行方不明者
「もう、名前なんか何でもいいわよ! 問題はその女王の亡霊とやらが「誰か」ってことでしょ!」
僕とアルフォンス君の無為な掛け合いに、アデライドが割って入る。それにクロードが付け足した。
「それと、「なんで」ってのと、「まだ次はあるのか」――もな」
「コーキさんが出した推理小説みたいに、推理で何とかならないの?」
思いつきのように、イネスが随分な無茶ぶりを僕にしてくれる。
周りの皆さんも失笑と期待が半々といったところだ。
ぶっちゃけて言えば、推理も何も、大体の回答はもう僕の中にある。
女王の亡霊が「誰か」も、「なんで」も、「次があるのか」も。
ここで僕が答えても差し支えないのは、「誰か」以外だなと考えながら、煙に巻くべく言葉を紡ぐ。
「推理と言いましても、この世界だと何でもありですからねえ。どんなに論理を積み重ねても、魔法一発でひっくり返されてしまいますし、考えるだけ無駄な気がするのですが。実際、現実離れした出来事のオンパレードじゃないですか。強いて挙げるなら揺るがない真理は、死者は蘇らないということくらいだ――とかドヤ顔でキメたいところですが、それすらチェンジリングという生きた例外がここにあるわけですからね、ははは」
「笑い事じゃないわよ!」
僕の冗談は誰も笑ってくれないので、自分で笑ってみるが、アデライドに無情にツッコまれてしまった。
めげずに話を元に戻そう。
「まあ、「なんで」の部分なら、先程も言った通り、かかっていた曲が復讐の歌ですから、そのまま復讐が目的ってことでいいんじゃないですか? 殺されるほど恨まれる心当たりのある人、いますか?」
さらっと問いかけてみるが、やはり名乗り出る者はいない。代わりにクロードが口を挟む。
「ちょっと待て。復讐が目的なら、レオンを殺したのは俺ってことになるじゃねえか。俺は違うからな」
食い気味に否定するクロードに、僕も至極真面目に同意する。
「もちろん、クロードさんだなんて言ってませんよ。十五年前の事件の復讐とも、現時点では断定できてませんし。故人を悪く言いたくありませんが、正直レオンさんですと、多方面から恨みを買ってそうなとこありますからねえ」
「じゃあともかく、女王の亡霊から恨みを買っている人間が他にもいるなら、やっぱり次もあるって考えて良いですかね」
アルフォンス君の言葉に、僕が頷く前に、クロードが珍しく表情のない顔で言った。
「最悪、今ここに、殺される人間と殺す人間が、顔を突き合わせてる可能性もあるってことだよな?」
「――――」
嫌な沈黙が、この場を支配する。
ああ、ついに言ったな。
全員を観察しながら、クロードの率直さゆえの暴れっぷりに密かに高評価を付ける。
僕が撹乱するまでもなく、状況がどんどん人を追い詰めていく。せっかく今まで誰も言わなかったのに、とうとう我慢できなくなったか。
この先、少なくとも家族以外、誰も信用できない。誰とも協力できない。
――そんな環境作りには、最強の発言だ。何なら家族だって、疑うべきだが。
今までは「殺人犯」――つまり過去についての話だった。これは、今後起こり得る未来の可能性の話になる。
いずれこの中の人間が、殺す側と殺される側になるのかと。十五年前のように。
「――もうやめないか。それは、この中の誰かが、女王の亡霊だと言っているのと同じだぞ」
しばらくして、重い空気を無理やり振り払うようにベルトランが嗜める。
「この屋敷に、俺らの他にも誰かいるって考えるより、よっぽど現実的だろ?」
なあなあで終えられる話ではないだけに、クロードも引かない。
それからおもむろに、その視線を僕に向けてきた。
「コーキは、死者は蘇らないという前提すら、疑ってるわけだよな。捜索中も、親父達の遺体が見付からない以上、今も生きてる可能性はあるって話はしてたしよ」
「はい」
「さっきのレオンので、遺体の消え方は分かった。アレを見てもまだ、そう思うのか? もし他にも誰かいるとしたら、それこそあいつらくらいしかねえだろ。あくまでも生きてればだけどな」
クロードがそう言いたい気持ちも分かる。
あれはどう見ても即死だった。死者が回収されていく、という図式が補強されたと考えるのも無理はない。
「そうですね。特に変化はありません」
僕はしれっと自説を維持する。
「そもそも、この遺産相続にまつわる死者が非常に多いような印象がありますが、公的機関によって正式に死亡が断定された人物は、実はたったの二名しかいないんです。ジェイソン・ヒギンズと、マリオン・ベアトリクスだけ。残りは一切の確認が取れていない状況です。レオンさんですら、はっきりと死亡確認する前に連れ去られてしまったわけですから。それで死亡と断じてしまう方が、よほど早計だと思います」
よくニュースでは、事故や災害現場などで発見された明らかなご遺体が、「心肺停止」状態と報道されたりする。死亡の診断は医師にしかできない医療行為だからだ。医師に診断されるまでは死亡扱いにはならない。
アルグランジュも同様で、この場には死亡を確定できる有資格者がいない。
そうすると、あら不思議。法的に認められた死者はたったの二名となってしまうのだ。残りは全員行方不明者という扱いになる。
まあ僕に言わせればただの言葉遊びだが、この際事実は二の次でいい。
「医療の現場にいると、どう考えても死以外ありえないという状態から、奇跡的に生還するというケースが、稀に報告されます。何の意図もなく、生還への切れそうに細い道筋を偶然完璧にたどった結果起こったなら奇跡ですが、アルグランジュにはその奇跡を理論化し再現する技術が確立されています。僕が異世界で身に付けてきた遅れた医療ですら、生きた人間から機能不全の臓器を取り出して、死んだ他人の臓器を組み込む技術はありました。ジェイソン・ヒギンズの技術ともなれば、レオンさんがあの状態から蘇生する手段が皆無だと断じることなど、僕にはできません」
言うだけならタダとばかりの僕のテキトー発言は、思った以上の驚きと動揺を生じさせた。
考えてみればこちらの医療では、クローン技術で再生した自分のオリジナルと寸分違わない臓器を移植するのだ。死んだ他人の臓器を体に入れるなんて、こちらの世界の素人から見たらあり得ない発想なのだろう。
まあ、進んだ科学の恩恵を受けるのと、技術や仕組みを理解しているかは別の話だ。毎日車を運転しているのにタイヤ交換すらできないなんて人間は、僕の周りにもザラにいた。無理に知っている必要もない。プロに任せればいい話だ。
つまりこの場で一番人体に詳しい僕は、結構いい加減なことを言っても、そこそこ説得力を持って押し通せてしまうわけだ。
結果、周囲にいる一族の他に、退場したはずの見えない一族にまで警戒を払わなければいけない泥沼に追い込んでいる。
そして動揺する面々を、それぞれさりげなくチェックしたりもする。
「初めの方で殺されていた被害者が、実は真犯人だった――なんて「孤島」ものではありがちなパターンですからねえ。あえて警戒を怠る理由はありませんね」
ああ、僕は本当に性格が悪いな。
自覚しつつも、ひっかき回す方針の下、茶番は続行なのだ。
真のゴールは、その先にある。