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ガーデンルーム

「ここの調査が終わったら、休憩にしましょう」


 次に調査する部屋の扉の前で立ち止まったアルフォンス君が、振り向いて僕達に告げた。


「分かりました。昼食にちょうどいい頃合いですね」


 双子に挟まれている僕は素直に頷いたが、時間的にはまだ少し早い。当初の予定通り僕達二人だけでの調査だったら、もう少し先へと進めているはずだ。

 多分双子達のために、ここで長めに時間を割いてあげることにしたのだろう。なにしろ次の調査目的地は、娯楽室に続く、もう一つのメインイベントなのだから。


 さりげない気遣いがアルフォンス君らしいが、そういう部分を気付かせないせいで、子供達には相変わらず距離を空けられてしまうのがなんとも不憫だ。


「ふふふ。ここは僕的には一押しのおすすめスポットですよ」


 立場上気さくに関わらないことを心掛けている彼に変わって、僕が子供達の期待値を盛り上げてあげよう。


「おすすめって?」

「え~、なになに?」

「ガーデンルームです」


 僕の答えに、双子は目を輝かせる。


「ガーデンルーム! おばあちゃんからよく聞いてたよ! 昔来た時、一番のお気に入りだったって」

「うんっ、見たこともない異世界のお花が一面に広がってて、スゴイきれいなんでしょ!?」


 イネス一家の事前の観光予定にも、組み込まれていたのだろう。俄然テンションを上げた子供達の反応に、アルフォンス君も少し表情を緩めると再び前を向いてドアノブに手を伸ばした。


 実はこのガーデンルーム。名称を付ける際に少々混乱があった部屋の一つらしい。


 そもそもこの機動城は、ホテルのように館内案内があるわけではない。

 現在アルフォンス君が持っている見取り図は、十五年前の生還者達からの聞き取り調査で大まかに作り上げられたものなのだ。そのため、食堂や客室、図書室など目的が明らかな施設ならすんなり決まったが、異文化ゆえに用途がよく分からないまま、推定で曖昧に仮名が付けられた部屋も割と多い。


 そしてこのガーデンルームに関しては、「果たして“ルーム”は必要なのか?」が一番の争点だったという。

 ガーデンルームと言えば、ガラスなどで覆われて外と繋がっているような解放感はあっても、あくまでも建物の一部の位置付けのはずだ。

 しかし機動城の“ガーデンルーム”は、「実際に外にいる感覚とまったく変わらなかった」と、目撃者達が口を揃えて証言する不思議空間だった。


 扉を開ければ、その先には見渡す限りに満開の花が咲き乱れ、青空が広がり、並木道が真っ直ぐに伸び、道に沿って右手側には広大な河まである。しかもその道をずっと進んでも壁に突き当たることはなく、気が付くと入口に戻っているのだ。

 十五年前も、完全に閉じ込められた館内で唯一外出気分を味わえる場所として、気分転換の散歩によく利用されていた。


 これでは確かに部屋と称するには疑問が残るというものだ。

 アルグランジュにも、そう見せかけるだけの仮想現実空間の技術はあるが、それとは次元が違う。壁も天井も確認できず、五感に完璧なまでに訴えてくる、本物と区別がつかないレベルでの「外の風景」なのだ。

 もちろん航空写真からは、そんなスペースは一切確認されていない。あくまでもその広大な景色の全ては、機動城の一室に納まっている、はずなのだ。


 その点からも、ジェイソン・ヒギンズの遺産には、空間を自在にコントロールする類の技術が予測されている。どこからともなく忽然と現れた機動城――一切不明なままだった建造過程のステルス性は、この空間を操る技術によるものではないかという説が有力だ。


 僕もお遊びで来ているわけではないが、このガーデンルームは個人的に楽しみにしていた場所の一つだ。

 扉を開けたアルフォンス君に続いて、少々気分を高揚させながら子供達と一緒に中へと踏み出した。


 その瞬間、目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑んだ。


 世界を染め上げるかのような薄桃色の空間に、目を奪われる。

 そこには、ひどく郷愁を誘う桜並木が、どこまでも広がっていた。


 遠くまで見渡せる桜吹雪の中、一瞬で、小さな弟との思い出が脳裏を駆け抜けた。


 ――ああ、またこの光景を目にする日が来るとは。


 あれから、58年……。

 あまりにも遠い日となった記憶は、今も鮮やかに記憶に残り、もう取り返せない懐かしさが僕の胸を締め付ける。


 無意識に伸ばした手の平に、本物としか思えない花びらがふわりと乗って消えた。


 確か軍曹は、ワシントンDCの出身だった。

 これはおそらく、ポトマック川の桜並木なのだろう。僕も映像でなら何度か見た覚えがある。

 彼にとってもこの見渡す限りの桜の光景は、忘れ得ぬ故郷の原風景だったのかもしれない。


 子供達のはしゃぐ声が、ぼんやりと耳を通り過ぎる。


 ふと正面に視線を戻せば、懐かしい光景の中に、僕と向かい合ってたたずむ弟の姿があった。


 昔は見降ろしていたのに、今は僕が見上げている。

 違う、別人だ。現実に戻れと、内心で自分を叱咤する。

 惑わされるな。もうここに、僕の幼かった弟はいない。


 ただ、昔見たのと変わらない桜の光景があるだけだ。

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