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亡霊

「――推理小説か~」


 なぜかそこでジュリアンが、複雑そうな表情を浮かべた。


「僕も部屋で待ってた間、ギイに借りて読んだよ。面白かったけど、こんなことになるなら読まなきゃよかったよ。怖くて眠れなくなりそう」


 二手に分かれて、僕達が事件現場を回っている間、閉じこもっていた暇な時間に読んでくれていたらしい。

 推理小説好きとしては、好きな作品について語り合いたいところだが、この様子では無理そうだ。

 それにしても、怖がりの癖になぜ殺人事件のあった館で殺人事件の話を読むのか。怖くて眠れなくなっても完全に自業自得じゃないか。

 しかも過去に終わった事件どころか、今まさに現在進行形なのだから、怖さ倍増ではすまないだろう。


「そうだな」

 

 何作か読んでくれているアルフォンス君が、苦笑しながら感想に応じる。


「確かに、見立て殺人とか、奇抜な殺され方には意表を衝かれたな。あの得体の知れない不気味さに、共通した世界観を感じる。――ジェイソンもそういったものに故郷で馴染んでいたから、こんなおかしなことをやり始めたんでしょうかね」


 途中で僕に向けて、軍曹の凶行についての見解を漏らしながら、少し不思議そうな表情で本題に戻る。


「ところでその名付け例、姿の見えない相手に()()の比喩は分かりますが、()()はどこから来たんですか?」


 僕なりに事件にちなんだ例を思いつきで挙げただけだったが、出典が異世界なので理解できなかったようだ。

 なんだか自分で言ったギャグの解説を求められたような決まりの悪さを感じつつ、その発想の由来を答える。


「先ほどかかっていた楽曲は、女王の強烈な復讐の意志を歌っているものなんですよ。他にも、前の世界の遊戯用カードに『ハート』の女王というものがあるのと、あとは、チェンジリングの王にもかけています。『ハート』と言うのは、レオンさんの胸に空けられたマークの名称です。あんなに可愛くない『ハート』マークは初めて見ましたよ」

「え? コーキさんの世界では、あれ、可愛いマークなんですか? この国では処刑場の地図記号なんですけど」


 身も蓋もないツッコミが入る。

 アルフォンス君に引き気味に言われ、僕も初めて気が付いた。


「ああ、そういえば……前の世界では愛情や幸福の意味合いがあったのですが……なんだか正反対ですね」


 前に何かで見た気はするが、使わない情報なのですっかり忘れてしまっていた。

 同じ心臓モチーフでも、こちらでは確か「息の根を止める」的なブラックな意味だったか。


「では、ハートマークはあの状況で、これ以上なく相応しいものだったわけですね。両方の意味を知っていたはずのジェイソン氏は、確信犯と言うのか、愉快犯と言うのか……どちらにしろ悪趣味ですね」


 そして僕のアルグランジュでの人生の再スタート地点は、まさにハートマークだったわけだ。

 死ぬ場所で生を得た――実に皮肉な話だ。


「では、その案の両方から取って、「女王の亡霊」で」


 感慨にふける僕に対し、アルフォンス君はどうでもいいことのようにさらっと言い放った。


「――君は変なところで雑ですよね」

「こんなことで複雑に凝ってもしょうがないですし」

「――まあ、そうなんですけど……」


 特に考えもせず適当な例を出しただけだったのに、こんなにあっさり決まってしまうとは。

 凝ったかっこいい命名希望だったなどと今更言い出せない。


 考えてみれば、推理小説などでは何故か当たり前のように、いわば怪人名のようなものが初めから犯人に付けられていて、登場人物がみんな当たり前のようにそれで呼び始めてしまうというのも、何とも違和感のある情景だ。

 実際に、いざ命名の段取りを踏んでこれから実際にそう呼ぼうとなると、なんとなく妙な恥ずかしさが湧いてくるものなのだな。

 今までの人生で、犯人の呼び名を決めようなんて提案するシチュエーションに遭遇する機会などなかったから、新発見だ。こんな新発見はいらないのだが。


「女王の亡霊、ですか……」


 あんまり適当に決まったのでついケチをつけてしまったが、改めて反芻してみて、思わず目の覚める思いがした。

 実態を、実に的確に言い表しているではないかと気が付いて。

 一度認めてしまったら、もうそれ以外表現のしようがない。


 なのでからかうような調子で頷いて見せる。


「なるほど。よく味わってみたら、なかなかに含蓄に富んで暗示に満ちた良い呼び名のような気がしないこともないですね。君には名づけのセンスがあると思いますよ」


 大袈裟に感心して至って真面目に讃える僕に、アルフォンス君が渋い表情を浮かべる。


「嫌味ですか? 褒め殺さないでください」

「いえいえ、本心から褒めてます。ぜひ「女王の亡霊」でいきましょう。ゲームを選び、レオンさんを死に追いやった犯人は、これから「女王の亡霊」です。この犯人にぴったりですよ、多分。むしろこれしかないくらいの勢いですよ、きっと」

「適当なことばかり言わないでください」


 冗談に紛らわせたように褒めたが、僕は内心で本当に舌を巻いている。

 ()()だとしても、まさに言い得て妙な命名だと、僕だけが分かっている。

 

 この世界での軍曹は女性だから、この機動城で「女王の亡霊」と言ったら、誰もがジェイソン・ヒギンズ本人を連想するのかもしれない。すでに亡き女王の遺志に、今もなお支配されているかのような錯覚すら覚えるだろう。

 僕など、顔にペイントを施した戦闘服の鋼のような軍人のイメージで固まってしまっているというのに。


 きっとこの場で僕だけだ。

 別の意味で、この呼び名が、しっくりと来ているのは。ゲームマスターなどよりもはるかに相応しい。


 軍曹の復讐によって、更に生み出された復讐者。

 その存在はまごうことなき――亡霊だ。

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