魔法
双子達は今日の観光はもうやめておくというので食堂で別れ、僕とアルフォンス君だけで、午後の探索任務へと戻った。
目的の室内に入って扉を閉め、完全に二人きりになる状況を待っていたらしいアルフォンス君が、おもむろに切り出した。
「コーキさん。マリオンの魔法、把握してますよね? むしろこっそり多用してません?」
「――――」
完全に決めつけている。質問と言うより、もはや確認作業のようだ。
「なぜそう思うんです?」
「確信したのは、さっきヴィクトールとのやり取りで、魔法についてあまりに薄い反応を見た時ですけど、昨日の段階からずっと疑ってはいましたよ。もし自分が謎の魔法なんて持ってるとなったら、コーキさんなら嬉々として検証するでしょう? もっと喜んだり残念がったりします。なのに俺と二人きりの時ですら、話題にも一切出さないで完全スルーだなんて不自然すぎます。もしかして自覚したのは、玄関ホールでめまいで倒れかけた時ですか? マリオンの記憶の一部が意識に逆流したとか言ってましたよね。昨日俺から一時的に離れたのは、魔法を実践で試してみたかったからなんじゃないですか? そしてヴィクトールの言うように、何らかの魔法を使ってあいつの暴挙を防いで見せた。無意識なんかではなく、完全にコントロールして」
流れるように畳みかけられる。なんだか取り調べを受けているようだ。と言うか、実際受けているんだろう。しかも当てずっぽうどころか、全部的を射ている。さすがエリート警察官と言うべきか。
「これは一本取られましたね」
早々に降参する。
うかつなことに、その点については完全に失念していた。隠そうとするあまり、藪をつつかないよう触れないでいる無難さを安易に選んでしまった。
そもそもただでさえ怒涛の新情報とその対策で色々と考えることが多すぎて忙しいのに、さすがに『自分が持っているかもしれない未知の魔法』についてはしゃぐ演技まで頭が回るわけないじゃないか。僕は嘘つきだが、詐欺師でも役者でもないのだ。
大体そんな違和感など、アルフォンス君でなければ気が付きもしなかったろう。どちらかと言うと、何を考えているのか分かりにくいと言われてきた方なのに、まったくどれだけ僕を見てるんだ。理解されすぎるのも困りものだな。
僕は追い詰められた犯人よろしく素直に自供する。
「否定しても無駄なようなので、正直に認めましょう」
「そのことに触れなかったのは、女王の亡霊の監視を意識してですか?」
難しい表情で更に尋ねるアルフォンス君。彼自身、この話題を出すべきか否か、判断に随分迷ったのだろう。ついさっきクロードが発言に気を付けろと言っていたように。
それでも、情報漏洩のリスクより、『防御寄り』かもしれない魔法を有効活用するため情報共有を重視した、と言うところか。
あまり悩ませても可哀そうなので、彼の懸念はすぐに否定する。
「その心配はありませんよ。どうせのぞき屋には常に見られていること前提で動いています。女王の亡霊は確実に僕の魔法を把握していますが、特に問題はありません」
そこは自信満々に、観察者への挑発すら交えて断言する。僕の正直者ムーブは現在も継続中だ。なのでその点に関しては、本当に支障がない。現状、屋敷中をカバーするほど隙のない監視をされていても、不快なだけで実害はない。そして女王の亡霊が僕の魔法を妨害することはないと断言できる。
「だったら、どうしてずっと黙ってたんですか? 周りに手の内を晒さないのは分かりますが、俺とだけはしっかり情報を共有してもらった方が、いざという時のために安心なんですが」
アルフォンス君は、自分にまで隠されていたのが心外だったようだ。ちょっとすねさせてしまっただろうか。ここは少し弟の機嫌を取っておこう。
「君を信用していないから、なんてことはあり得ませんよ。僕はこの世界で唯一、君だけを信用しています。ならどうしてかと言えば、その能力がレオンさん同様、社会的に許容されない種類のものだからです。もし『洗脳』なんて個人技を持っていたら、国から要注意人物として徹底的に監視され、厳重な管理を受けることになるでしょう。僕の魔法は、それと同等に社会的に危険視される能力なんですよ。制約された煩わしい人生などごめんです。だからこの先一生、誰にも、君にも教えません。機動城から無事解放されても、犯罪に利用するつもりもありませんし、なかったことにするのが一番いいと判断しました。まあ、この屋敷に滞在中は、自衛のために適宜利用する場合もありますが」
言ってもいい部分だけを、偽りなく答える。ここまで言えば、アルフォンス君もここだけの話で納めてくれるだろう。知ってしまえば、きっと警察官としてジレンマに陥る。それくらいなら聞かない方がいい。
そして言わない部分は――つまりアルフォンス君に知られては困る本当の理由は、最終的に僕が魔法を使ってターゲットを殺した時、起こった現象から僕が犯人だと悟られる可能性があるからだ。僕の魔法の正体を知らなければ、原因不明の死で片付く。
だから、絶対に教えないと決めている。
僕が人殺しになり、なおかつそれをアルフォンス君に気付かせたりしたら――僕の罪に目を瞑るにしても、僕を犯罪者として捕まえるにしても、どちらを選んでも彼は苦しむだろう。マリオンの無実をずっと信じてきた彼の前で、僕が犯罪者になるわけにはいかない。可愛い弟の苦悩の原因になど、絶対になるものか。
僕はただ事件に巻き込まれただけの被害者として、アルフォンス君とともに無事生還し、今度こそ穏やかな日常を取り戻すのだ。
彼は僕に対しては特に勘が鋭いから、願う未来のためにも秘密の保持には本当に気を付けなければいけない。
「ともかく僕と君の安全は完全に保証されているとだけは言っておきましょう」
「――まあ、どんな力か知りませんが、あなたの安全が確保されるなら、大いに使ってほしいところですが……」
追及を諦めたアルフォンス君が、溜め息混じりに注文を付ける。
「安心してください。僕がこの屋敷で傷つくことはありません」
揺るがない事実として、重ねて断言する。
この屋敷にいる限り、ある条件下での僕はほぼ無敵だ。もちろんアルフォンス君も確実に守る。
「でもゲームの挑戦者に選ばれたら、ゲーム中の魔法使用は……」
アルフォンス君がまだ心配の尽きない表情で例外に言及しかけた時、再びあの曲が流れ始めた。
――「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」が。
「コーキさん!!」
アルフォンス君が、条件反射のように僕を抱き寄せる。
滞在二日目。二回目のゲーム開始の合図だ。