解放条件
文書を最後の一行まで、しっかりと吟味しながら目を通し終えて、一息つく。
いつの間にか夜更けも過ぎ、ひと段落付いたらしいアルフォンス君がバスルームに入った音が聞こえた。
広い一室に一人きりの沈黙が降りる。
傍らのクマ君は、ただ無言で僕を見つめている。
ベッドに横たわったまま、今日得た情報から、今後僕がやるべきことを順序立てて挙げていく。
いざその場に直面した時、躊躇わず実行できるよう、イメージトレーニングが必要だ。
今日のような胃の痛くなりそうなゲームを切り抜けられるかも大事だが、それはあくまでも最低ラインの話なのだ。
もっと重要なことが、その先にある。
何故なら、目先のウソツキゲームに勝って、それなりの遺産を得ての生還を果たしたとしても、生き延びられる保証期間はあくまでも今年限定。
本当のクリアをしない限り、待っているのは来年の招待状だ。
そしてそれは、この先毎年続く。
軍曹に指定されたある指令を、果たさない限りは。
肖像から得た最も重要な情報は、この遺産相続騒動から本当に解放される方法についてと言っていい。
この先何回も選定会が続けば、いずれ軍曹の肖像の意味に気が付く者も複数出てくるだろう。それは、ゲームマスターポジション争奪戦からのスタートになることを意味する。
その時までに、生き残りが何人いるかは知らないが、より複雑で厄介になるのは間違いないだろう。一体どれだけ人間関係がこじれていくだろう。同じ空間で過ごすことすら難しくなるはずだ。現時点ですら、もうその傾向はあるのだから。
だが一番の問題は、真相を知った時に、誰もが秘密を守れる保証がないことだと僕は思っている。
その指令は、決して表沙汰にはできない類のものだったのだ。
一回目の愚かな選択ミスで、平和にやり過ごせるたった一度きりのチャンスはすでに失ってしまっている。
殺人ゲームのルートに突入してしまった以上、完全に解放される手段は、もはやその条件を果たす以外にない。何年かかってでも。
何もかもが終わるのは、軍曹の課題を果たすまでか――あるいは、僕達一族が全滅するまで。
いくつも用意されていた、あのいやらしいほどの悪意の塊のゲームも、実は復讐の終着点までの道のりを彩る装飾のようなもの。真のゴールへ至るまでの余興に過ぎない。
僕達はその過程を経なければ、ラスボスまでたどり着けない。
余興をなんとか乗り越え、そこでようやく、機動城との因縁を断ち切るミッションのスタートラインに立てるのだ。
そこに至るまでに、一体何人の死体が積み上がることになるのやら。
だから無益な消耗を重ねて余力を失う前に、なんとしても今回で終わらせるべきなのだ。犠牲者を最小限に抑え、平穏な日常を取り戻すため、可及的速やかに。
そしてそれを実行できるのは、軍曹の肖像を読んで、条件を知った者――つまり現状は僕ということになる。
みんなと秘密を共有し、協力し合って達成する方法もあるのだろうが、僕は絶対にそれを選ばない。
詳細を知った時から、誰にも知らせず、秘密裡に単独で処理すべき案件だと判断した。
秘密厳守ももちろんだが、それ以上に、良識や情を振りかざす妨害者が現れる可能性が排除できないのだ。
足手まといや邪魔者、下手な目撃者を作るくらいなら、一人で片を付け、僕だけが永遠の沈黙を守った方が確実だ。
僕の秘密が今更一つや二つ増えたところで大差ない。
機動城の入り口で真っ先に目に入る、軍曹の肖像――解読してしまったのは幸か不幸かと、苦笑いしたくなる。
あれは、理解者の誰もいないこの世界に、軍曹が最期に残したメッセージだ。
機械翻訳のできない英語だったことにも、願いのようなものが込められているのだろう。
軍曹は、この世界でたった一人でも、自分の真実を理解してくれる人間が欲しかったのかもしれない。
そして自分を理解した者に、決着をつける役割を委ねた。
準備などあるはずもない一回目では無理でも、二回三回と回を重ねるごとに、軍曹のメッセージを読み解く者が現れる可能性は高まるはずだった。
意識不明のまま収監されたマリオンの不参加、それによる十四回にも渡る選定会の中止というハプニングさえなければ、もっと早くあり得た未来だ。
しかし現状は、ようやく二回目となる選定会が再開されたばかり。
まだ終わりの見えない復讐の序盤で、舞台装置の一つとして今回選ばれたのが、あのゲーム。
そういえば肖像の解読者はゲームを選べる点も、軍曹の期待の表れなのだろうか。
すなわち、軍曹に寄り添う努力をした者にだけ与えられるボーナスとでもいうのか。
簡単に同時通訳ができる世界では、あえて言語を学ぶなんて馬鹿馬鹿しいほどに無駄な労力だ。しかし、ネイティブを理解する観点では非常に有効な手段でもある。
それを行ってまで彼の背景を知り、心情に想いを馳せ、なぜこんな舞台を用意したのか――真実を読み解く者に、より大きなチャンスを与えるシステムになっているように思える。
そうやって得た有利な立場で、完全にルールを把握し、うまく乗りこなせれば、支配者にすらなれる。
実はゲームの選択肢の中には、わざわざあんな凄惨な光景など見なくてもすませられる、もっと簡単で平坦なものだってあったのだ。ゴールまでの直通路のような穏やかな選択肢が。
その点で言えば、候補者は今回更に不幸が重なってしまった。二回目にしていきなり、冷酷な復讐者がゲームマスターの立場をかっさらってしまったのだから。
“ゲームマスター”改め“女王の亡霊”が選んだのは、一直線の近道ではなく、一族の流す血にまみれた回り道。
まるで、「さあ、お前の復讐にゲームを利用すればいい」と、軍曹に唆されているようではないか。
そして一方で、誰も解読できないまま、ただ遺産を欲し私利私欲で足をすくい合うなら、そこかしこに仕掛けられた罠で、一族の血が絶える結末がいずれは来る。泥沼にはまった、救いようのない自滅。
それはそれで、復讐の一つの到達点でもある。
軍曹はいくつもの道を用意して、どれが選ばれても一向に構わなかった。
現状を見るに、軍曹はどこまで未来を見通せていたのだろうかと、考えれば考えるほど背筋が凍るような恐ろしさを覚える。
こんな恐ろしい人物の呪縛から、本当に逃れることはできるのだろうか?
いや、弱気は禁物だ。僕は必ずやり遂げる。
必要なのは、揺るがない強い意志だ。




