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偽善

 ボランティアに熱心なのは結構なことだ。そこに異論はない。


 けれど他人を助けるのに忙しいあまり、そのしわ寄せで双子は幼い頃からずっと寂しい思いをしてきたらしい。一緒にいる時間は、おそらくおばあちゃんのイネスの方が余程多いのだろう。傍から見ていても、二人はおばあちゃんっ子なのがよく分かる。

 普段からあまり傍にいてくれない親に対して、子供達に思うところができてしまうのも当然だ。


 息の詰まる部屋から解放された反動か、ギイが溜め込んできた不満を吐き出す。


「本当に優しい人なら、自分の子供にももっと向き合うんじゃないの?」

「でも、忙しい合間にも、会いに来てくれるし」

「仕事を減らしてまでは、僕達との時間は作ってくれないだろ?」

「その分世の中の人の役に立ってるもん」


 不貞腐れるギイと、自分に言い聞かせるように庇うルネで、意見の対立がしばらく続いていた。

 精神的に弱っている母親本人の前でやり合わなかっただけ、この子達は我慢強いいい子だと思う。外にいる間だけでも本音を吐き出して、ストレスを発散できるといいのだが。

 などと思っていたのだが。


「ねえ、コーキさんはどう思う?」


 空気になって観戦していたら、ギイの矛先が僕に向いてきた。なにしろ僕は二人の真ん中に挟まれているのだ。むしろ今までよくスルーされていたものだ。


「こういうの、偽善っていうんじゃない?」

「おや、ギイ君は難しいことを言いますね」


 十三歳の少年ともなれば、まさに反抗期と中二病の階段を二段飛ばしに駆け上がるお年頃。成長過程の潔癖な反抗心に、つい微笑ましいまなざしを返してしまう。


「そうですね……。僕は偽善という言葉にはあまり意味を感じません。節税のための寄付だろうが、売名行為のためのパフォーマンスだろうが、自己満足を得るための手段に過ぎなかろうが、過去の反省のための代償行為だろうが、とにかく重要なのは行為そのものだと考えます。助けられる側からしたら、たとえ別の目的があっても同じ労力であり、きれいなお金でも汚いお金でも同じお金です。助かる人間がいて、よそにも大きな迷惑をかけていないのなら、善意の有無や目的など関係なく、すべからく善だと思っています。例えばただ単純に善し悪しを語るなら――今、僕が君達を館内の散歩に誘ったことで、君達の気分転換ができたなら結果オーライだと考えたいところですが、一方で、君達がさっき心配していたように、不安定な母親にずっと付き添っていてあげるべきだ、という見方もあるでしょう。まあ、どちらが正しいかなど僕にも分かりません」

「――なんか、誤魔化されてる気がする」


 おっしゃる通り。いまいち納得のいかない表情のギイに、ただ微笑みを返す。


 結局のところ、何が善で正解であるのかなど、立場でガラリと変わるものだ。そういえば、僕も死ぬまでモヤモヤを抱え続けてきたものの一つに、募金問題があったなと思い出す。国内では絶望的な子供への臓器移植をアメリカで受けるための募金運動を見る機会が、職業柄よくあった。病気の子供が苦しんでいて、少しでも寄付をすることで役に立つなら、という考え方も十分理解できるが、僕はあの類に寄付をしたことはない。これもギイの言うところの偽善問題に抵触しているだろうか。

 家族や身内が必死に運動する分には頑張ってほしいとは思うのだが、もしその子供が善意とラッキーに恵まれて無事アメリカに渡って手術を受けられた場合、それは一日千秋の思いで移植を待っている他の子供のチャンスが一つ潰れたことを意味する。それも、本来ならより正当な権利を持っていたであろうアメリカ人の子供の列の順番に、外国人が割り込むような行為に感じられてしまって、関係者やボランティアの必死の呼びかけに遭遇するたびに複雑な気分になったものだ。まぎれもない善意だが、必ずしも正しいと言えるのだろうかと。

 もちろん他人事だから言える話で、それが僕の弟の命を救うためであれば、なりふりかわまず思いつく限りの手段を講じるし、卑怯な真似だろうが辞さない覚悟もある。しかしやはり見ず知らずの子供達のどちらか一人、命の選別をしろと言われた場合、なかなか安易な結論を出せるものではない。その代わり、日本の医療制度を変えようという活動に関しては、できる限りの協力はしてきたつもりだ。しかし決断を後回しにしたまま募金に関わらなかった選択が正しいとも、さすがに思ってはいない。いくつになっても、何が善かなど分からないままだ。


「ふふふ、永遠に正答など出せない命題です。たくさん見聞し経験を重ねて、よく考えて自分なりの答えを見出すしかありませんね」


 本音で語りつつはぐらかしながら、ふと、命の選別について思う。

 まるで十五年前、そして今――僕達が置かれている状況のようじゃないかと。


 ――誰が誰を殺すのか。


 この機動城で、僕達が軍曹から強いられているテーマは、まさに命の選別だ。見ず知らずどころか、全員が血縁者と言うのが更にえげつないところだが。


 それでも今の僕はもう、揺るぎなく命を選別している。

 この手で確実に「彼」を殺し、やるべきことをやって、アルフォンス君とともに必ずこの機動城を生きて出る。


 そこに、ひとかけらの善などなくとも。

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