警告
遺産は早い者勝ちだと、クマ君の誰かが言っていた。
ゲームの褒賞としての位置付けであることからも、各種異能は一つずつしか用意されていない前提で推測を進めよう。
レオンが十五年前にすでに受け取っていた『洗脳・魔法』は、ゲーム開始時の遺産選択の時点では、報酬リストから譲渡済みとして除外されていたはずだ。おそらくは残りの『洗脳・設計図』のみが残っていたのだろうと考えられる。
しかしレオンが敗退した以上、魔法は回収され、選択肢に追加されている可能性が低くない。いっそ保持者死亡に伴って消滅してくれているのが一番だが、楽観は禁物だ。
物や資産ならともかく、異能という形にならないものとして譲渡されていたのだから、さすがに息子のヴィクトールに相続されているなんてことはないだろう。もちろん注意だけはしておくが、この無法地帯で、そんなところだけ順法精神を発揮されても困るというものだ。
譲渡後の遺産は、相続者の死と同時に消え去るのか、それともきっちり運営側に回収され再度遺産リストに並ぶのか……それが分かるのは、僕の順番が来た時だろう。
ではもし、『魔法』と『設計図』の両方を持っていながら、機動城内で死亡した場合はどうなるだろう?
おそらくは『設計図』に関しても、『魔法』と同じく回収されるんじゃないだろうかと踏んでいる。まあ、回収されることが前提ならばだが。
相続方法が脳への直接の記憶の焼き付けである以上、データが外部記憶にコピーされるまでは、情報は当人だけのもの。死んだらそこで終わりだ。
この屋敷内では一切のデータ転送はできないのだから。
せめて遺体さえあれば、脳に残された記憶を読み込める可能性もあるが、外の世界に戻されない以上はそれもかなわない。
なので現時点での報酬リストには、『魔法』部分のない、『設計図』のみの遺産が三つあり、『洗脳』に関しては、レオン所持の『洗脳・魔法』が戻った結果、両方揃っているはずだと予想している。
つまり次回からのゲームで『洗脳』を得れば、レオンにはかなわなかった完全な形での相続となるはずだ。
それを阻止するため、僕は取り付く島もない態度で宣戦布告をした。
こいつなら本当にやりかねないとでも思ってもらえればしめたものだ。実際僕はやる人間だ。
敵を作るような態度を案じるアルフォンス君や、面白そうにニヤつくクロード以外、みんな少なからず僕の淡々とした警告に動揺している。
「僕も無闇に争いたいわけではないので、皆さんには賢明な判断を望みます」
ざわつく中、冷静な様子で真っ先に賛同を示したのは、意外にもアデライドだった。
「コーキさんの言い方は癇に障るけど、結局洗脳なんて選ばなければいいだけの話よね。それに関しては賛成だわ。もし選んだなら、あとはどうなろうと自己責任ってことでいいんじゃない?」
「確かに、選んだ時点で犯罪を宣言したも同然だものね。私だって、もう偽の証言をさせられるのはお断りよ」
イネスも姪に続いて同意した。
「私も、それで構わないわ。いえ、是非、そうしてちょうだい」
洗脳の一番の被害者である孫に寄り添いながら、ベレニスも強く言い切る。
一般人が持つと違法になる武器を、わざわざ入手するようなものだ。
最終的には反対する道理もないと、割とあっさり全員一致での賛成となった。
「っつーか、そもそも参加者の条件って何よ」
クロードがそこで、まず大前提の問題を問う。
「次のターゲットが誰になるかもまだ分かんねえだろ」
「現時点で分かっているのは、レオンさんは当てはまっていて、ヴィクトールさんはそうではないってことですね」
答えを知っていながら、僕はとぼけて当たり障りのない範囲で答える。
「レオンに当てはまるっていうなら、十五年前の事件の犯人ってことじゃね?」
「確かに一番インパクトのあった情報よね」
クロードのあてずっぽうに、イネスが軽く同意する。
「次のゲームでも、該当者が父さんかルシアンを殺した奴だったら、そう断定してもいいでしょうね」
アルフォンス君が、珍しく性急に決めつけた。
一瞬「おや?」と思うが、すぐに理由を察する。
おそらく意図的に、そちらに結論を誘導しようとしている。
もっと大きなくくりがあることに、彼も気付いたのだ。“十五年前の”が、頭に付くとは限らないと。
ここにいる何人が、その可能性に思い当たっているのだろう?
だからこそ、彼もあえてそこはぼかそうとしている。この閉鎖空間での保安を少しでも担保するために。
なにしろ、『十五年前の犯人』という条件なら、該当者がこれ以上増えることはない。犯人以外は、良くも悪くも遺産獲得ゲームの主役にはなり得ない。
しかし本当の参加資格である『人殺し』なら、これから新たに資格を得ることは可能なのだ。
十五年前と違って、今ここにいる全員が、この機動城内で殺人を犯しても証拠が残らないことを知ってしまった。
計画殺人をする上で、実行を躊躇わせる最大の障害は、遺体の処理問題だ。その心配をしなくていい時点で、殺人のハードルは著しく下がっている。
あのゲームに参加して、遺産を手に入れたいと考える頭のおかしな人間がいないとも限らない以上、そこから目を逸らしておきたいのは当然の判断だ。
ああ、また軍曹の思惑にはまっているなと、内心で舌打ちをする。
遺体とその痕跡の完全な隠匿というパフォーマンスは、今後殺人を誘発させる仕掛けとしても機能してくるわけだ。
この広い屋敷内のどこかでこっそりそれをやられたら、殺人の証明のしようがない。ただ、行方不明者が出た、となるだけだ。そして疑心暗鬼のスパイラルに引きずり込まれる。
罪のない者限定でなら、安全第一には僕も賛成なので、少しは協力してあげようと話に乗っかってみる。
「ところでレオンさんの話によれば、あと最低二人、謎の殺人犯がいるようですが、自己申告する方はいませんか?」
意地の悪い問いかけをしてみる。
皆戸惑ったように顔を見合わせるが、もちろん名乗りを上げる者はいない。ここで自首したからと、ゲームから逃れられるわけではないのだから。
なによりまだ、参加者資格が「それ」と決まってもいない。
ここで自供してしまってから、実は違ってました、なんてなったら取り返しがつかない。洗脳してくれる協力者は、真っ先に潰されてしまったのだ。
そして新たに自分が洗脳を得る道も、さっき僕に塞がれた。
別の保身の術を考えるのに、今はさぞ必死になっていることだろう。
もう取れる方法は、そう多くはないはずだが。