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朝食2

 僕達が会話している間に鳴った電話の方に行っていたアルフォンス君が、戻ってきて告げた。


「ベレニスさんとヴィクトールは、朝は来ないそうです」

「――そうか……落ち着くまで、そっとしておこう」


 ベルトランが、沈みがちに答えた。


 あまりに異常な状態で判断基準がおかしくなりそうだが、ベレニスは昨夜目の前で息子が惨殺されたばかりの母親なのだった。そして孫はと言えば、洗脳から目を覚まし、自分をコントロールしていたろくでなしの父親を恨んでいる。普通に考えて、身近にいたらとんでもない腫れ物だ。


 正直こんな面倒臭い状況の、元々疎遠な地雷案件の親戚がいたら、僕なら普通にそのまま距離を置いて完全なフェイドアウトを狙うところだ。気の毒ではあるがそれは別問題。

 薄情だが僕だって自分の命が、明日どころか今日どうなるかも知れない状況なのだ。人の世話まで焼いている場合ではない。

 残り四日間同じ屋敷で過ごす以上、接触を断つのも今は難しいが、不必要に関わる必要もないだろう。

 

「そうですね」


 僕は同情を装って、しれっと同意した。


 アルフォンス君が僕の隣の席に着くのを待って、すでに給仕されていた朝食を一緒に食べ始めた。


「おばあちゃん、僕、もういいよ。早く戻ろう」


 妹と母親が心配なのか、ギイが早々に食べ終えた。その声にイネスも食事の手を止め、立ち上がった。

 先ほど言った通り、部屋に戻って、今度はルネを食事に連れてくるのだろう。

 ふと思いついたように、イネスが僕を見る。


「そうだ、コーキさん、ルネのメニュー、選んでおいてくれる? 子供が喜びそうなもので。私じゃどれがおいしいのか分からなくて。少なくともこれは、もう二度と頼まないわ」


 そう頼んできたイネスが食べていた皿には、フィッシュアンドチップスが半分以上残されていた。

 確かにあれは、正直本場のものほど残念な感じだからなと、昔食べた味を思い出す。店によってアタリハズレが大きいのもあるが、ひどい方だとわざとまずく作っているのかと疑いたくなるのに出会うことがある。日本人が作ったものなら、魔改造のためかちゃんとおいしいのだが。

 近年は大分改善されてきたようだが、ジェイソンの時代だとまだ昔ながらの残念な方が主流だったはずだ。


「かまいませんよ」


 軽く請け合って、帰っていく二人を見送った。昨日はあんなに快活だったギイがすっかり意気消沈している様子に心が痛む。惨劇はまだまだ打ち止めになっていないことを知っているだけに、余計。

 

 しかしまずは頼まれごとを片付けなければと、すぐにクマ君を呼ぶ。こんな時こそ執事の出番というものだ。

 僕達は無難にアメリカンブレックファストを注文している。アルフォンス君の反応も良いようなので、ルネにももう一つ同じものを頼んだ。朝食に定番の納豆や焼き魚などの和食はさすがになかったが、これはこれでホテルの朝食のような懐かしさがあって嫌いではない。


 そこにオーダー時間ギリギリでクロードがやってきた。

 

「お~、何とか間に合った。朝メシの時間、早すぎだよなあ」


 顔を見せるなり僕のトレイを指差して、慌ただしくオーダーを澄ます。


「次から俺いなくても、とりあえず俺の分もオーダー出しといてくれよ。コーキと同じやつでいいからさ」


 要望を出しながら、アルフォンス君を通り過ぎて当然のように僕の反対隣に座る。


「おい、図々しいぞ」

「まあまあ、別にそれくらい構いませんよ」


 苦言を呈するアルフォンス君を抑えて、軽く承諾する。同じものを三つ頼めばいいだけだ。

 閉じ込められ系の物語での重大な生命線の一つといえば、食糧事情が上位に挙げられるところだが、機動城でその心配をせずにすむのは、数少ない好材料といえる。時間と場所に制限が付く以外、大きな足枷は特にない。この状況下で、残り少ない食料を争う羽目にまでなったらもう収拾がつかない。それ以前に招待したなら食事くらいきちんとしていて当然という話だが。


「ところでイネスさんとギイが向こうに歩いてったけど、さっきまでここにいたのか? 二人だけだったけど、ルネとキトリーはどうしたんだ?」


 食べて帰るには早すぎる点も含めて問われたので、イネスから聞いた話をそのまま伝える。


 キトリーが精神的に不安定になってしまって、部屋の外に出てきたがらないこと。イネスは先程、朝食を食べさせたギイを連れ帰ったところで、今度は部屋に残してきたルネを連れて、またすぐ戻ってくることなど。


 話を聞いてから、クロードはアルフォンス君の顔をまじまじと見て言った。


「おいおい、キトリーが、怖がってるって? 昨日から思ってたけど、いったい何の冗談なんだって話だよな」


 二回り近くも年上の従姉に対して、どこか鼻で笑うような物言いだ。


「そうだな」


 アルフォンス君も微妙な表情で共感を示す。ベルトランも苦笑していた。


 母親のイネスと息子のギイがいなくなったから、ようやく本音を漏らせたと言ったところか。久しぶりの親戚の集まりで席を外した誰かの悪口を言い出すというのも、親戚あるあるだなと、ついどうでもいいことを思ってしまう。

 まあ彼らの反応の理由は明らかだ。


「以前のキトリーさんは、なかなか()()()()お嬢さんだったそうですね」


 僕も何とかきれいに聞こえる表現に努めてはみたが、有り体に言えば()()()()に、という注釈が付く。


 日本人の感覚で言えば、ギャルとかパーティーピーポーとかではちょっと納まらないレベルの奔放な青春時代を送っていた。犯罪まではいかなくとも、夜遊びなどでの補導歴も数回ある。わがままで自分勝手で、悪気はないが周りを気にせず自分のやりたいようにやる――そういうタイプだった。

 当時子供だったアルフォンス君達も、あまり懐けるタイプのお姉さんではなかったわけだ。


 それが、イネスの言葉通り事件がっきっかけになったのかどうかまでは知らないが、今ではすっかり人が変わってしまった。

 激しかったはずの自己主張もなりを潜め、身内同士の会話にもろくに参加することなく、機動城に入った時からずっと影が薄い。

 昔のキトリーと比較すれば、今の彼女とはまるで別人のように思えることだろう。

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