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一手

「そんな修羅場みたいな状況で、突き飛ばされて尻もちをついていた※※※※が笑い出した。「すごい、本当に魔法が」――と言って……。それを聞いて、私にも魔が差した」


 おそらくそのままだったら、ベルトランが狙うのは身動きできない状態のマリオンだった。

 しかしその状況で、今度はマリオン姉弟の父親のセヴランがサロンに入ってきた。


「セヴランが驚いて駆け寄ってきた。マリオンの忠告で、セヴランの注意は刺した犯人である※※※※に向いていたから……※※※※が落とした短剣を拾って、私がセヴランを背中から刺した」


 十五年前、まさにこの場所で繰り広げられた悲劇が、目の前の出来事のように今、僕の脳裏に映し出される。

 水嵩は変わらない。全て、事実だ。


「マリオンの悲鳴が響く中で、私は覚悟を決めた。魔法が、本当に自分の中に入ってきたのを、本能で理解したからだ。『完全防御』の魔法。大当たりだと思った。と同時に、これは一つの遺産の半分に過ぎず、残りの設計図にこそ途轍もない価値があることが、私の背中を押した。もう、後には引けない。ゲームは始まってしまった。この先は殺すか殺されるかしかない。そして自分の家族は殺せないから、殺す側に回らせるしかない。あの時は、残り時間も少ない中で追い詰められて、冷静な判断ができなかった。よく考えればうまくいくはずもないのに、魔法が現実になったことで何とかなるような気がしてしまった――」


 努めて抑揚のないベルトランの声だけが、静寂なサロンによく通った。


 当時を思い出しながら、ほぼ客観的に出来事を語っていく。

 ゲーム開始から、もう結構な長さでしゃべり続けているが、ペナルティーも今のところ些細なミス三回による3ポイント分に留まっている。水面はまだ膝にも届かない。ギャラリーが質問権を行使しない影響が大きい。


「私は焦ったまま、マリオンを殺せと、ラウルに短剣を渡してしまった。※※※※も、追い立てるようにけしかけていた。あとは、レオンの話の通りだ。入ってきたレオンに私達が気を取られた隙に、戦う決意をしたマリオンが走り出した。そして壁に飾ってあった剣を手に取って、追いかけてきたラウルに、反撃した。――私が指示したせいで、ラウルが返り討ちで殺されてしまった……」


 無表情だったベルトランも、さすがに息子の死については、悔恨が滲み出ていた。

 実に勝手なものだ。何の落ち度もなかったのに、父と兄を殺され、姉は殺人犯として収監され、一人残されてしまったアルフォンス君が今、耐えがたい感情に耐えているのに。


 ベルトランは自らの犯罪を、娘と孫の前でも、誤魔化すことなく告白していった。

 マリオンが弟を殺した加害者だとずっと思ってきたアデライドは、むしろ完全に立場が逆転したことに蒼白になっていた。マリオンこそが被害者で、正当防衛だった。自分の父親と弟が元凶だったのだと、はっきりした。


「後悔している。あんなことしなければよかった。この屋敷を無事に出られたら、警察に出頭して法の下、裁きを受けて罪を償うつもりだ」


 それ自体は本心からの言葉なのだろう。嘘判定はなく、水面の上昇はない。


 ――上手い言い方だ。実に参考になる。

 僕は皮肉交じりに観察する。


 確かに、後悔はしているだろう。

 ただし、この場合の後悔には二種類ある。


 被害者に対して本当に悔い改めている場合と、こんな目に遭うくらいならやらなければよかったという自分の保身への嘆きだ。


 これは、できるなら前者が人として望ましいところなのだろうが、多くは後者になりがちなのが現実だろう。別にそれが悪いとは言わない。

 人の心の動きまでとやかく言えるものではないのだから。


 今こうして見せかけだけでも殊勝な態度さえ示しておけば、あるべき反省の様式美に収まって社会に受け止められる。腹の中で舌を出していようが、本心の在り方など誰にも分かりはしない。


 そうして、全ての事実を語り、謝罪して反省の姿勢を見せ、罪を償う意志を示して法の下に裁きを受ける――今現在の命の危機的状況に対して、最も確実で実にまっとうな対処法といえる。


 ただし、これは確実に建前だ。

 おそらくはベルトランがこの先取るだろう行動に気が付いているアルフォンス君は、悔しさに固く目を閉じる。


 黙って見守りながらも、家族の殺人の告白に動揺する娘と孫の姿が目に入る。

 もしこの機動城から無事に生還できても、彼はこれから逮捕され、殺人者として刑に服すしかない転落人生が待っている――かのように見えているだろう。


 しかし実は、信じられないほど簡単に、一発逆転を可能にする一手がある。ベルトランはちゃんと分かってやっている。


 彼が生還する――それはすなわちこのゲームを乗り切って、『完全防御』を手に入れるということだ。


 目的は、司法取引狙い。


 計画的殺人ではなく、明らかに状況と周りの空気に流された衝動的殺人。殺した数も一人だけ。

 対して彼が手にするのは、国が喉から手が出るほど欲しがる『完全防御』。物理でもサイバー上でも、全ての攻撃と侵入を防ぐ、完全無欠の防衛体制を可能にする世界情勢すら変え得る技術。取引するには十分すぎるカードだろう。実際そのために国はマリオンだって処刑している。国家として独占するためなら、多少の司法介入など容易いことだ。国家への絶大な貢献で、恩赦すらあり得る。

 少なくとも相手方に大分有利な条件で技術の全権利を譲り渡すとしても、ベルトランは最終的に、数代先まで遊んで暮らせる資産と、何より自由を勝ち取ることができるだろう。


 もちろん犯罪者として、裁判や社会的制裁は避けられないし、被害者遺族のアルフォンス君に莫大な慰謝料も払わなければならない。出国の自由や様々な権利などもある程度制限される。

 しかし、突然死や即死に近い怪我以外では、誰もが寿命いっぱいまで生きるこの国で、ましてや彼は『完全防御』持ち。年寄りにありがちな、転んだだけで骨折して寝たきりなんてこともなく、普通に二~三十年はあるだろう健康な余生を悠々自適に暮らしていくことは約束されているのだ。


 諦めるべき部分は潔く割り切って、今できる最善で命の危機を乗り切り、最大限の利益を取りに行く。

 軍曹の用意したシナリオに沿った、『人を殺して遺産を得る』――まさにベルトランの目論見が、十五年後に達成されようとしている。


 正攻法でこのホラ吹きゲームを攻略する選択をしたベルトラン。

 そして司法取引もまた、行使に何ら掣肘を受けるいわれもない、法で認められた彼の持つ正当な権利だ。


 けれど、果たしてそれは償いと言えるのか?

 それを、復讐者『女王の亡霊』が、見逃すと思うのか?

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