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変化

「昔はフツーに、頭も尻も軽いバカ女って感じだったよな」


 その頃のキトリーの年齢に、現在ほぼ追いついたクロードが、振り返って辛辣な評価を下す。それから、意外に本気の顔つきで声を潜める。


「遺産がらみで何か企んでて、裏で動いてるとか言われた方がよっぽど納得いくぜ。それか、実はあいつもレオンに洗脳でもされてたとか? 機動城に入る前から、ずっと大人しかったもんな」

「確かに昔の印象とは別人みたいだが……もし洗脳なら、もう解けてるはずだろ?」

「――まあ、なあ……」


 実際に洗脳から解放された張本人であるクロードが、歯切れ悪く頷く。

 やはりアルフォンス君とのやり取りを見る限り、以前とは違いすぎるキトリーの態度に、違和感を否めない様子だ。


 クロードの意見を否定するほどの決定打もなく、アルフォンス君も曖昧に首を捻る。


「とは言っても、ゲームの結末がショッキング過ぎたからな。怯えの原因が単にゲームのせいなのか、それとも洗脳が解けて十五年前の事件に関わる何かを思い出したせいなのか……判別は難しい。あの様子では、まともな話は聞けなそうだ。昨日ここで謎の第三者を目撃したって件もあるし」

「ああ、水色の髪の亡霊か。ルネも証言してなかったら、それも完全に嘘で決まりだったんだけどな」

「正確には、ルネだけが見たと言ったんだ。キトリーは悲鳴を上げて怯えていて、何の証言もしてない」

「カメラに映らない亡霊がいると考えるよりは、母娘での狂言――ってのが普通の結論なんだろうけどなあ……」

「普通ならな」


 当たり前の結論に飛び付けない。

 この機動城では、何が起きても不思議ではない不気味さがある。二人の脳裏にはきっと、レオンが最期に見たかもしれない()()がよぎっているだろう。

 まあ、僕が昨日視界の左側に設定した“他人には不可視のモニター”のように、こちらの世界なら現存する技術や魔法で、映像などいくらでもいじりようがある。そしてその有無を調べるための機材も、この場では用意できない。


 一番の問題は、それを誰がやっているか、ということだ。ただし、亡霊すらいないとは言い切れないのが、この世界の恐ろしいところだが。そうなったらもうミステリーじゃなくてオカルトだな。


 しかし現時点では、しっかりミステリーらしい展開になってきたな、などと二人のやり取りを興味深く観察していたら、急にクロードが僕に向き直った。 


「とにかくコーキも、今の大人しめの印象に騙されて油断しない方がいいぜ。人間、そうそう変わるもんじゃねえ」


 話の途中でクロードが僕に忠告をしてくる。それは言われるまでもない。


「分かってますよ。僕は人を見かけでは判断しません」


 そもそも相続人候補の招待者の中で、僕ほど誰も信用していない人間もいないだろう。もちろんアルフォンス君は例外だが。


 偏見や思い込みで判断するべきではない。日本で六十五歳まで生きてきた長い間に、いろいろなことがあった。中でも教訓として折に触れて思い出すのは、衝撃を受けたあの一件だ。 

 人は見かけによらない――場合もある。つくづく思い知らされたというか、自分の凝り固まった偏見を自覚させられた出来事だった。忘れもしない、あれは職場の駐車場で見た光景だ。車高の低い二人乗りの真っ赤なスポーツカーが、ためらいもせず障碍者用スペースに入り込み停車した。車いすマークやクローバーマークなど当然ついてもいない。案の定運転席から出てきたのは、いかにもその場限りの享楽だけを追求して将来のことなど何も考えてなどいなさそうな、車の乗り手にまさしく相応しいといった感じの金髪ロン毛のチャラい若者だ。やはりどこも不調な様子などうかがえず、周囲の来院者の顰蹙など気にも留めずに軽快な足取りで歩き出す。まったく、こういう良識を持たない輩がいるから、本当に必要とする人がこのスペースを利用できなくなるのだと内心舌打ちをする思いで眺めている中、若者は助手席の方へと回った。そしてドアを開け、狭苦しい助手席から彼に手を引かれて出てきたのは、優に八十は越えているだろう腰の曲がったよいよいのおばあちゃんだったのだ。

 僕は猛省した。先入観で勝手に判断してはいけなかったと。軽薄そうな派手な若者が、足腰の弱ったおばあちゃんの付き添いで来院することも世の中にないとは断定できないのだ。チンピラが乗り回していそうな窮屈なシートのシャコタンで、おばあちゃんが病院に乗り付けてこないとは限らないのだ。公道で四点式シートベルトは違法なはずなので、そこは改める必要があるものの、現に想像もしたことのない光景が、今まさに目の前で繰り広げられているではないか。振り返ってみて、僕の人生で見たのはあれ一度きりだったから、レアケースなのは確かだろう。とはいえ、どんなにありえなさそうなことだろうと、決して絶対にありえないわけではないのだ。

 見た目や印象だけで、その人物の在り方を思い込んでも、本当にその通りなのかという保証などない。事実は小説より奇なりとは言うが、まったく現実とは偏見や思い込みを時に遥かに凌駕することがあるものだと、あの時痛感したものだ。

 実際僕だって、外見や言動が中身と大きく乖離した人間の一人だ。


 だから僕は、昨日会った印象で今のキトリーの人物像を固定することはない。


 とはいえ、人は変わらないというクロードの主張には、少々異論もある。

 ちょうど僕の内心を言い表すように、ベルトランが嗜めた。


「単に大人になったということだろう。結婚して子供もできて、いい年にもなった母親が、いつまでも愚かな若者なままの方がおかしいじゃないか。むしろ成長しなかったレオンの方が特殊なんだと思うがね」

「僕もどちらかというと、そちらに賛同します」


 年長組と若者組で、見解がすっぱりと別れたようだ。これも親戚の集まりあるあるか。僕も見た目だけならここにいる中では最年少だが、中身ばかりはどうしようもない。職業柄子供と多く関わって来ただけに、「この子はいったい将来どうなってしまうのだろう」と心配になるほどだった子供の、思いもしない成長を目の当たりにした経験も少なくない。それは大人であっても同様だ。


 人は変わる。僕自身も経験した。

 確かに本質のところで変わらない部分はあるのかもしれないが、何かをきっかけにして価値観や物の見方がガラリと変わることはある。

 そうでなければ、更生する人間などこの世にいなくなってしまう。目から鱗が落ちた瞬間、それまで見えていた世界が良くも悪くも別のものになってしまう。


 ただ重要なのは、たとえ良い方向に変わったとしても、それ以前のやらかしが、更生でチャラになるわけではない点だが。


 キトリーが、何をきっかけに今のように変わったのか――昨日会ってからほとんど会話もなく、いまだ僕にはあまり馴染みのないままの人物だが、そこには大いに興味がある。

 前提としてあのゲームの結末に誰しも怯えるのは当然だが、更にその奥深くにある彼女自身の真実。


 それも、きっとこの機動城にいる間に明かされていくのだろう。

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