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処刑 (完全防御)

 サロンに響き渡る夜の女王のアリア。せっかくの名曲が、完全にみんなのトラウマになってしまうことが確実なのは非常に残念だ。


 それにしても、本当に気分が悪くなるくらい悪趣味な時間だ。


「おじいちゃんっ、おじいちゃん!!」


 ジュリアンが泣き叫び、アデライドはそんな息子を強く抱きしめて肩を震わせている。ベレニスとイネスも、それぞれ自分の家族と抱き合って、兄から目を背けるしかできない。

 悲鳴や嗚咽に満ちたかなり嫌な空間だ。

 

 無惨に死んでいく姿を家族に見せつけるあまりにも質の悪い趣向は、人殺しの自業自得の末路としてもさすがに胸糞が悪い。レオンの時もそうだったが、家族には何の罪もないのにここまでやるとは。

 もっとも軍曹としてはこれこそが、舞台を彩るための重要なこだわり演出の一つなのだろうが。


 すっかり処刑タイムのBGMとなり果ててしまったモーツアルトを聞きながら、僕は背後のアルフォンス君を仰ぎ見る。彼にとっては憎むべき家族の仇だが、ベルトランの家族にとってはよき父であり祖父だった。

 十五年もの葛藤の決着の一つがこんな形になったことに、何を感じているのだろうか。


 僕を後ろから抱きかかえていたアルフォンス君の腕は硬直し、表情は青褪めている。

 追い詰められたような表情で、すでにベルトランなど眼中にもなく、ただ僕を凝視していた。


「アルフォンス君?」


 呼びかけても、彼は返事もできない。

 これはちょっとメンタル的に良くなさそうな状態だなと、腕の中で体をくるりと反転させて正面から様子をうかがう。


 その深刻さの理由はすぐに思い当たる。

 さすがに気が付いてしまったようだ。いや、今までは希望的観測に縋って見ないふりをしていた可能性が、否定できなくなったというべきか。もはや死にゆくベルトランや、もう一人残ったルシアンの仇のことすら考えている余裕もないのだろう。

 二人連続で、十五年前の殺人犯がこのゲームの名を借りた被告席兼処刑台に立たされた。もし本当にそれが選ばれる条件なのだとしたら、次か、その次には、僕の順番がやって来てしまうということなのだから。


 ここはいつものように冗談ではぐらかしてはいけないところだ。彼のもっとも深いトラウマに関わる部分。

 これ以上苦悩を長引かせないためには、どうすればいいか。

 答えなら分かっている。かなり荒療治にはなるが、確実に速やかに解決できる。


 ――そうだな。やはりそうしよう。少し早いが、それが一番なんだろうと、僕がやるべきことを決めたところで、音楽がやんだ。


 全員の視線が、反射的にベルトランに向く。


 水の牢獄も水もすっと消え去り、残ったベルトランだけが糸の切れた人形のように床に倒れた。

 同時に、僕達への目に見えない拘束も解ける。


 そして前回の騎士クマ君同様に悠然と去ってゆく魔法使いクマ君。


「お、おじいちゃんっ」


 ジュリアンが駆け寄るよりも早く、ベルトランの体もまた転移で消えてしまった。


 嵐の過ぎ去った何もない空間に膝をつき、ジュリアンが感情のままに叫ぶ。


「ひどすぎるよっ、いくらおじいちゃんが罪を犯したからって……ちゃんと償うって、言ってたのにっ……」


 その嘆きに、答えを与えられる者はいなかった。殺した者が殺される側になっただけ。どんな正論や法を語っても、ただ空虚だ。


「とりあえず、ひとつ分かったな。レオンの時も、最後の最後でおかしくなったのは、やっぱり女王の亡霊がちょっかい出してたせいだったんだ」


 沈黙を破ったのは、クロードだ。

 いつもなら割と空気を読んで話題を明るく変えようとすることが多いので、これはあえての無神経発言だろう。父親を殺された彼にしてみれば、ベルトランもレオンと大差ない悪党に違いない。その死を悼むより、今は直面している脅威への問題提起の方が重要だ。


「はっきり復讐だと言っていた。やっぱり、十五年前の事件の犯人が狙われるってことでいいのかもな」


 今まさに感じている不安をはっきりと言葉にされたアルフォンス君の腕に、ぎゅっと力がこもる。


「だったら、俺に参加資格がなかったのも当然だな」


 ショックを受けているベレニスを支えながら、ヴィクトールがどこかほっとしたように賛同した。


「じゃあ本当にまだあと二回も、こんなことがあるって言うの!?」


 パニック気味のジュリアンの叫びに、いくつもの悲鳴や嘆きの声が重なる。


「――あと二回……ちょっと待て。まさかそのうちの一回って……」


 クロードがはっとし、言葉を失う。他のみんなも、その意味するものに気が付いたようだ。

 ずっとベルトランの惨劇ばかりに注がれていた全員の意識が、そこで初めて僕に集中した。

 レオンとベルトランの証言から、正当防衛とはいえマリオンがラウルを殺した事実は明確にされている。


 本来真っ先に事態の収拾に当たっているはずのアルフォンス君が一言もなく僕を離さないでいる理由を、やっと誰もが察する。

 次の犠牲者候補の強力な有力者として、僕を見る一同の目には動揺の色が浮かんでいた。


「僕は大丈夫ですよ、アルフォンス君」


 いつも通りの落ち着いた声で、言い聞かせる。


「たとえ僕がマリオンさんの枠で挑戦することになったとしても、僕はやり切る自信があります。ベルトランさん同様、昨日からずっと傾向と対策は練ってきていますからね。問題ありません。おしゃべりは得意な方なんです」


 僕はこの場にいる誰よりも冷静だ。そう自認しつつ、自信満々に宣言する。また家族を喪う恐怖に怯える弟に、弱気など微塵も見せない。


「でも、また女王の亡霊の妨害があったら……」


 アルフォンス君がようやく口を開く。この第二ゲームの開始直前、彼が指摘しようとしていた懸念はまさにそれだ。ベルトランだって、妨害がなければクリアできていた可能性は高かった。


「僕は、女王の亡霊の仇ではありませんよ。当然十五年前は――というか、半世紀以上前からずっと、異世界のニホンで暮らしていたんですから」

「そんな理屈が、相手に通じるか分からないじゃないですか。そもそも女王の亡霊が誰で、誰の復讐を目的にしているのかすら分からないのに」


 絞り出すような声で、僕に抱き付いたまま不安を吐露するアルフォンス君。

 しかし事実として、女王の亡霊の復讐相手が僕ではないことを、僕は確実に知っている。それはマリオンであってもだ。

 前の二人が受けたような妨害は、僕には絶対にないのだ。


 アルフォンス君の過剰な反応から、やはりマリオンを失う恐怖に耐える時間を、明確に解消する方法がある中で無駄に引き延ばす必要はないな――そう決めて、行動に移すことにした。

 僕は弟には甘い。いつまでもこんな悲愴な顔はさせておけない。 


「では証明してみましょう」


 僕は誰もいない空間に向けて叫ぶ。


「もし僕が挑戦する資格を持っているのなら、今すぐ次のゲームを!」

「コーキさん!?」


 僕の予期せぬ行動に、アルフォンス君が信じられないとばかりに目を見開くが、ここは押し通すところだ。

 プレゼンなどの順番でも、後ろの方で何時間もひやひやしながら待っているより、開始すぐの方で早々に終わらせた方が結局早く解放されて楽になれる。今日か明日かとずっと緊張状態を続けさせるより、今すぐ乗り越えてしまった方が、アルフォンス君のメンタルにもいいだろう。


「僕はせっかちなので、やらなければならない課題は最短で片付けてしまう質なんです。子供だったら夏休みの宿題など最初の数日で終えてるところです。なんなら感想文や図画などものによってはフライングで取り掛かってます。どうせやるなら、もったいぶってないで、さっさとやりましょう。僕が最初にクリアして遺産を手に入れて見せますよ」


 誰もがぎょっとしている中、僕だけがいつもの調子で淡々と、けれど挑発めいた言葉を吐く。

 ゲームの場所と時間の選択は、ゲームマスターの権限の範囲内だ。一日一回とかの制限も特にない。

 可能ならもう少しスピーチのイメトレは重ねておきたかったが、プランは大体練れているし、さっきのベルトランの見本で大体のイメージも掴めた。問題はないだろう。

 これから始められれば、十数分後には、アルフォンス君の恐怖を取り払ってあげられるはずだ。


 その時、数分前に鳴りやんだはずの音楽が、再び大音量で奏でられ始めた。

 ――夜の女王のアリアが。


「おい、冗談だろっ……」

「嘘っ!!?」

「まさか、ホントに連チャン!?」

「もうやめてっ!」


 ある意味修羅場が過ぎ去って気が抜けていたところだっただけに、全員の絶望はより深く、一瞬で再度の緊張に空気が染まる。


 本日二度目の浮遊感のあと、ずっと感じていた温もりがすっと消えた。物理的な温度以上に、背中が寒く感じる。


 いる部屋は同じでもほんの少しだけ景色が変わり、僕はレオンとベルトランが死んだ場所に一人で立っていた。


 「コーキさんっ!!!」


 さっきと同じ立ち位置から、アルフォンス君が空を掴んでいる己の腕に、この世の終わりのような表情を見せた。


 このゲーム、三人目の挑戦者は僕だ。

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