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自省

 いくつかの決めごとをして、会合は終了となった。


 先程の人影とは何なのか。本当に女王の亡霊なのか。それともこの中の誰かなのか。自分達以外の存在が、どこかに潜んでいるのか。殺人ゲームはこの先も続くのか。


 謎は何一つ分からないまま――というかむしろ増えてしまった状態で、何とも不気味な余韻を残しての解散。


 食堂を出る直前、おそらく聞いているであろう人殺し達に向けたクロードの独り言が、沈黙の空間に印象的に響いた。


「女王の亡霊がやろうとしていることが復讐なら、関係者の中で一番恨みが深いのは、間違いなくマリオンなんだろうな。家族を殺された上、その罪を着せられて死刑にまでされて。もし亡霊になれるなら、俺だって復讐しに地獄から這い上がってくるってもんだぜ」


 ――ああ、まったくその通りだ。

 無反応ながら、僕は内心で完全に同意する。軍曹の復讐心すら塗り替えるほどの憎悪で、自身の復讐に乗り出す。


 誰もがさっと顔色を変える。アルフォンス君も、痛みに耐えるような表情を浮かべた。


 だがマリオンはもういない。ならば、それに代わって恨みを果たしてくれる存在は誰なのか――?


 あえて応える者はなく、気まずいままそれぞれの部屋へと引き上げていった。


 僕達もアルフォンス君の部屋に戻る。

 時計は午後九時。入館した正午から、まさに怒涛の九時間だった。


 クマ君にお茶を頼んで、沈み込むようにソファーに腰を下ろした。

 まだ初日だが、家族団らんの食後のティータイムを何とか迎えることができ、寛ぎの時間にようやくほっと一息つく。

 これから考えること、やることがあるが、息抜きも大切だ。


「コーキさん、大丈夫ですか? いろいろありすぎて、疲れたでしょう?」


 正面に座りながら心配してくれるアルフォンス君に、僕はいつも通り飄々と答える。


「問題ありませんよ。他の皆さんは衝撃が大きかったでしょうが、僕は職業柄、人の死に近かったことでもありますし、切り替えられます。君こそ大丈夫ですか?」

「――まあ、そういう意味では、俺も同じですから……」


 そう答えながらもアルフォンス君は浮かない表情をしている。


「クロードさんが心配ですか?」


 他にもいろいろあるだろうが、目下の気がかりにアタリを付けて問いかける。


「…………」


 答えないことが答えというやつだ。

 憎まれ口を叩いていても、集結した親族の中で唯一信頼している、友人とも言える存在だ。一人にさせてしまって、心配になっているのは間違いない。

 もし僕が当然のように拒否しなければ、なんだかんだ言いながらも、この部屋に招いて三人で過ごすことになっていたかもしれない。


「僕のわがままに付き合わせてしまって、すいませんね」


 従兄の身を案じるアルフォンス君に、そこは素直に詫びる。正直言えば、この決定は百パーセント僕の都合だ。


 確かにクロードは好人物かもしれないが、そういうことには関係なく、他の人間は全て遠ざけておきたい。

 安全の確保以上に、まず僕の行動の妨げにならないように。


「僕が前にいた国には『二兎を追う者は一兎をも得ず』ということわざがありましてね。僕は、君のお守りだけで手いっぱいなんですよ」

「お守りは俺のセリフなんですけど」


 冗談めかした僕の本音に、アルフォンス君は少しへそを曲げた。


 さっきの別れ際の独り言でも思ったが、クロードはあれで意外と核心を見抜くところがある。あまり一緒にいすぎたら、いろいろと隠し事に気付かれる可能性が高い気がしたのが、正直なところだ。

 距離の近すぎるアルフォンス君より、むしろ彼の方が危険だと感じる。


「他に気を逸らして、一番守りたいものに何かあっては本末転倒というものです。僕はもう二度と、家族を喪わない」

「――そうですね。俺も、それは同感です」


 アルフォンス君も、表情を引き締めて僕を真っすぐに見つめ返した。

 それから気分を変えるように、クマ君が淹れてくれたお茶に口を付けてから、深い溜め息を吐く。


「それにしても、今日の件は、あまりにも想定外でした。事件に巻き込まれないよう十分警戒していたつもりではありましたが、ここまでひどいことになるとは思ってませんでした。あんな常軌を逸したゲームなんて、注意の払いようがない。もしあれに選ばれたら……」


 表情を強張らせるが、続くその口調には、どこか自己嫌悪めいた響きがあった。


「――なのに、同時にチャンスだとも思ってしまうんです。父さんを、ルシアンを殺した犯人が、ゲームに選ばれればいいと。そのままレオンみたいに、無惨に殺されてしまえばいいんだと。そういうのを防ぐ職務を担って俺はここにいるのに……。罪を償う機会を与えてやるなんて、あまりにも生温いという思いが拭えない。あなたや、子供達だっているのに……俺は心の底で、次の惨劇を待ち望んでいる」


 偽りのない吐露に、僕は落ち着いて言葉を返す。


「君が冷酷なわけではありませんよ。職務も何も関係なく、大切な人を奪われた一人の人間として、自然な感情です。この十五年、ただ、君は傷つきすぎただけです。それに、思うことと実行に移すことには、天地の差がある。自分の立ち位置をしっかりと肝に銘じ、自省できる君は、立派な警察官ですよ」


 僕は淡々と、ただ本当に思ったことを伝えた。

 なんなら次の惨劇にも積極的に参加してやることもやぶさかではない僕とは、大違いじゃないか。まったくまぶしいほどの良識と自制心だ。


 昔弟にやったように、撫でくり回して褒めてあげたいところだが、こういうのは大袈裟にやりすぎてもいけないからな。頑張っただけで手放しに褒められるのは幼稚園までだ――と大人になった今なら分かってはいるのだが、もうちょっとだけ褒めてあげてもいいか。


「むしろ過酷な境遇で、よくぞそんなにまっとうに育ってくれたものだと感心します」

「――さっきからちょいちょい出る保護者みたいな発言が凄く気になるんですが」

「そこに食い付きますか。まあ似たようなものでしょう」


 返ってきたクレームに、やはり褒めすぎは駄目だなと反省する。子供扱いに機嫌を損ねてしまった。


「何言ってるんですか。どちらかと言うと俺の方が保護者みたいなものですから」

「そうですか。では頼りにしてますよ」


 僕は軽く流して、ふふと笑う。少しは気も紛れただろうか。

 そういうムキになるところが可愛いのだが、それは言わないでおいてあげよう。

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