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引率

「コーキさん、ありがとう。もうこのまま残り四日間、ずっと部屋に引きこもらされるのかと思ってた」


 廊下を並んで歩きながら、ギイがほっとした様子でお礼を言ってきた。


 朝食後、いったん各自の拠点に引き上げて、屋敷の探索準備をしてから、改めてギイ、ルネの滞在するイネスの客室へ迎えに行った。

 イネスに見送られながら、部屋を出発した直後だ。


「もう、正直、息が詰まりそう。じっとしてると色々考えちゃうんだ」


 ギイが不安を滲ませた表情でぼやく。

 その心情を思うと、薄情な僕でもさすがに同情を禁じ得ない。


 あのゲームへ強制参加させられるかもしれない恐怖は、多分ヴィクトール以外の全員に付きまとっている。自分の参加確定を知っている僕の方が、むしろ腹をくくれるというものだ。


 普通ならすぐに警察に駆け込んで保護を頼むところが、現実は殺人鬼のいる陸の孤島に閉じ込められ、保護者の一人である母親は正直なところ役に立たない。いや、むしろ足手まとい。そして頼りがいのある父親は屋敷の外。

 家族で唯一の男の子としては、気負うところもあるのだろう。


 実際にはゲームの参加資格は『人殺しであること』なので、もちろん子供達は大丈夫なのだが。

 いっそのこと、さっさと次のゲームが始まった方がいいのかもしれない。そうしたらアルフォンス君の宣告通り、『参加資格は、十五年前の犯人で確定』という結論に強引にでも持っていってしまえばいい。

 まあ心当たりのある人間にとっては、死刑宣告となるわけだが。


 僕達はおしゃべりを続けながら、目的地へと長い通路を歩いていく。


 ちなみに僕の左右は双子が陣取っている。

 自分の定位置をかっさらわれたアルフォンス君は、後ろを気にかけつつも仕方なく一人で先頭を進んでいる。子供相手に大人げない態度こそ取らないが、内心すねていそうだ。

 僕としては、幸喜でもマリオンでも子供に人気だなと、ちょっと嬉しい。


「実は今日の探索予定スケジュールは、二か所ほどオススメの施設があるんです。動き回って少しでもリフレッシュしましょう」


 気分転換を促す僕の言葉に、しかし自分達だけ息抜きに逃げている罪悪感はやはり拭えないのか、双子は少ししょんぼりとする。


「お母さんも、一緒に来られればよかったのに……。おばあちゃんに押し付けちゃった……」

「うん、あんなお母さん、初めて見たから、どうすればいいのか分からなかった……」


 子供達にとっては、親戚とはいえ関わりの薄かった悪党の悲劇などより、鬱状態だという母親の方がよっぽど切実な問題のようだ。自分達がしっかりししなければという心持ちが健気だ。

 本来なら親の方が守ってあげなければいけないのにと、内心腹立たしくなってくる。


「お母さんね、いつもはすごく活動的な人なんだ」

「活動的過ぎて、滅多に家にはいないけどね」


 ルネは純粋に誉める意図で言ったようだが、続くギイの補足には少なからぬ含みが感じ取れた。

 おや、反抗期かな、と観察しながらも、その理由には思い当たるものがある。そう言いたくなる気持ちも分かると。


「そうですね。ご夫婦の活動の記事を見たことがありますよ」


 僕はどちらにも賛同するように頷いた。


 実は十五年前の騒動以後、生還者達はお互いの関わり合いこそ薄くなったものの、それぞれが総じて人生を好転させていた。


 一番割を食ったであろうアルフォンス君ですら、悲劇の少年ゆえの手厚い社会的な援助と自身の努力で、エリート街道を突き進んでいる。

 一躍時の人となったため相応のわずらわしさもあったはずだが、結果的にそれも含めて、誰にとっても騒動がプラスに働いたのは、何とも皮肉な話だ。


 ただ一人、マリオンを除けば、だが。


 その中でも、一番幸せを掴んだのは、キトリーと言っていいかもしれない。


 仲の良かった従弟のラウルを失ったこと以外、事件での痛手はほぼなかった。

 むしろ事件関連で、不当な記事を書いたマスコミを訴える過程でエリート弁護士と出会い、大恋愛の末にゴールインへと至ったくらいだ。その上すぐに男女の双子にも恵まれて、誰もが羨むような勝ち組人生を謳歌している。


 夫婦仲も良好で、昨日機動城の門前に集まった時も、規制線の向こうの群衆の中、関係者のエリアに、ひときわ心配そうに見守る男性の姿が目に付いた。メディアでも何度か見てきた、誠実な人権派弁護士の夫だ。


 結論だけ言わせてもらえば、キトリーはあの事件を踏み台にして今の幸せを掴んだようなものだ。


 しかし、何もかもが順調というわけにはいかなかったようだ。


「お母さんは、僕達より困ってる他人の方が大事なんだ」

「違うもん。助けを求めてる人を放っておけない優しい人だからだよ」


 兄妹の間で始まった言い合いを、僕は真ん中から静かに見守ることにした。


 アルフォンス君達からは残念な評価を受けていたキトリーだが、実は事件後、若かりし頃の姿からは想像もできないほど熱心な福祉活動の徒になってしまっているのだ。

 しかしその姿勢を間近で見ている子供達の見解には、相違があるようだ。


 弁護士の夫とともに、私生活を投げうつほどの精力的な活動は、確かに称賛に値する立派なものだった。僕がちょっと調べただけでも、かなり多くの功績が出てきた。

 利己的な放蕩娘が、一転して利他的な慈善活動家に、バイタリティだけそのままに、端っこから反対側の端っこへと極端なほどの転身を遂げている。


 日本でも、元ヤクザだの暴走族だのが社会的に成功者となるとやたらもてはやされる風潮があるが、やはりこちらの世界でも、昔ヤンチャだったのに現在は立派に慈善活動に励む生まれ変わった姿は、大きな話題性でもって好意的に受け止められているのだ。きっと同じ成功者からすれば、努力の総量など誰しもそう変わらないだろうに、長年こつこつやり続けるか、最初に自堕落にサボって後でまとめてやって追い上げるかでインパクトが違ってしまう。同じ努力と結果なら、誰にも迷惑をかけず真面目にやってきた人間の方がどう考えても立派なはずなのだが。


 おっと、また思考が逸れてしまった。

 ともかくそういうわけで、夫のネームバリューとキングの相続人候補である点も加わり、現在のキトリーはボランティア界の有名人として割と名声を得る存在となっている。 

 そのギャップこそが、アルフォンス君達に別人のようだと言わしめる最大の要因だ。

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