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連戦

 いざ一人で舞台に立たされてみて、ふと気が付く。

 一人きりというのは、こんなにも心許ないものだったろうか。半世紀も一人で生きてきたのに、この半年間、ずっとアルフォンス君が傍にいてくれたから、すっかり忘れていた。


 さっきベルトランの順調だった前半戦を観察して、これならそれこそ妨害でもない限り僕もいけると確信はできている――できていたはずだ。

 だからこそ自分で決断してこの場に立ったのに、急激に視界が狭まっていく気がする。ヒステリックな歌声だけが、いやに耳の奥まで突き刺さってくる。脈が早まっている。


 僕は今、平常心を保てていないのか?


 大丈夫なつもりでも、本当にその状況になってみないとなかなか分からないものだな。職業柄、人の生死を分ける現場には慣れているが、自分の命を懸ける経験はそうそうない。

 昨日今日と立て続けに見せられた、罪びとの慈悲のない死に様が勝手に脳裏に居座ってリピートし始め、僕の精神を掻き乱そうとしている気がする。


「コーキさん!!! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」


 僕の名を叫ぶアルフォンス君の声で、我に返る。腕から掻き消えた僕に駆け寄りたくても、地面に張り付いた足が動かない。彼の役割はギャラリーだから。


 それでも居ても立ってもいられず、僕より明らかに必死な形相で「落ち着いてください!」と歌声に負けない大声で呼びかけ続ける姿につい、「いや君が落ち着け」と心の中で突っ込んでしまう。自分より慌てている人間を見ると、冷静になってくるものだ。

 自分のすべきことを改めて認識する。


 絶対にここで死ぬわけにはいかない。マリオンの死んでいく姿など、二度と君に見せるものか。

 僕の心の奥に入り込みかけていた動揺は、それをはるかに上回る決意に塗り替えられる。


「大丈夫ですよ。ほんの十分で終わりますから、そこで気楽に見ててください。ゴールも見えなかった十五年と比べれば、あっという間です」


 安心させるように、微笑とともに力強い視線を送った。

 どうせ死ぬのは初めてじゃない。大して怖がるほどのことでもないだろう。

 いずれ来る予定だった難関の一つに、今取り組むだけだ。覚悟も準備もできている。


「僕はこれから、生き延びるため全力を尽くします。皆さんは一切の口出しを控えて見守っていただければと思います。これまでの結果を踏まえれば、会話はリスクが跳ね上がりますから」


 気持ちを切り替え、周囲を見回しながら注文を付ける。女王の亡霊との会話で自滅した過程を数分前に目の当たりにしたばかりだけに、相当の圧力になるだろう。まあ僕のように、悪意で狙って実行する者がいなければ、だが。


 同情と悲愴感に溢れた目で僕を取り囲む一同に、その心配は無用だったと生還で応えよう。さっきと同じ結果には絶対にしない。


「これより、第三ゲームを開始します!」


 BGMがおもちゃの行進曲に切り替わり、再びクマ君達が一か所に勢揃いして宣言する。その数はさっきより一体少なくなっているが、本日二度目の光景だ。


「ルール説明はもういいよね!?」

「では早速リストからご希望の遺産を選ぶがよい!」


 さすがに思考力を持っているクマ君達は分かっている。いろいろすっ飛ばして、テンポよく進めてくれるのはこちらとしてもありがたい。


 選択を迫られ、同時に僕の目の前に、リストが現れる。

 ズラリと並んだ技術系の遺産の全容を初めて目にして、ちょっとした感慨に耽りそうだ。全世界で、今これを知っている人間は僕だけだ。まあ、観察者は例外として。


 予想通りのものも、まったくノーマークの意外なものもあった。

 やはり、選べるものと、暗転して選択不可のものがある。


 先の敗者二人が持っていた『洗脳』と『完全防御』は、やはり設計図と魔法が揃って解放されていた。ゲームの敗者となったため、仮相続の状態が外され、一度は譲渡された魔法が回収されてしまったわけだ。

 あるいは、仮といえどもすでに譲り受けていたことを世に公表していればまた違ったのかもしれないが、彼らは誰一人、相続した異能について、機動城外部に伝えることはしなかった。である以上、誰にも文句など言えない。持っていた証明などできはしないのだから。


 リスト内で、現在選択不可となっている魔法の遺産は、現在二つのみ。残るもう一人の殺人者と、僕の魔法だ。

 一つはやはり『治癒』だった。今後対立があったとしても、なんだか理屈も分からない魔法攻撃を心配する必要はなくなった。そして武器による単純な物理攻撃なら、僕に死角はない。


 暗転している二つの内の一方を眺めて、なるほど、僕の魔法はそういう名称だったのかと、今更ながら納得する。変な話だが、使い方は本能のように把握していながら、軍曹が命名しただろう正式名称は不明のままだったのだ。


 さて、遺産の選択だが、これは悩む余地がない。

 第二ゲームを見て結論を出した通り、誤答の回数に猶予のある『転移』の一択だ。別に遺産などどれでも構わないのだが、前提として絶対に失敗できない状況で初見のゲームをやる馬鹿がどこにいるという話だ。

 ベルトランは、その馬鹿をやった。レオンの無残な死に様を見せつけられて縮み上がるのは分かるが、それでも転移を選ぶべきだった。せっかく人一人の命を費やして得た貴重な情報を完全に無駄にする行為だ。その点、僕にはゲーム二回分の情報がある分有利と言える。


「『転移』を」


 迷いなく指定する。


「三人目の挑戦者は、『転移』となりました!」

「あなたのハートもいただきよ!」


 決定の宣言はともかく、僕も人のことは言えないがゴスロリちゃんの冗談は相変わらず笑えないな。ハートを物理的に持っていかれないように頑張ろう。


 クマ君達は再び元の持ち場に戻り、僕の執事クマ君だけが、僕の真正面に立つ。  


 カメラの設置位置までは知らないが、つぶらな黒い瞳と見つめ合う。

 昨日からずっと僕の担当として付き添ってくれていた執事クマ君は、僕と心が繋がっているという意味では、世界で僕の最大の理解者であり、たった一人、僕の秘密を知る存在でもある。

 これまでは味方のように思ってきた彼が、敵とまでは言わないが、初めて僕と対峙している。ちょっと寂しく感じるが、君もそうなんだろうか? だったら嬉しいが。


 おっと、今は余計なことを考えている暇はない。

 目の前の難題に集中しよう。


 可愛いポーカーフェイスでクマ君が叫ぶ。


「『転移』のアイテム、サーベル召喚!」


 何もなかったクマ君のふわふわの手に、昨日見たサーベルが現れた。

 僕は目に見えない十字架に張り付けられたように、体が拘束される。

 と同時に、ほとんど常時使用していた僕の魔法が、一瞬で途絶えた。今の僕は完全に無力だ。

 いや、冷静さと思考力も、立派な武器だ。問題ない。


 段取り通りに、ルールが箇条書きになったモニターが宙に映し出され、ついに舞台が整った。

 唸り始めたサーベルを、クマ君が僕に向けて構える。


 いよいよだなと、改めて深呼吸して精神を静める。

 僕はもう引き返せない舞台に立った。ならば、最後までやり切るだけだ。


 嘘をつかずに言い換える。その技術に関して僕はプロと言っていい。患者さんやご家族に対して、過酷な診断をいかにショックを和らげつつ正確に表現して伝えるか。何十年もやってきたことの応用だ。

 何も問題はない。命のかかった状況で、冷静に自分を保つ作業など日常だった。


 僕の最大の目標は、ゲームのクリアなどではない。そんなものはできて当然、合格点にも届かない最低ラインの話だ。

 目指すのは、「最大の秘密」を語りながら、その「最大の秘密」を誰にも認識させないという、矛盾した課題の両立。


 鳴り始めたドラムロールの演出が否が応にも緊張感を高めていく。


 さあ、やってやろうじゃないか。

 嘘つきの僕が、命を懸けて吐く一世一代の大嘘だ。()()だけを積み上げて、最後まで偽り通してやる。

 僕の描いた()()の絵図だけを見せつけて。


 銅鑼の音とともに開始が宣言された。


「では、ゲームスタート!」 


 ――誰にも事実にはたどり着かせない。

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