禁則事項
「恨みがないんだったら、ギャラリーは下手に口を出さないのが一番いいよね~」
基本のんき者でもあるのか、すでに恐怖がのど元を過ぎたらしく、ジュリアンが思ったままの感想と言った風情で意外と建設的な意見を出してきた。
「だって、ギャラリーが関わったら、失点は二倍だよ。無言が一番のアシストじゃない?」
「確かに、ゲームの減点の配分は、自分だけでのミスなら一点ですみますが、ギャラリーからの質問に対するミスは、必ず二点になりますからね」
基本的に僕も同意見なので賛同しておく。僕の順番が来た時に、不用意な質問をどんどん出されてはかなわない。
アルフォンス君も納得したように頷く。
「よほど恨みがない限りは、外野は口出ししないで見守っている方が、減点のリスクは減らせるということですね」
「まあ、十分間休みなく一人でしゃべり続けられる自信があるなら、ですが」
「ああ、そんなの、僕、無理だ~」
言い出しっぺのジュリアンが顔を青くして頭を抱える。見れば、他にも数人は同様の表情をしている。
確かにあの状況に立たされた時、言葉に詰まりもせず一人で語り続けるには、相当なメンタルはもちろんだが、それ以上に経験や技術が要求される。たかがおしゃべりといえど、これがなかなか素人には至難の業なのだ。
僕なら職業柄、プレゼンや学生の指導、後進の育成、患者さんや関係者への説明など、人前で理路整然としゃべるのには慣れているが、それでも「厳密に事実のみ」と条件を付けられたら、やはりやり切る自信は格段に落ちる。
まして僕の場合、『自分の一番の秘密』というテーマにおいてすら、それを明らかにさせるつもりはない。ルール上暴露せざるを得なくとも、それでもなお必ず秘密は守り通す。
その矛盾をどう成立させるか。
ルールを知り、参加者リストで自分の参加が決定づけられてからは、常に頭のどこかでは、話の組み立てをどうしようかと試行錯誤している。
そして先程実際のゲームを見たおかげで、プランの方針が大体固まった。事実だけを語るのは大前提だが、数回ほど与えられる“虚偽”の猶予を、不注意で浪費することなく計算の下でいかに効果的に使うかも、非常に重要な鍵になるだろう。
「まあ後ろ暗いところのない人だったら、ゲームの標的にされても、基本的にノータッチでいいんでしょうが……犯罪者だと判明した場合の、真相追究との兼ね合いは難しいところです」
僕が考え込んでいる間に、アルフォンス君が問題点を指摘する。
「少なくとも次があった場合、俺は真っ先に十五年前の犯人かどうかは確認しますよ」
多分に私情が入ってはいるが、公務も担っているだけに堂々と宣言する。
「レオンの洗脳が解けた以上、外で調べ直せば今度は正しい結果が出せるかもしれませんが、それまで誰が犯人か分からない状態で一緒にいたくはないですからね」
それに対しての一同の反応は、おおむね同意するといった感じだった。しかし物言いがつかないわけではない。
「そもそも、今この場で犯人に一番恨みがあるのはアルでしょ。はっきり言って、みんなあんたを警戒してるんじゃないの?」
洗脳から解けたショックから復活したイネスが、きっぱりと名指しする。
まだ加害者が判明していないのは、セヴランとルシアンの事件。どちらもアルフォンス君の家族だ。
「結局ラウルを殺したのがマリオンだったってのは確定したようだけど、ベルトランとアデライドだって、まさかコーキさんに復讐する気はないでしょ? それはさすがに筋違いの逆恨みってものよ。正当防衛がどうのという以前に、別人だもの」
良くも悪くも率直なイネスは、兄と姪にも言葉を濁さず指摘する。
「――そうね。本当に、マリオンでないなら……」
アデライドも苦い表情でそれは認め、しかしこれは譲れないとばかりに、僕に向き直って続ける。
「コーキさん。今のうちに言っておくわ。もしあなたがあのゲームに挑むことがあったら、私はあなたが本当にマリオンじゃないのか最初に訊くから。それがはっきりしたら、もう八つ当たりと認めて、突っかかるのはやめるわ」
「どうぞ、ご自由に。僕はクルス・コーキであり、マリオンさんではないと答えます。落ち着いて答えるためにも、質問があるならそうやって事前に申告してもらえる方がありがたいくらいです」
イネスも言ってくれた通り、僕は一応この手で人を殺したことにはなっているが、中身は別人であるとして、責められる立場にはない。受けて立つとばかりに悠々と応じる。
しかし、本物の犯人達は今どんな心境なんだろう?
僕はこの話し合いが始まってからずっと、ちょっと意地悪な気持ちで様子をうかがっている。
きっと本音では「質問権の行使など全面的にやめるべきだ」と強弁したいところだろうが、怪しまれる懸念からか、不自然に強硬な主張は今のところ見られない。
むしろ他人のはずの僕が一番主張しているなと内心で苦笑しているくらいだ。
「となったら、やっぱり一番危険なのは、アルってことよね」
イネスが結論付ける。
「もし相手が犯人だって分かった時、あんた、クロードみたいに暴走しないと言い切れるの?」
「――それは……」
アルフォンス君は、答えに詰まった。
この十五年、マリオンが犯人だと証言してきたイネスとの関係性は、正直複雑だ。
誤解が解けたとはいえ、これまで築き上げられた良好とは言えないお互いの感情が、いきなり改善されるわけではない。
ここで無難な答えを返しても、それは口先だけのものにしかならないだろう。
「では、絶対に守るべき禁則事項を全員に課しておいてはどうです?」
僕は二人の間に割って入って、新たな提案をする。
「この先誰がゲームの参加者に選ばれても、絶対に『洗脳』だけは、報酬に選ばないと。事実が捻じ曲げられる心配がないなら、後日の再調査はここから出た後、警察に任せられるでしょう」
なるほどと、数人が頷く。
犯人と特定できさえすれば、重要参考人として記憶走査の装置での強制捜査が可能になる。無理にここで詳細まで暴き立てる必要はないのだ。
アルフォンス君だけは、何とも言い難い苦い表情を見せた。
この提案は実質、復讐など考えず司法に委ねろというものだ。真犯人を恨み続けてきた彼にとっては、複雑な心境になるのも仕方ない。できれば僕だって、自分の手で恨みを晴らさせてやりたいところだ。
しかし彼は法の番人でもある。苦渋の決断を滲ませながらも承諾した。
「分かりました。初めに犯人かどうかだけを確認したら、結果がどうであれ俺は口を噤みます」
いい子だ、と口に出したりはしないが、内心で褒めながら頷き、僕は更に続ける。
「はっきり言っておきますが、もし洗脳を選んだ場合、僕は確実に追い落としにかかるつもりです。それほど厄介な能力であることは、皆さんレオンさんの件でよく理解されたでしょうし。それを選ぶこと自体、信用を自ら投げ捨てる行為です。どうしても洗脳が欲しい人は、僕に殺される覚悟で挑戦してください。僕はあなた方の身内ではないので、自分の安全を第一に考えて行動します」
今後の面倒を減らすために、はっきりと脅しをかけておく。アルフォンス君の心配そうな顔は無視だ。
悪役を買って出てでも、釘を刺しておく必要がある。この能力だけは、必ず排除しておきたい。
二人の犯人は当然として、それ以外の誰かであっても同様だ。
二度と、事実を歪めさせたりはしない。
もう絶対に、冤罪など作り出させない。