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娯楽室

「ああっ、また外れた!」

「はい、交替! 僕の番」


 ダートを手にしたギイが、ルネと入れ替わる。

 

 現在僕達三人は、娯楽室でダーツに挑戦している。

 一つ目のおすすめスポットだ。BGMにエルヴィス・プレスリーが似合いそうな、いかにもアメリカンな感じのレトロな空間が、一室に広がっている。

 ビリヤード台やジュークボックス、カード用のテーブルなどもあったが、限られた時間で子供達と楽しむのに、一番お手軽そうなゲームを選んだ。


 部屋の隅に設置されていたので、室内を調査中のアルフォンス君の邪魔にもあまりならないだろう。彼一人仕事をしている傍で、子供達と楽しく遊んでいるのは少々心苦しくはあるが。


「もうっ、アレが気になって、集中できない」


 僕の隣に戻ってきたルネがちょっと頬を膨らませて、壁際の方を八つ当たり気味に睨む。


 そこには一体の剥製が存在を主張している。


 機動城のいたるところに見かけられるが、この部屋には、枝の上から今にも飛び立とうと翼を広げている白頭鷲の剥製があった。


「なんか、目が合ったかも。やっぱり気味悪い」


 ギイもイヤそうに横目で数秒だけチラ見する。


 これはこの屋敷に滞在する以上、避けられない問題かもしれない。


 肖像画と目が合ったような気がする錯覚は、確かモナリザ効果と言うのだったか。ただでさえそれが動物の死体ともなれば、大人でも気分が悪いのに、ましてこの屋敷には、剥製や肖像画はおろか、各種の像やロボット、人形、挙句の果てには神出鬼没の3Dホログラムまで、モナリザ効果を起こしそうなものがそこかしこに溢れ返っている。

 何より質が悪いのは、気のせいだと言いたくとも、僕達を見ている目は本当に存在していることだろう。


 もう目があるものは極力見ないようにするしかなさそうだが、こちらを見ていると思えばやはり気になって見返してしまいたくなるのが人の性というもの。

 さてどう答えようかと考えている傍から、ルネは視線を逸らした先で調査途中のアルフォンス君とパッと目が合って、再度慌てて逸らしていた。


「まあ確かに、剥製などより生きた人間の目の方こそ恐ろしいのは真理でしょうけどねえ」


 僕は思わず苦笑する。子供達に怖がられている自覚のあるアルフォンス君も、気まずそうに職務に意識を戻す。

 この屋敷に来てからのアルフォンス君は、僕以外の前ではほとんど警戒心を緩めないし、犯罪抑止のために警察官としてわざと厳格な振る舞いを意識しているようなので、ほぼ初めて関わる子供達から見たら近寄りがたい強面のお兄さんのように映っているのだ。


「あれで結構可愛いところもあるんですけどねえ」


 男女の双子は、彼にとって繊細な部分を刺激する存在でもある。無闇に嫌われるのも可哀そうだなと、何気なくフォローを入れてみたら、途端にルネの目がきらきらとしたものに一転した。


 期待をのぞかせた表情で、声を潜めて問いかけてくる。


「ねえねえ、コーキさんとアルフォンスさんって、付き合ってるの?」

「ふふふ。ご期待に添えなくて申し訳ありませんが、付き合ってはいませんねえ」


 やはりどこの世界でもこの年頃の女の子はコイバナが好きなのだなあと、つい微笑ましく感じながらも否定を返す。

 幸喜時代には、職場の女性や患者の女の子との会話は多くとも、さすがになかなかの地雷案件なので自分からは極力避けていたジャンルの話題だが、今の僕は見た目十代の女性。堂々と少女相手に話題に花を咲かせても何もおかしなことはないのだ。惜しむらくは、咲かせられるほどの実態が一切ない点だろうか。


「僕にとって彼は、ずっと昔に別れた小さい弟なんですよ」


 僕の答えに、「小さい弟!?」と、ルネが噴き出す。180センチ越えのちょっと怖いお兄さんとのギャップがウケてしまったようだ。ましてそう発言しているのが、自分とそういくつも年齢の変わらない外見の女子ならなおさらか。箸が転がってもおかしい年頃というしな。アルグランジュに箸はないが。


 昔に別れたというワードが引っかかったのか、ルネはそこで特に深い考えもなく疑問を口にした。


「コーキさんの本当の弟さんは、向こうの世界に……?」

「ずいぶん昔に、若くして亡くなってしまったんです」

「えっ……」


 僕の返答に言葉を失って焦るルネに、穏やかにフォローする。


「僕にとっては、もう五十年以上も昔のことですよ」

「一人で知らない世界に来て、不安じゃない?」

「そうですね。未知の世界に、たった一人で放り出されるというのは、なかなかに辛いものがあります。ですが、今は二人目の弟がいつも一緒にいてくれますからね。毎日が本当に楽しいですよ」


 含むものなど何もなく、微笑みながら気持ちを伝えた。


 僕の本心が伝わったようで、ちょっと心配そうだったルネはほっとした様子で、引き続きひそひそと内緒話に戻る。


「コーキさんには弟でも、アルフォンスさんは、コーキさんのこと大好きよね」

「おや、分かりますか?」

「うん。アルフォンスさんって、私達の前ではなんか怖いのに、コーキさん相手だと、本当にちょっと可愛く見える時があるの」

「ふふ、そうですねえ。困ったものです」


 やはり女の子はそういうところに目敏いなあと感心しながら、そこは同意する。


 前々からだましだましと言った様子ではあったが、機動城に来てからのアルフォンス君は、これもある意味吊り橋効果とでも言おうか、もう完全に開き直ってしまっている感がある。僕も対応が悩ましいところだ。


「でも、コーキさんって、前の世界では男だったんでしょ? もう元の性別に戻ろうとは思わないの?」


 投げ終えてから戻ってきたギイが、興味津々で話に加わってきた。


「僕なら、最初くらいはちょっと女の子生活を楽しむかもしれないけど、結局すぐ男に戻るかなあ?」

「私も~」


 双子は純粋に興味本位で尋ねてくる。


 日本人時代だったら相当デリケートな話題だが、子供達が好奇心のままに忌憚のない問いを投げかけてくる。これは別に、無邪気ゆえのデリカシーのなさからの言動とは違う。


 アルグランジュの価値観で言えば、まったく他愛ない日常会話の一端に過ぎない。

 なにしろ、健康にも機能にも一切問題なく、完全な形での性別適合手術が簡単にできる世界なのだ。深刻に悩むほどのテーマにもならない。

 加えてジェンダーの偏見もなく、どんな個人の選択もしっかりと受け入れる社会が完成されている。

 なので実際に、政治家やら上司やら担任やらが、連休明けに突然違う性別になって現れても、ちょっと驚いて終わり程度の話なのだ。

 だから子供達にもまったく悪気はない。


 当然僕も、その気になればかなり簡単に男性の体を手に入れることができる。以前アルフォンス君にも、選択肢の一つとして提示されたように。


 しかし僕は髪形は変えても、マリオンの体を作り変えるつもりはない。このままで生きていく。あえて変える必要性がない。

 それはマリオンに対する思い入れの強いアルフォンス君に気を使っているわけではなく、僕自身の意志での結論だ。


「今の気持ちとしては男? 女?」


 純粋に興味津々に尋ねられ、僕も特に抵抗なく、けれどある思惑を持って答える。


「ふふふ。僕の精神的な性別は、生まれた時と同じままですよ。体の性別が変わっても、僕の心は元のまま――変わろうと努力して変われるものではないようです」


 軍曹と僕は、そこが大きく違うところだろう。不本意にも男性として生まれてしまった彼は、チェンジリングとして生まれ変わったことで、女性の心が女性の体を得て、初めて肉体と精神の性別が一致した。

 僕には、それはなかった。体の性別が変わってしまっても、僕は僕のままだった。


「でも、それで構いません。子供だった頃を除けば、長い人生で今が一番、僕は自分らしく自由に生きられている。ずっと昔に失った大事なものを取り戻して、人生をやり直しているところなんです。性別のことなど、今は気にもしていませんよ」


 チェンジリング以来、久し振りとなる子供達とのおしゃべりを楽しみながら、嘘偽りのない本音を語る。

 こちらに来て、しみじみと実感したものだ。不本意な一生を終えたと思った先で、こんな幸せが待っているとは思いもしなかった。

 たとえ有限のものだと知っていても、その想いに嘘はない。


 作業をしながらも聞いているだろうアルフォンス君に届くことを意識したのは、僕がマリオンの姿を変えないことに、彼が責任を感じないよう伝えるためだ。

 と同時に、すでに彼の好きだったマリオンとは別人となっている現実を突きつけてもいる。 

 

 だが――探索に出て以降の双子との一連の会話、実は意図するところが別にあった。


 これはちょっとしたリハーサルだ。

 僕が死のゲームに臨む順番が来た時のための。


 僕には墓まで持っていくと決めた秘密がある。

 嘘を禁じられたゲームの中で、本当の秘密を守りつつ、「一番の秘密を話す」という矛盾した課題をクリアするにはどうすればいいか。


 昨日眠りに就くまでの間に、考えに考えた末、最終的なプランをほぼ固めておいた。 

 当然可能な限りの準備はしておくつもりだ。命懸けのゲームにぶっつけ本番で挑めるほどのチャレンジャーではない。


 行きがけの駄賃とでも言おうか、せっかく予備知識のほとんどない話し相手が二人もいるのだから、練習しておかない手はない――というわけで、この散策を兼ねた調査に入ってからずっと、僕は事実のみ、本心のみでおしゃべりをする訓練を自分に課していた。


 さっきの僕の発言の真偽を、もしあのゲーム内で審査されたとしても、おそらく嘘とは判定されずに乗り切れるはずだ。

 僕にとって一番の障壁となるオーディエンスに、『事実』を語りながら『偽りの真実』へと思考を誘導し、なおかつそれに気付かせない。

 実に難題だが、方向性は見えてきた。


 双子の反応を見る限り、僕の意図は成功していると見ていいだろう。特に違和感もなく額面通りに受け止めているようだ。

 きっと黙々と作業に集中しているように見えるアルフォンス君も。


 よし、あとはこの方針の下、怪しまれない程度にちょいちょい言い回しの訓練を繰り返して、今日中には慣らしておこう。

 本番に備えてスピーチプランを練り上げ、少しでも精度を高めておかなければ。


 それは、僕の「目的」と「命」を両立させるための、命綱だ。


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