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予告

 軍曹の想定の中で、今回()()に最も近い存在は、アルフォンス君なのかもしれないなと、ふと思う。

 まさか僕のようなイレギュラーが現れるなどとは、さすがのキングですら想定外だったろうから。


 ジェイソン・ヒギンズを調べる上で、彼は見当違いを苦笑しながらも、簡単な日常会話程度までできるほどに英語を身に付けてしまった。文字だって、小細工のない一般的なフォントなら自力でも読めていたろう。

 遠回りだがゴールへの唯一の一本道を、道なりに進んでいくような実直さだ。


 だからこそ、僕がより慎重を期さなければ。

 僕達が本当の意味で解放されるために設定されたミッション――あるいは救済措置の内容を、アルフォンス君に絶対に悟らせないように。


 軍曹の思うままに動かされるのは甚だ癪だが、永遠に終わらない茶番を、一族の血が絶えるまで毎年繰り返させられるよりはずっとましだと居直るしかない。


 躊躇いは捨てた。

 この因縁から解放されるために、万難を排してなすべきことをなす。

 ただ冷徹に、ひたすら理性的に、誰にも悟られないよう密やかに――元凶を完全に断ち切る。


 そうして、軍曹の復讐劇に僕達が付き合わされるのは、今回を最後にするのだ。


 横たわったまま目を閉じ、今後の展開についての予測と、可能な限りのシミュレーションをしていく。僕の力の及ぶ範囲と、どうしても手の出せない部分を、正確に見極める必要がある。


 ゲームの順番は“女王の亡霊”の判断次第。ただしリストにあったどのゲームであっても、ゲームを選んだ本人は、()()()()を問わず必ずゲームに挑戦しなければならないルールは動かせない。

 なおかつ順番は自由にできるとはいえ、最後の大トリを飾る人間だけは最初から決められている。参加者リストの最後に、特別仕様で名を連ねていたのは、そういう意味だ。

 つまり勝敗問わず、僕達の順番が終わるまでは、そこにはたどり着けない。


 今日、まずは一人目が終わった。殺される過程を目の当たりにして、より腹が据わった気がする。

 ――問題ない。僕は、冷静だ。


 誰もいない空間で、寝返りを打ってクマ君の目を見つめ返した。


「今も、僕達をどこかから見ているんですか?」


 ずっと感じていた言葉を、初めて口に出してみる。自分で思ったより、低い声が出た。

 間違いなく、僕の声が相手に届いている確信があるせいだろう。


 ずっと見られているのは不快だが、僕にはクマ君が必要なので折り合うしかない。そもそもカメラはそこら中に隠されているのだから今更の話だ。


「どんな気分で、僕達の狂騒を眺めているんですか?」


 呟きには、責める響きが乗る。

 巻き込まれている現状を除けば、別に僕自身がカメラの向こうの相手に直接何かされたわけではない。かといって、健勝を望むほどの情などあるはずもないが。

 可能なら、関わりたくもないのが本音だ。


 それでも。


「もう少し、そこで待っていてください。前座のゲームが終わり、あなたの下にたどり着くまで。――――――――――――――――――――僕が必ず、あなたを殺す」


 観測者に対してというよりも、自分に言い聞かせるように、断言した。


 この予告を聞いて、モニターの向こう側で何を感じているのだろう? 怒ったのか、嘆いたのか、笑ったのか……。


 いずれにしろフィナーレを飾るのは、ゴールに待ち受けるそのたった一人。

 一族の誰かの手によって彼を殺すことのみが、遺産相続から解放される唯一の方法。ルール説明ではっきりと示されていた、ゲームに完全に勝つ条件だ。

 これから何人が死ぬのかは知らないが、最後の殺人だけは僕が直接行うことになるはずだ。だからこそ、今からいろいろと撹乱しておく必要がある。すべての犯行が謎のゲームマスターの仕業であると錯覚させるために。


 あるいは、殺人を犯さずとも切り抜ける手段はあるのかもしれない。

 しかし溺れている最中に投げ渡されたロープを掴むように、短絡的な結論に飛びつく以外の選択肢は僕にはない。

 キングと言う圧倒的な怪物が作り上げたプログラムに対して、根拠の薄い人道主義での足搔きなどこの場では不要だ。僕はそこまで自分の能力を過信してはいない。


 罠の可能性も拭えないが、こちらが条件を果たしさえすれば、軍曹は提示した報酬はきちんと渡している。そして思い返してみると、意外なことに罠こそ仕掛けるが、今まで『嘘』はなかった。現に僕も、十五年前にラウルを殺したことで、魔法を一つ相続している。

 なのでその姿勢を信じたい。

 

 というか、これが罠だったら、本当に解放される術の当てがない。

 とにかく方法が明確に示されているなら、確実に実行すべきだ。


 アルフォンス君かそれ以外、どちらを犠牲にするかなど、迷う余地もない。

 僕は自分の意志で、人を殺す覚悟を決めた。

 ゲームで足を引っ張って、結果的に死なせるのとはわけが違う。初めから殺意を持って、相手の息の根を止めること自体を目的に動く。


 全てを終わらせて無事に生還を果たせたとしても、アルフォンス君とそこでお別れになるというのは、だからだ。

 他にいろいろあっても、それが決定打と言える。 


 僕は思考が飛躍してしまう方だと自覚はあるが、これに関しては暴走ではないと確信できる。

 仮に他の誰かに頼ろうとしても、全員が肉親同士なだけに、いざ土壇場になって踏み切れないリスクがある。現時点でこの相手に一切の温情を持たない割り切りのある僕が、一番の適役だとすら思っている。  

 一族の中にあっても、僕の身内はアルフォンス君だけなのだから。


 それに、皮肉だが命を救うことに人生を費やしてきた僕だ。逆にどうすれば確実に殺せるかも、よく分かっている。

 警察官としてまっとうに生きているアルフォンス君に関わらせるなど論外だし、子供達も同様。レオンのように誰かを利用して、代わりに罪を犯させるような卑怯な真似も絶対にしない。

 手を汚すのは、僕だけでいい。魔法もあるし、きっと人知れずにうまくやれるはずだ。


 けれどその後、()()()を自分の手で殺しておいて、何食わぬ顔でアルフォンス君との穏やかな日常に戻れるほどの厚顔無恥でもない。

 いくらウソツキの僕であっても。


 だから訣別の前に、大切な弟とともに過ごせる残りわずかな数日間を、大切に記憶に刻みつけておくのだ。たとえ血に染まったものとなろうとも、きっと大事な思い出になるだろう。


 深く静かに決意を固める一方で、思わず他人事のように自嘲してしまう。

 実に――まったくもって困ったものだ。


 機動城という異質な空間は、殺人へのハードルを著しく低下させる。

 それは僕自身にも言えることなのだ。

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