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秘密 2

 さて、「一番の秘密」というお題を僕がこなす上での最大の山場だ。めいっぱい盛り上げていきたいものだ。


 情報は頭の中で何度も整理してきた。慎重の上にも慎重に、決して矛盾も齟齬も来たさないように、余計なことは触れず、事実だけを正確に描写するのだ。狙った方向へと誘導するために。

 精神を研ぎ澄まし、本題に入る。


「来栖家の悲劇についてですが、実は報道されなかった情報がありまして……世間には公表されずとも、事件の当事者の立場にいると色々と耳に入ってくるもので、これが僕が長年誰にも言うことのなかった秘密に関わってくる話なのですが――それは来栖家次男である弟の死因についてです」


 ここからは報道されていない話になるので、様々な関係者との関わりの中から僕が直に見聞きした情報がトークの組み立てのメインになる。


「周囲の人間は、家族全員を失った七歳の少年に気を使って、そうとはっきり分かるようなことは言いませんでしたが、それでも多くの人間と個別に関わり、その都度少しずつ入ってくるパズルのピースのような情報を総合的に整理すると、僕の中で一つの事実が浮かび上がって来ました」


 事故に遭う少し前、母親は弟を抱き上げるために、持っていた日傘を長男に手渡していたのだ。

 そして、事故の衝撃で折れたその傘の骨は……。


「僕も医学を勉強していく上で、はっきりと確信に至りましたが、耳の後ろのこの辺り――ここを刺されたら、脳を損傷してほぼ即死になるんです」


 僕の話の展開に、いくつもの息を呑む音が聞こえたが、僕は変わらないペースで語り続ける。


「もちろん不幸な事故ですから、むしろこれ以上傷付けないように、僕の前では誰も弟の死因については触れませんし、責められたこともありませんでしたが、ただそれはそれとして、唯一生き残った被害者ということで、事件の聴取やカウンセリングなどで、話を聞かれることは何度もありまして、その度に僕は「分からない、何も覚えていない」といつも答えていました」


 重い沈黙の中、効果的に伝えるためにしっかりと間を開ける。もちろん五秒以内厳守だ。時間管理にぬかりはない。


「でも、弟のことに触れられれば、条件反射のように、事件の光景や衝突直前の瞬間が繰り返し脳裏に蘇ってきて――彼の、丁度この辺りの肉を断った瞬間の感触とでもいうのでしょうか――あれから五十八年という時間を過ごしたのに、今も、それはこの手にはっきりと残っていて、思い返す度に、自分は血の繋がった存在を殺してしまったんだと、自覚するんです」


 耳の後ろ下辺りを手の平で覆って急所の場所を示しつつ、長々と言ってしまってから、ひやりとする。

 盛大なインパクトを狙うため、派手な表現をしたのはいいが、うっかり余計な一言を言ってしまった。ここまで言うべきじゃなかったのだが、長文と強調を意識する方に気を取られてしまったか。


 やはりクマ君は動かない。――正確すぎた。


 長文でしゃべるのは、嘘判定を食らっても、どの部分が嘘かをオーディエンスに限定させるのを防ぎ、虚実を曖昧にさせるための対策だが、全部事実として認定されるのも都合の悪い場合があるのか。ここはむしろ、言い間違いとして嘘判定でないとおかしいところだ。

 全てが事実であるがために、全体的に見ると僕が作り上げたい物語の上で、逆に整合性の取れない部分を出してしまった。


 発言の矛盾に気が付いた者がいないか、さっと周囲の反応をうかがってみる。

 話の内容が想像以上に衝撃的だったためか、事実を言いすぎてしまった僕のささやかなミスには、誰も気が付いていないようだった。

 表面上は変わらないままで、密かにほっとする。


 あと三十秒弱。僕としては当然のことだが、女王の亡霊の妨害はない。そして語るべき内容はすべて語り切れた。


 残り時間を確認しながら、スピーチの締めに入る。


「あの事件から、弟の存在はずっと僕の心のトゲとなって刺さり続けてきたものであり、来栖幸喜の人生を終えるまでずっと誰にも言うことのなかった話を、まさか死を覚悟して意識が途切れた後に、前と違う世界でチェンジリングとして蘇って話す機会がやってくるとは、実に皮肉を感じますが、今こうして『一番の秘密』を話すというゲームの課題を果たす上で役に立っているのだから、人生何が起こるか分からないものだと思います」


 あとは秒数調整のための無駄なトークだが、変わらずに細心の注意を払う。決して油断はしていなかった。全部事実であり、本心であるはずだ。


「っ!?」


 なのになぜかここで、クマ君が一歩動いた。


 嘘判定された!? 一体どこだ!? ミスはしていないはずだ!

 自信があっただけに、多少なりとも動揺する。ベルトランの例を考えれば、これも答えは僕の中にあるということなのだろうが、心当たりがまったくない。

 一文が長すぎるせいで、僕自身でも間違った部分を特定しきれないなんて、とんだ落とし穴があったものだ。


 しかし口を閉ざすわけにはいかない。残り十秒を切った。勝ちはもうほぼ決まっているが、最後まで気を抜くな。


「以上で、トークテーマ『一番の秘密』を終えたいと思います。皆さんの沈黙でのご協力に感謝します」


 最後の一言を言いながら並行して考え、ふと、冒頭にした話とほとんど同じ内容だが、表現を変えた部分があったことに気が付いた。


 最初に僕がチェンジリングかと聞かれた時には、僕は肯定したように見せかけて明確な断定はしていなかった。しかしあの時クマ君が動かなかったことで、僕も事実だと錯覚してしまったのか?

 当然のように、僕は自分がチェンジリングである前提でしゃべってしまっていたが、事実と心情、感想のみを意識して組み立てたさっきのトーク内で、僕自身が事実だと確認できない部分は、そこしかない。


 まさか、僕はチェンジリングではなかった? 


 いや、しかしチェンジリングの条件にはちゃんと当てはまっている。チェンジリング局による診断結果でも正式認定された。

 最初の方で言語が不完全だったり、転移する対象が元の自分と違いすぎたりといったイレギュラーは多少あったが、魂だけで異世界の他人の体に憑依した事実は、自分が一番よく知って――。


 そこではっとする。


 周りの人間に言われるまま当然のように思い込んでいたが、唐突に勘違いに気が付いた。


 そうか――多分少し前までは、間違いなくチェンジリングだったはずだ。けれど、今では違っているということか。

 

 一つ、思いついた可能性がある。


 もし僕にもあるとしたら()()だったのかな、と後になってからなんとなく考えていた、軍曹の遺産とは別の、僕自身のチェンジリングチート。

 もしあれだったのだとしても、これからの人生で二度と使う機会はないだろう――とあまり重要とは捉えていなかったが、多分それを無意識で使ってしまっていたあの時点で、すでに僕は……。


 すとんと腑に落ちるものがある。これはうっかりだった。こんな単純なことを見逃していたとは。

 きっと今の僕は、正確にはチェンジリングと呼べない存在になっていたのだ。全ての条件を満たしていたとしても。


 ――だが、正直どうでもいいことだな。答えが分かってスッキリした、ただそれだけだ。

 僕の本当の秘密に直接関わってくる要素だから、明らかにはできない。これも永遠の秘密に追加だ。


 僕はチェンジリングのクルス・コーキ――この先も、ずっとそれでいい。


 瞬時に考えて即決したところで、高らかな祝福のファンファーレが鳴り響いた。


「おめでとうございます!」


 クマ君達の祝福の声が耳に届いた。見えない拘束で体は動かないままだが、心の中でガッツポーズを取る。


 10分から始まったタイマーのカウントは、0を示していた。

 僕は、ゲームに勝ったのだ。

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