飛び入り
ベルトランは実にうまくやっている。言い回しや、セーフになるラインなど、見習う部分が随分あった。
遺族となるアルフォンス君の逆鱗にも触れないよう、あくまでも真摯に後悔と反省を交えながら、客観に徹した事実だけを語っていく。
ギャラリーからの横やりという不安要素についても、事前の申し合わせ通りみんな沈黙を守っているおかげで、マイナス2ポイントも出ていない。
このペースなら、おそらく無事終わりそうだ――そんな期待にも似た空気感が流れ始めている。
開始からの過程を観察しながら、レオンとは随分対照的だなと、振り返ってみて思う。
レオンの反省の欠片もない傍若無人なゲーム攻略を見ていた時、僕は一つの疑問を持った。
もし彼がもっと真摯な態度で、見せかけだけでも己の罪を悔いる態度を見せていれば、結果はもっと違うものになっていたのだろうかと。
やはり、その場になってみなければ分からないものなんだな。
いざ、その模範的な解答例を目の当たりにしてみて、答えがはっきりと出た。
いや、もっと早く分かってはいたのだ。この二戦目が始まってからのアルフォンス君の表情を見た時から。
残り時間が二分を切った辺り。
――異変は、その時起こった。
『やあ、調子がよさそうだね、ベルトラン。ごきげんよう、女王の亡霊だよ』
ゲームの執行役である魔法使いクマ君の口から、電子音のような声が発せられた。
――そうだろう? 決して許せるものではないのだ。
僕は冷徹なまなざしで、新たな局面を迎えたステージを特等席から観覧する。
『全然盛り上がらないね。見てるだけじゃつまらないから、山場を作るためにちょっとだけ参加させてもらおうかな』
これまで聞いていたクマ君の可愛らしい声とは明らかに違う――刑事ドラマなどでよく聞く、電話口の犯人がボイスチェンジャーを使って話しているようなわざとらしい音声が、女王の亡霊を名乗って飛び入り参加してきたのだ。
ギャラリー権を一向に行使しない不甲斐ない親戚一同に代わって、自分が役割を果たしてやるとでもいうように。
「――女王の亡霊? テディベアを通してしゃべっているのか……?」
「おいおい、そんなことまでできるのかよ? まさかゲームにも手を加えられるのか?」
アルフォンス君の呟きに、クロードが応じる。予期せぬ急展開に他のギャラリーは言葉もなく動揺した。
『ああ、心配しないでいいよ。ゲームの公平性は保証するから。このテディ・ベアはただの通信機変わりだよ。あくまでギャラリーとして参加するだけで、ルールへの干渉はない』
自称女王の亡霊は、アルフォンス君達の疑問を速やかに解消する。つまりクマ君は会話に利用するだけで、不当な判定やペナルティの不正追加などはしないということだ。
まあ実際のところ、ゲームマスターにはそこまでの権限はないが、そこはハッタリというところかな。入り方はちょっと特殊だったが、他のギャラリーと同等の立場での参加に過ぎない。
さあ、これからが本番。女王の亡霊が参加しての終盤戦が始まる。
突然の闖入者に、さすがに唖然としてしまったベルトラン。想定外の事態に直面し、やはり老いで咄嗟の判断力は衰えているせいか、「は……?」と硬直して、適切な言葉が瞬時には出てこなかった。
結果、水嵩が二段階増え、一気に太腿まで達する。
「なっ!?」
ずっと冷静にやってきたベルトランが、ゲーム開始以来初めて大きく狼狽えた。
これは質問に対する無回答だな。今のは「よさそうだね」と聞かれたのだから、「はい」か「いいえ」で答えなければいけないところだった。
次の質問が来る前に、ベルトランは焦って言葉を発する。
「な、なぜ、こんなことをするっ。君は誰なんだ? 十五年前の被害者の誰かか? 私はちゃんとルールを守って、条件も果たしている。事件の真相を正直に語った。外に出たら、警察にも出頭する。どうか、このままゲームを終わらせて、罪を償わせてくれ」
『あ、そうだ。アル。素敵な名前をありがとう。「女王の亡霊」――とても気に入っているよ。この屋敷を訪れた人間には人殺しが何人もいるから、やっぱり個別の呼び名は欲しいところだよね』
「っ!?」
ベルトランの発言を完全に無視して、クマ君はこちらを見もせずに言葉だけで軽快にお礼を言った。ゲームマスターを『女王の亡霊』と命名したのはアルフォンス君だ。
いきなり自分に話を振られたアルフォンス君が目を見開く。
全員の間に驚きの空気が広がったのは、突然の登場以上に、愛称で呼ぶその気安い物言いに対してだろう。
やはり、行方不明の親戚の誰かなのか――そんな疑念を、家族ごとに囁き合っている。
そして一連の発言から、やはり僕達の会話は、女王の亡霊に筒抜けだった事実が全員の中で確定した。
そもそもこの状況自体、どこかから監視していて、クマ君を通して姿も見せずにゲームに介入できることの証明となるだろう。
完全に無視をされたベルトランは、しかし沈黙を続けるわけにもいかず、誰かも分からない存在に対して、とにかく殊勝なもの言いで語り掛け続ける。
実質、さっきまでの自供の続きだ。矛先がこちらに向かないならその方がいいとばかりに、反省の言葉をひたすら紡ぎ続けて時間稼ぎをする作戦だ。
もちろん、そんなものが復讐者に通用するわけもない。
『ああ、さっきの質問だけど、ベルトラン。なぜこんなことをするかと言えば、昨日の君達の推察通り、これは復讐だ。なので、君の足を引っ張りに来たんだよ』
「罪はちゃんと償う! どうか、許してくれ」
『君の償いなんてどうでもいいよ。いや、そんなに償う気に溢れているというなら、どれだけ反省しているのか、一つ質問をしてみようか。正解したら、このゲームは見逃してあげるかもしれないよ。――では、君を殺したいほど憎んでいる女王の亡霊とは、一体誰でしょうか?』
「申し訳ないが、私には分からない……えっ!?」
その答えに対して二段階増えた水に、愕然とするベルトラン。
彼は五秒間の空白が開かないように、女王の亡霊が話している間も、絶えず独り言を挟んで、沈黙を作らないようにしていた。
その上で、質問に対しても正直に答えたはずだ。当てずっぽうでいい加減に答えるよりは、たとえ機嫌を損ねるとしても、「分からない」と。
なので「質問に対する虚偽」の判定を食らったことに本気で驚いている。
「な、なぜだ!? 私は本当に知らない!」
悲鳴混じりのベルトラン。その発言に対し、さらに一段上がる水位。今度は「虚偽」のマイナス1ポイントだ。
ああ、完全に冷静さを失ったな。同じミスを繰り返した。「知らない」の証言を嘘と判定された以上、そこは飲み込んで切り替える必要があるのに、自分が「知らない」という認識に固執してしまった。おそらくそれは彼にとって真実ではあっても、事実ではないということなのだろう。
ベルトランは本心から「知らない」と答えているつもりなのに、判定では「知っている」と見なされた。
それはつまり、本人が自覚していなくとも、今持っている情報の中に正解が隠れている場合は「知っている」という扱いになるわけだな。これはなかなかにシビアだ。うかつな思い込みはかなり危険と言える。
ベルトランのこれまでの応答は、基本的に同じ方針で乗り切る予定の僕にとって本当に助かるものだ。
この調子で是非どんどん参考例を増やしていってほしい。
健闘を祈っておこう。僕のために。