてしまったせいだろうか。突然自由になった体を支えきれずに、ぐらりと倒れそうになった。


「コーキさん!」


 同じく自由の身になったアルフォンス君がすでに動き出していて、僕を抱き留めてくれる。


「よかった、コーキさんっ、よかった……」


 絞り出すような声で何度も繰り返しながら、そのまま抱きしめられる。

 僕も力の入らない手で、背中に手を回した。弟の笑顔と心を守れたことが、何よりの勝利だ。


「やりましたよ、アルフォンス君。言ったでしょう、十分などあっという間だと」

「寿命が縮みましたよ。こんなに長い十分間は、人生で二度目です」


 ――一度目は、マリオンの処刑か。再現どころか、更に酷いスプラッタシーンなど見せつける結果にならなくて、本当に良かった。


 初めての成功者を出したことで、周囲の空気もようやくわずかながら緩んだ。


 ああ、もうしばらくは何も考えたくないな――絶対的に安心できる存在に支えられていると、一度失って再び得た温もりに、このまま浸かり続けてしまいたくなる。


 これはよくないな。自分もゲーム参加予定者だと知って以降ずっとさらされてきたストレスから一気に解放されたからって、さすがに腑抜けすぎだ。

 そろそろいつもの自分に戻らなければ。それとこの無防備状態も改めておこう。


 ゲーム前に無効化された魔法を再びかけ直してから、これで良しとアルフォンス君から離れようとしたが、体に力が入らなかった。


 緊張感が解けたからだけでは説明のつかない脱力に、違和感を持つ。

 もしかしてこれは魔法の影響だろうか。


 昨日今日と慣れない魔法を使い続けて疲労していたところに、立て続けのゲームで精神的にとどめを刺され、ダメ押しで再度の魔法展開で、とうとう限界が来たというところか。

 ファンタジーのようにMP切れで倒れたりはしないと思うが、魔法とはむしろ体力よりも精神に負担がかかるのかもしれない。

 やはり念のため、緊急事態に備えて、不要不急な魔法の使用と魔力の消費は控えた方がよさそうだな。

 せっかく手に入れた『転移』、早速実験してみたかったのだが、今は一つの魔法で手いっぱいだ。……残念。


「コーキさん?」


 脱力したままの僕の顔を怪訝そうに覗き込んでくるアルフォンス君に、苦笑を返す。


「すいません。情けないことに、腰が抜けてしまったようで、ちょっと立っていられません」


 いくらなんでも僕はそこまで軟弱ではない。沽券に関わる残念な嘘だが、ここは仕方がない。足が震えてすらいるので、自然に誤魔化せただろう。


「無理もありません。コーキさんは、本当に頑張ったと思います」


 アルフォンス君は、どこか苦しそうな表情で、優しく抱きしめながら僕を励ます。


 おっと、これはさっきゲームで語った衝撃の告白に心を痛めているな。僕が極端なほどに弟にこだわってしまう理由も。

 弟の死に様が、常に僕の心を苛んできた事実に変わりはないが、それでも多分、僕の誘導に大幅に乗った解釈で受け止めているはずなので、そこは申し訳ないと心の中で謝っておこう。


「っ……!」

「今日は部屋に戻ってしばらく休みましょう」


 アルフォンス君は動けない僕を、軽々と抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつか。 

 突然の慣れない浮遊感に、つい以前の感覚のままで、大丈夫なのかと一瞬ヒヤリとする。最近の介護の現場では、禁止されているところも割と多いというくらい、介助者要介助者双方にとっての危険性が注意喚起されているものなのだ。が、よく考えたら幸喜時代より、今の体は二十キロ近くは軽いのだった。僕を抱える腕にはまったく危なげがなく、すぐに安心感に取って代わる。まさかこの年まで生きて、介護とは関係なく弟にお姫様抱っこされる日が来るとは。いや介護ではないが救護にはなるのか? それにしても僕の弟はすっかり頼もしく力持ちになって――――――――いやいや、なんだかまたいろいろな錯覚に陥ってしまっている。


 気は進まないが、やはり少し休息が必要なようだ。――次の局面に対応できるだけの精神状態に戻すために。

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