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第三ゲーム

 話の滑り出しは、最初から決めていた。


「ゲームのトークテーマは「一番の秘密」ということですが、とりあえず昨夜の取り決め通り、『僕は本当にチェンジリングなのか』という疑惑を解決しておく必要がありますね」


 緊張感漂う沈黙の中、周囲を見回しながら、特にアデライドを見つめて口火を切ることで、逆にギャラリーからの質問を封じる。みんなも僕の注文通り、言葉は発さないままで同意の頷きを返す。

 まず、一番の懸念を払拭しておこう。


「確かに今現在、僕がマリオン・ベアトリクスであるために、誤解と不信を招いてしまっている現状は、理解はできますが、事実を知っている身としては非常にもどかしい問題でもあります。その上ややこしいことに、肉体が本人のものというだけでなく、機動城にもマリオンさんとして招待されているわけですから、僕が彼女ではないのかとの根底での疑惑はますます消しきれないことでしょう。ですが、僕はあの処刑場でこの体で目覚める前は、異世界にあるニホンという国で、来栖幸喜という男性として六十五歳の誕生日まで生きて生活していたのは間違いのない事実です」


 一呼吸置きながら、クマ君を確認する。よし、動かない! 事実しか話していないはずだが、やはり実演は肝が冷える。

 飄々とした表面とは裏腹にひやひやしつつ、さらにプラン通りに続ける。


「ニホンには、こちらで言うチェンジリングの概念はなかったもので、来栖幸喜として心臓発作で倒れて意識を失ってから、この体になって目覚めた直後、チェンジリングだと周囲の人達に言われた時には非常に戸惑いました。その後専門家に聞いた話によると、チェンジリングの定義とは「異世界から来た死んですぐの人間の精神が、同じく死んだ直後の別の肉体に乗り移って、甦ってしまう現象」ということなので、僕は明確にチェンジリングの条件に当てはまっています」


 ゆっくりはっきり、区切るように丁寧に説明する。

 今度もクリア!

 そしてギャラリーの反応も、特に異常なし。

 よし、このやり方は通じる。僕なりにかなり冒険した表現があっただけに、手応えに、内心でガッツポーズを取る。危険を冒して試した甲斐があった。


 疑問に答えているようで、実はいずれもはっきりと断定はしていない。簡潔に「はい、チェンジリングです」と一言で終わるものを、どこが本題だったか埋もれて曖昧になるくらいまで、できるだけ回りくどく冗長に伝えていく。

 質問さえされなければ、「五秒以内に返答」の縛りは適用されないから、相手の疑問を先回りして自問自答スタイルに持っていくのが有効だ。

 そして事実と実体験の中にただの可能性や感想を適宜混同させながら、解答されたとギャラリーに錯覚させる。

 なにより嘘にだけはならないように細心の注意を払いつつも、破綻しない程度の長文を心掛けた。

 全体を通して、基本的にこの方針で進めていくつもりだ。


 多少なりともギリギリのラインの見極めができたことで、綱渡りのロープが少しだけ太くなったのを感じた。事実から外れてさえいなければ、言い回し次第でやりようはいくらでもある。


 まず、僕がチェンジリングだと納得してもらうところから始めなければならなかったが、いいスタートが切れた。

 あとは、当初のプラン通り、僕の来栖幸喜時代の人生譚でもだらだらと語って時間を潰していこうか。木を隠すには森の中。一番の秘密は、堂々と忍ばせて。


「これで、疑いは晴れたでしょうか?」


 それぞれが頷くのを確認し、上々の反応に内心で手応えを覚える。


「では改めて、皆さんには一切の発言なく、ただ見守っていただくことを願います」


 再度釘を刺しておく。女王の亡霊の妨害がない場合、一番の不確定要素はギャラリーの介入だ。ここは本当に押さえておきたい。質問に対する回答は嘘でも無回答でも、通常よりマイナスポイントが倍になるので、外野には極力関わってほしくない。


 ただでさえ会話や質問に答えるという形式は、発言こそ止まらず続けやすいかもしれないが、厳密には事実と違う発言がうっかり出やすくもある。

 仮に「大丈夫か」とか案じる声をかけられて、うかつに「はい」と答えた結果、ハイ嘘判定――なんてなったら目も当てられない。実に笑えない冗談だ。この状況で大丈夫なはずがないのだから。かといって「いいえ」なら正解なのかと言えば、それもまた微妙だ。僕はそこそこ図太いから、実は大丈夫と判定されてしまうのではないかという不安が付きまとう。そもそも「大丈夫」なんて曖昧な状態はどう判定するのだろう。バイタルサインや脳内物質の量など個人差のあるものに公正な規定のラインなど設定できるものだろうか。心が読めるならメンタルの状態を直に確認できるのかもしれないが、やはり基準の設定の問題は残るはずだ。命の懸かったものを、おおよそで判定されてはたまったものではない。

 いずれにしろ自分でも正否の分からない質問なんていくらでもある。だからと言ってノーコメントで不戦敗などは問題外だ。その場でのアドリブは、どれをとってもリスクが跳ね上がる。

 とにかく慎重に考え、事前に準備しておいた内容以外、極力口に出すべきではない。

 なのでクリアを目指すうえで、ギャラリーの介入を封じておくことは絶対条件となる。


 まあ、関門は一つ乗り越えたが、まだやっと一分消化しただけだ。気を抜かず慎重に進めていこう。


「それでは改めて、僕がこの五十年以上、ずっと守ってきた秘密をお話ししましょうか」


 プラン通りの構成を思い起こしながら、落ち着いた口調で語り始めた。


「まずは秘密に関わってくるある事件からお話しします。――アルフォンス君。僕も君と同じく、家族を一度に殺されているんです。それも、目の前で」


 同じ痛みを持つアルフォンス君の目を見ながら、いきなりのインパクトを叩き付けた。

 僕の家族が昔亡くなっていること以外の詳細は伝えていなかったため、アルフォンス君は無言のまま目を見開いた。


「あれからもう五十八年という時間が経っていますし、主観で語ると色々と齟齬が出そうなので、事件の大筋については、当時のメディアで報道された客観的な情報を元にして語りましょう」

 

 自分の意見ではなく、あくまでも第三者視点での伝聞として説明していく形にしたのも作戦の一つだ。情報化された内容をそのまま表現する前提にすることで、『事実のみ』という縛りは大分緩くなる。僕が実際にテレビや新聞で見聞きした通りに語っている限り、僕の嘘にはならない。たとえその報道が事実とは違った不正確なものであっても。

 そうやって当時の報道からの情報を元に出来事を時系列に添って、そこに時折自分の意見を少し挟んでいくだけで、僕の真実とは違う物語は出来上がっていく。


「ガーデンルームに咲いていた花を覚えていますか? あれはサクラと言って、ニホンでは千年以上も古来から愛でられてきた花でして、春になると満開のサクラの下でガーデンパーティーを開く風習があるのです。事件は、家族で行ったそのパーティーの帰りに起こりました」


 当時のニュースを元に、当時七歳の来栖幸喜少年の身に起きた悲劇を、他人事のように淡々と話していった。

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