命名
ゲームが続く以上、この先もゲームマスターの話題は、少なからず出るはずだ。
とりあえず「ゲームマスター」以外の呼び名をさっさと付けてしまおうと、提案してみる。
「確かにいろいろな犯人が入り乱れていてややこしいので、個別化したいところですね。ひとまず今中心になっている犯人と言うのは、ゲームを選んだという人物についてです。その人が、レオンさんの最期に直接手を下すような何かをしていたのかどうか、という話ですが、便宜的に何か仮名でも付けておきましょうか」
あとになってから、何かのタイミングでゲームマスターの名が発覚したりしたら、どうして知っていたのだと怪しまれかねない。いっそまったく別の名称にした方がよさそうだ。
しかしいざ呼び名を付けようとなっても、そうそうピンとくるものがぱっと思い浮かぶものでもないのが困りものだが。
ただ、「ゲームマスター」だと、非情な行いに対してなんだか軽すぎる気がしてはいたのだ。
どうせなら恐怖を煽るようなおどろおどろしくもかっこいい、推理小説のように厨二感満載のやつがいいのではないだろうか。
簡潔にして明快にするならば、頭に被害者の名前を付ければいいだけだが、いくら何でも遺族の前で「クロヴィス殺人犯」とか「レオン殺し」とか、なかなか言えるものではない。無神経にも程がある。そう考えると、「アクロイド殺し」なんて、すごいタイトルだな。
命名と言えば、初めて「シャドークイーン」の名を知った時の衝撃は今も忘れられない。
スーパーの青果コーナーにはあまりに不釣り合いなその文字を見付け、思わず二度見してしまった。名前だけではまったく見当のつかないその正体が、なんとジャガイモの品種だと知り二度驚いた。いったいどこの戦隊シリーズの悪の女幹部なんだと思っても仕方ないところだ。きっとその組織にはデストロイヤーも同僚として名を連ねていることだろう。ところが、つい失笑しかけながらも実際に目にしたシャドークイーンは、極彩色の毒々しくも高貴な紫で、まさに影の女王の貫録十分といった存在感を放っていて、その名付け親のセンスに脱帽したものだ。
よくよく考えてみれば男爵がいるのだからクイーンだっていてもいいのだろうか。むしろ真のチャレンジャーはたかだかジャガイモに男爵位を最初に与えた命名者と言うべきだ。一番下の位を与えた辺り、やはり日本人らしい謙虚さがうかがえる。そのうち大公とか辺境伯とかのジャガイモも出てきたりするのだろうか。
そういえば歴史上の人物でも、インパクト抜群の二つ名があったりするが、あれはいったい誰が付けているのだろう? 歴史上の人物であるだけに、後世まで残されるものだから、付けた人物のセンスが大きく問われるところだ。
その観点で言えば、特にこの遺産相続騒動も世界的有名事件だから、今後無事に外に出られた時、ここでの出来事はニュースになって広く拡散されることになる。うっかり珍妙な名付けなどしようものなら、あとで掘り起こされるたびに非常に恥ずかしい思いをするのは確実だ。出産でハイになったままどえらいキラキラネームを付けた結果、病院の待合室で呼ばれる我が子の名前に、周囲から視線の一斉掃射を浴びて明らかに気まずそうな様子の親御さんを何度目撃したことか。一番の被害者はお子さんだが。ともかく下手な名称は付けられない気がしてきた。
歴史上の人物などでたまに見られる、センスがきらりと光るような感じの呼び名をぜひ付けたいものだが。
たとえば「鉄血宰相ビスマルク!」
――何というかっこよさだ。難攻不落の要塞か戦艦か戦闘ロボの出るアニメのタイトルのごとく古き良き厨二心をくすぐる二つ名だ。まさに鉄と血のみであらゆる問題解決をはかる漢の中の漢。ファンタジー系のライトノベルに一人や二人いてもすぐさま馴染んでしまいそうだ。その場合、きっと自ら戦場に躍り出る宰相に違いない。それは果たして宰相の仕事なのかという疑問はさておいて。
対して「達磨宰相高橋是清!」
――名付けた人間の悪口になってしまいそうなので論評は差し控えよう。親しみやすさとセンスは、必ずしも並び立つものではないのだろう。それに昨今の学校などでは、外見や性質などから付けた仇名はいじめ扱いになってしまうのだ。今だったらチビちゃんやメガネ君なども完全にポリコレに引っかかるはずだし、ブタだのゴリラだのいう愛称などで友達を呼ぼうものなら、いくら言われる本人が大らかに受け入れていようが、確実に担任から保護者への電話案件となる時代だ。そういった観点から、コンプライアンス的にも触れないでおきたい。
ちなみに「目白の闇将軍田中角栄」は僕的には分類が微妙なところだ。「闇将軍」のパワーワードはインパクト絶大。「パリの闇将軍」「アルカトラズの闇将軍」「ウォール街の闇将軍」――何を当てはめても不気味なかっこよさが漂う。でありながら、なぜ日本の地名が入ると……いや、これ以上はやめておこう。
とにかく命名というものは、その場限りで終わればいいが、下手をすれば後の世まで続いてしまったりもするものだから、慎重を期したいところだ。
僕もあまり誇れるセンスなど持ってはいないのだが、ぜひ事件に(仇)花を添えるような悪趣味かつかっこいい名称でも付けてにぎやかしてやりたいところだ。青銅の魔人とか鉄塔の怪人とか、怪しい呼び名が付いてこそミステリーは盛り上がるというもの。
「コーキさんが世に送り出した推理小説みたいにですか?」
僕がうっかり思いを馳せていると、アルフォンス君が苦笑混じりに指摘する。
――なぜだ。僕の趣味嗜好が完全に読まれている。
僕の傾向と対策のマニュアル本でも持ってるんじゃないかと疑いたくなるなと思いながら、素直に頷く。
「そうですね。「ハートの女王」とか「機動城の亡霊」とか、何かそれっぽい名前はないものでしょうか」