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ジェラール・ヴェルヌ

「ねえ、おじいちゃん。ひいおじいちゃんって、どんな人だったの?」


 一晩経って熱さが喉元を過ぎてしまったのか、ジュリアンがパンをかじりながら、緊張感のない声でベルトランに問いかけた。朝食を抜いた分、結構な量の皿を並べている辺り、やはりなんだかんだで図太い性格のようだ。


 なかなか興味深い話題だったせいか、一同の視線もベルトランへと集中する。


 軍曹が指定した遺産相続人の候補者は、ジェラール・ヴェルヌと、その血を引く全員。

 今回の騒動のもう一人の発端とも言うべき人物だ。


 ジェイソン・ヒギンズの自殺の前日、消息を絶ったきり。ジェイソンにすでに殺されてしまっているとも、逆にジェイソンを殺して逃亡したのだとも憶測を呼んでいるが、行方も真相も不明のままだ。


「…………」


 ベルトランは少し複雑な表情で間を置き、端的に表現した。


「変わり者の芸術家、かな?」


 孫に曽祖父の悪口も言いにくいだろうなあと、僕が他人事のように推測していると、ベレニスとイネスが、そうねえと話に参加する。


「私達が物心ついた頃辺りから、ほとんど家に寄り付かなくなったから、どんな人なのか聞かれても正直よく分からないのよね。ふらっと出て行ったきりしばらく戻ってこないし、世間的に見れば夫としても父親としても全然ダメなんだろうけど、でも、私は楽しくて好きだったわ」

「たまに家に戻ってきた時は、ものすごく可愛がってくれたものね。お土産もたくさん持ってきて、子供の遊びにも全力で付き合ってくれて。結局生活能力のなさで、お母さんに愛想尽かされたけど。あ~、あの落書きみたいな似顔絵でも、大事に残しといたら高く売れたのかしら。もったいないことしたわ~」

「まあ、しがらみに囚われない自由人だからこそ、芸術にのめりこめたんだろうしな。芸術家の道は早々に見切りをつけて、売る側に逃げた私からすれば、羨ましいくらいだよ」


 僕としては意外に思うが、父親の印象を語る長男、長女、次女の三人は、褒めてこそいないが、決して否定的な感情は持っていない様子だった。大人になり切れないところが逆に憎めない、愛すべきダメ親父的な感じだろうか。


 確かに社会人としても家庭人としても相当残念な感じではあるが、ジェラールは世間でそこそこ評価の高い画家だ。


 僕が客観的に調べたジェラール・ヴェルヌは、よく言えば感情豊かで誰とでも仲良くなれる、悪く言えば自分本位で無責任――そんな印象の人物だ。何につけてもピークとどん底の振れ幅が、人の何倍も大きいというのか。

 愛情が真っ直ぐ家族に向く時もあれば、芸術活動に情熱が傾く時もあり、その全てが感情の赴くまま全力で、良くも悪くも一つのことだけに熱中してしまう。その時々でやりたいことしかできず、関心が薄れれば見向きもしない。

 平均的ではいられないからこそ、芸術家足りえたのだろうが、家族としては非常に遠慮したい人物だ。


 その上、評価されているといっても、世間に名が知られるようになったのは行方不明後、遺産相続の件がきっかけだ。ある意味死後評価されたタイプの芸術家に近い。

 若い頃からずっと貧乏だったし、いくらか金が入るようになってもあればあるだけ使ってしまうので、結局家族には何も残すことはなかった。

 ――いや、ある意味どえらいものを残してくれたとも言えるが。


 三人の兄妹は、それぞれに父との思い出を交えながら、ジュリアンの問いに答える。


 元々父子としての交流の回数は少なかったため、母と離婚後も関わり方はほとんど変わらなかったが、しかし良好な関係が続いたのは三人が成人する頃まで。それ以後は放浪癖に拍車がかかり、滅多に連絡も取れなくなってしまったという。結婚式にも呼べなかったと、イネスが愚痴をこぼした。


 それでも、やはり愛着のような感情が全員にうかがえる。客観的に評価すればろくでなしの称号を与えるべき人物なのに、直接関わった相手からはこうして愛されてしまうのだから、何ともお得なキャラクターと言うしかない。僕から見れば好印象だけを大きく残し、その裏を見せない点で、ほとんど詐欺師じゃないかと思うが。


 とにかく実の子供ですら関わった頻度が少なく、キトリーやアデライドなど孫世代になると、ほぼ名前しか知らない状態。ましてひ孫のジュリアンになると、遺産相続騒動までその存在すら知らなかったほど。続柄では孫だが、年齢的に若いアルフォンス君とクロードも同様だ。


 そんな情報の少なさが、冒頭の質問に繋がったのだろう。


 ちなみにジェラールの子供六人の内、上三人と、すでに全員故人となっている下三人で年齢差が一回りも離れているが、それは前妻と後妻――つまり母親が違うせいだ。マリオンとルシアン、アルフォンス君、クロードにとっては祖母に当たる後妻は、息子三人を全員失ったことで精神的に弱り、事件後数年で療養の甲斐なく亡くなっている。


 まったく、ジェラールに関わった人間はみんな不幸になってしまう勢いじゃないか。本当に悪質な病原体のように迷惑な人物だ。


「それにしてもひいおじいちゃん、よっぽどジェイソン・ヒギンズに恨まれてたんだねえ……何やったんだろ?」


 一通りの話を聞いた後で、ジュリアンの相変わらずのとぼけた声は、一瞬でその場の空気の温度を下げた。


 なかなか核心を衝いた感想だ。ちょっと興味深い展開に持ってきたなと、僕は内心で面白がりながら見守る。

 僕などは不穏を招く発言を確信犯的にぶっこんでいるわけだが、ジュリアンとかイネス辺りは、みんながあえて控えているやめておいた方がいい発言を天然で言って場をかき回し、その分僕の労力を減らしてくれる非常に助かる人材だ。他の人達にとってはたまったものではないだろうが


「ジュリアン、何でそんなことを……?」


 ベルトランが困惑する。ベレニス、イネスも同様で、どうやらジェラールの人柄を実の父として直接知っている彼らには、その発想は出なかったようだ。

 逆に、あ~あ、と言いたげな顔つきになったのは、アルフォンス君やクロードなど若年組の方だ。アデライドも表情を強張らせている。

 彼らは面識がなかった分、客観的に評価できるためか、普通にジュリアンと同じ結論にたどり着いていたようだった。


 その微妙な空気に気が付かないまま、ジュリアンは口をとがらせマイペースに続ける。


「だってそうでしょ? 今まではひいおじいちゃんと親しかったから遺産をくれようとしたのかと思ってたよ。でも、十五年前の事件は欲に目がくらんだマリオンの個人的な暴走じゃなくて、ジェイソンにそうなるように仕組まれてたわけじゃん。昨日のゲームだって、女王の亡霊が誰かは知らないけど、ともかくジェイソンが用意してたものでしょ。それで、ジェイソンと直接関わりがあったのはひいおじいちゃんだけなのに、血縁者全員が閉じ込められて命の危険に巻き込まれてるんだよ。もう末代まで呪ってやるってくらい憎まれてない? 僕達関係ないのに、ホント迷惑。ひいおじいちゃん、今どうしてるんだろう。まだ生きてるのかな?」


 ジュリアンの率直な恨み節を観察しながら、多分僕は人の悪い顔をしていたと思う。

 

「やめなさい! 今そんなことを言ってどうなるの。みんなを不安にさせるだけじゃないっ」


 母親のアデライドが止めに入った。


「え~、だって、腹立つじゃん」

「いいから黙って!」


 母親は問答無用で、不満げな息子を頭から押さえつける。

 単に良識的な建前で、曾祖父への不平を止めているわけではない。もっと切実な理由があるのだ。

 昨日の出来事、得た情報を冷静に考えれば、ジュリアンと同じ結論には簡単に至れるはずだ。にもかかわらず、察していた若者組が何故あえてその辺りに触れないでいたのか――。


「――誰がどこで見てるか、分からないのよっ」


 絞り出すようなその囁きが、全ての答えだろう。


 正体不明の殺人鬼「女王の亡霊」に常時観察されていることは、多分間違いないだろうというこの状況。

 うかつな発言をして下手に機嫌を損ねたら、次のゲームの標的にされかねない、という恐れを持つのは当然だ。まだゲームの参加資格については判明していないし、何が謎の復讐者の逆鱗に触れるのか、分かったものではないのだから。

 誰とも知れないからこそ、とにかくこの場にいない人間全般への批判は避けるべきだ。

 うっかりボロカスに悪口を言った相手が、もし女王の亡霊本人だったり、あるいはそいつの大切な存在だったりしたら――。


 ただでさえここに同席する親族相手ですら、お互いに対する疑念を抱き続けているのに、いない存在にまで警戒しなければいけないのだ。女王の亡霊が誰か知っている僕以外は。

 まさに狙い通りの展開だ。


「まあ誰かは分からないまでも、常に聞き耳立てられてると思って、発言には気を付けた方が利口だよなあ」


 皮肉にニヤリとしたクロードの忠告に、ようやくその意味を悟ったジュリアンは、真っ蒼になって自分の口を塞いだ。

 慌てて周りをきょろきょろと見回すが、あいにく食堂は、親戚一同はもちろん、ロボットや人物画や剥製など、視線が気になるものだらけ。


 彼はすぐに情けない表情で、結局目の前の皿に視線を落とした。

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