犯人
五日間共に生活するメンバーの中に、人殺しが二人も紛れているという状況は、改めて考えてみればかなりの異常事態だ。
猜疑心が、蝕むように食堂内にジワリと広がっていくように感じる。
十五年前に子供だった顔ぶれを除けば、実は容疑者の数はかなり絞れるのだが、あえてはやらないでおくといった共通の心理が読み取れる。
特定する行為自体が怖い。
それに、真犯人をまったく知らないなら、子供だからというだけで完全に容疑者から外す判断もまた、恐ろしくてできないのだろう。
幼子が家で見つけた拳銃をいたずらして、家族を殺してしまったなんて事件も、幸喜時代には海外のニュースでたまに聞いた。その意味では、当時三才のジュリアンですら、やはり油断はできないと考えても無理はない。
ミステリーなら、実は子供のやらかしだった、なんて衝撃の結末も定番の一つというものだ。
ともかくお約束の「犯人はお前だ!」なんて展開は現実には、安全が確保できない状況下で、まして密室などでは到底できるものではない。
その上、どんな能力を隠し持っているのかすら分からないのだから。
凶器を手にしている犯人を刺激するなという話だ。普通に考えて、崖で謎解きなど以ての外だ。ドラマで、自殺と逆ギレをどれだけ見させられたことか。
アルフォンス君は次からのゲームで、最初にそれをするとの予告をしていたが、正直かなりの危険行為だ。正体がバレた真犯人が、開き直ってどんな凶行に走るか分かったものではない。
まあ、本人も承知の上で、そこが妥協できる最低ラインだったのだろうが。
僕が反対しなかったのは、あくまでも犯人が、ゲーム敗退する結果を見越してのことだ。
ひとたびハマった蟻地獄から、解放させなければいい。そのまま沈んで行ってくれれば、みんな平和というものだ。当人以外。
最低限でも、能力さえ明らかにさせてしまえば、危険度次第では穏便な対処ができる可能性もなくはないだろうか。攻撃に転用できない種類の魔法なら、そう大きな脅威はないはずだ。
その意味では、危険度の高い洗脳が真っ先に消えたのは幸いだった。
僕もひっかき回して真犯人を混乱させる意図で動いてはいても、決定的に追い込むまではしない。復讐の仕上げはゲームにお任せでいいのだ。
そして結末は、ゲームマスターの意向次第。どうなるかは、その時になってみなければ僕にも分からない。
「それより、僕はこのゲームを仕掛けた犯人が知りたいよ。誰が何の目的であんなことするの? わけが分かんないよ」
淀んだムードにまったく気付いていないのか、ジュリアンがふくれっ面で愚痴をこぼす。
彼はヘタレな反面、意外とマイペースでもあるようだ。
「コーキの言葉を借りれば、道具を使ったのは誰か、ってことだよな」
至極もっともな感想に、クロードが応える。殺人に使った道具――この場合は、ゲームという舞台装置一式と考えればいいだろう。
アルフォンス君も続けて見解を述べる。
「道具を用意したのは、十五年前も今回も、規模や周到さ、何より技術力から言って生前のジェイソン・ヒギンズだとしても、それを使った奴は別にいるって結論でいいだろうな」
その発言で、イネスも思い出したように声を上げる。
「ああ、確かにテディベアも、ゲームを選んだ人間が、自分達とは別にいるって言ってたわよね? まさか、本当にこの中にいるんじゃないでしょうね?」
イネスは自分の家族以外の八人を、疑わし気にぎろりと見回した。娘と孫達は、隣のソファーですっかり脱力したまま休息中だ。まだ、気力の復活には遠そうだ。
レオンの証言から、偽の証言者に選ばれたイネスは、当時からの大人の中で唯一、殺人の容疑者から外れていると断定できる。
彼女の疑いの目に、みんな否定を返すしかないが、この中に明らかな嘘つきがいる。
それを興味深く観察するだけの僕も、大概の嘘つきだが。
「そういや、気になってたんだけどさあ……」
そこでクロードが、新たな問題提起を投げかけた。
「レオン、最後の十何秒かくらいから、おかしかったよな。「なんでお前が」って……何もないとこ見て叫んで、慌てたりはしゃいだり。おかしなクスリでラリってんのかと思ったぜ」
「あ~、言ってた言ってた! 「お前」って誰って思ったもん。まだ何秒か残ってるうちから、やったぞ~なんて喜び出しちゃうし。完全に錯乱してたよね」
ジュリアンも「そうそう」と、興奮気味で話に乗っかる。ビビりな割に野次馬根性は旺盛なのだろうか。
「錯乱とは限らねえだろ?」
クロードの指摘に、数名が理解できずキョトンとする。
そうでなかった面子は、一様に表情が険しくなった。おそらく皆、薄々は共通の疑念を覚えていたのだろう。
その一人であるアルフォンス君が、代表するように問いに問い返す。
「ゲームを選んだというその何者かが、あの時何らかの介入をしていたんじゃないかと言いたいのか? でなければ、魔法を持っている他の二人の犯人が、その能力でちょっかいを出したか。あるいは二人のうちのどちらかが、ゲームを選んだのか」
「レオンはふてぶてしい奴だぜ。あともう少しってところでいきなり錯乱し出すよりは、そっちの方が納得できるだろ?」
クロードはすでに確信しているように肯定した。
おお、正解。僕は心の中で拍手をする。
他の二人の能力が何かは知らないが、あれはゲームマスターの介入だ。
「お前」と認識できるくらい、レオンの目にもその人物の顔ははっきりと見えていたようで、なかなか見ごたえある驚きっぷりだった。
「じゃあ、レオンの言ってた「お前」というのが、犯人なの?」
一応被害者の母親の立場となったばかりのベレニスが呟くが、そこでジュリアンが頭を抱える。
「え~、ちょっと待って。今、何の犯人の話になってるの? 事件が多すぎてどの犯人か分かんなくなってきた。結局犯人って何人いるの? 全部別なの?」
ピリピリと張り詰めていた空気が、そこでいったん失笑気味に緩む。
可愛い双子を差し置いて、ジュリアンがまさかの癒し系担当なのかと、ついどうでもいい感想を持ってしまった。
クロードなど噴き出している。「天然かよ、マリオンみてえ」などと言いながらこっちを見るのはやめてほしい。僕は違う。
それにしても、これは僕的にはナイスアシストだ。
実はあのゲーム内において、「ゲームマスター」の単語は一切出てきていなかったのだ。
僕の口からうっかり出してしまわないとも限らないし、不便なので何か呼び名が欲しいと思っていたところだった。
まさに渡りに船。ここで提案しておくとしよう。