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食堂 2

「ところでちょっと気になっていたんですが……」


 食堂に移動中、少し遅れた最後尾で、アルフォンス君に何気なく問いかけてきた。


「さっき動けなかった時、コーキさん体が微妙に前に傾いてたんですけど、あれ、何だったんですか?」

「――気のせいです」


 僕は無になって答える。気のせいだ。僕はうっかりゼロ・グラヴィティに挑戦しかけてなどいないのだ。


「――しょうもないことみたいですね」


 アルフォンス君は勝手に納得し、それ以上の追及をするのはやめてくれた。そんなに僕の扱い方を身に付けてきているのなら、そもそも微妙な質問などしないでほしいものだ。


 全体的に重苦しい空気ながらも、サロンに強制転移させられる前の場所に戻ってきた。ほんの数十分前ここにいた時の気楽さとは、天と地の差だ。


 本当なら今すぐにでも寝込みたいところだろうが、十二人になってしまった父(祖父)方親族で、今後についての相談をしておく必要がある。


 幸い、夕飯のオーダーはギリギリで間に合った。

 ちらっと目を通したメニュー表で“Tempura”や“Udon”などの文字を見付け、思わず二度見する。まさかここで日本食に遭遇するとは。軍曹は日本に駐留経験でもあったのだろうか。

 基本的にアルグランジュ食は僕の口に合うので、今まで日本食作りに挑戦する機会はなかったが、今すぐ出してもらえるとなると非常に気になる。


 いやいや、さすがに真面目な話し合いメインの席で、てんぷらを堪能しうどんをすすっている場合ではない。僕にだって六十五歳まで社会人をやってきたなりの分別はあるのだ。

 激しく後ろ髪をひかれつつも、断腸の思いで明日のお楽しみにと諦めた。


「コーキさん、ここにあるメニュー、全部分かるんですか?」

「ええ、大体は。少しですがニホン食もありますし」


 アルフォンス君の問いに頷く。

 食事をする気力のある者は、自分のブレスレットを操作し、モニターを通して英語のメニュー表を読んでいるが、その反応は芳しくない。


「翻訳でメニューの読み方だけ分かっても、結局料理の内容がよく分からねえよな」


 クロードがお手上げとばかりに笑う。

 辞書で「【ビーフステーキ】厚切りの牛の肉を焼いたもの」などとあっても、そもそも“牛”が分からない。辞書で“牛”を調べ、また更にその味や食感について調べて……なんてことを、メニューごとにいちいちやっていてはきりがない。

 こちらの世界に牛はいないから、大豆ミートのように、何かを合成・加工して、本物そっくりに再現したものなのかもしれない。


「十五年前は、とりあえずメニューの上から試していったんだったな」

「たまにとんでもないのが出てきたわよね」

「結局、上から五番目のばかり頼んでいたんだっけ?」

「ジュリアンが、他のは全然食べてくれなかったから」

「三歳の頃なんて、僕、全然覚えてないよ」


 ベルトラン一家が、当時の思い出話をしていた。


「では時間もありませんし、アルグランジュ食と似たものを、僕が適当に選んでおきましょう」


 とりあえず今回は、話し合いの途中で誰でも手軽に手を出せるよう、サンドイッチ系や軽く摘まめるようなものなどを、一応人数分クマ君にオーダーして、席へと移動した。

 かなり余りそうな気はするが、足りなくなるよりはいいだろう。

 ちなみに提供後一時間経つと、勝手に皿ごと消えてしまうシステムになっているので、テイクアウトは不可だ。というか、食堂から持ち出すとその瞬間消える。


 今回は話し合いということもあって、長いダイニングテーブルではなく、歓談用スペースの方に陣取った。


 クマ君達の給仕は断って、大人達でローテーブルに料理を並べ終えてから、キトリーと双子以外のメンバーで向かい合った。

 まだ動揺が収まらない彼女達三人は、隣の応接セットのソファーで休んでもらっている。

 参加する気力がなくとも、会話だけでも聞いていてもらうようにして、九人で話し合いを始める。


「まず最初の課題なのですが……」


 僕は真っ先に解消しておきたい懸念事項について、早速切り出す。


「親族間の不調和について、明確にしておくべきだと思います。通常ならそこはうやむやにしておくのが一番当たり障りない大人のやり方なのでしょうが、今は曖昧なままでは、先程の再現が起こりかねません」


 本当にここはきっちりさせておきたい。やったやられたで、ゲーム外のところでまで復讐の拡大再生産は御免被りたいところだ。


 最年長のベルトランも大きく頷いた。


「そうだな。ゲームがない日常に限ったことじゃない。無闇な衝突を避けるのはもちろんだが、次に誰かがゲームの標的にされた時、個人的な恨みつらみで追い詰めたりしないように団結するべきだ」


 全員に言い含めるように提案する。

 

「俺の仇はレオンだけだぜ。もうこれ以上はねえよ」


 ある意味やらかした側であるクロードが、いつもの適当な感じでそれに答えた。


「あなたの場合、むしろ恨みを買ったことを心配してるんですよ」


 僕の言葉で、その場の視線がベレニスとヴィクトールに集中した。


 ベレニスは、顔色はいまだ悪いものの、案外落ち着いた様子でその視線を受け止めた。


「思うところがないわけではないけれど、私はあんなゲームには関わりたくないわ。少なくとも、私刑みたいなことに手を出したりはしない。あんな光景はもうたくさんよ」

「――俺は、むしろクロードに感謝してる。あのクズの奴隷からやっと解放されたんだ」


 ヴィクトールはすっかり憑き物が落ちた顔つきで、きっぱりと言い切った。その眼にはいまだ消し難い怒りが燻っているようだ。

 僕に絡んできた男と同じ人物には、もう見えなかった。


「今までの十何年か――思い返すだけで、腸が煮えくり返るし、情けなくなる。俺の手で殺してやりたかった」

「――ヴィクトール……」

 

 ベレニスは慰める言葉も見付けられず、ただその背中に腕を回した。今は、死んだクズの息子より、未来のある孫のケアだ。確かにクロードに恨み言をぶつけている場合ではない。


 彼はようやくレオンの洗脳から解放されたが、呪縛から逃れられたわけではない。大変なのはこれからだ。

 子供の頃から長期間歪められてきた分、本来の自分を取り戻すための作業は容易ではないだろう。

 これまでの人生の記憶が、正確に残っているというのは、なかなかに精神的にきついのではないだろうか。僕に手を出そうとした時のように、レオンの言いなりのままに手を染めてきた犯罪まがいの行為が、一体どれだけ積み重なっていることか。元々の性格がまともであるほど、受け入れ難い。

 いっそのこと、洗脳前の子供時代に戻って、ゼロからやり直せる方がまだましだったかもしれない。


 どこまでが本来の自分の意思で、どこからが洗脳された結果の思考なのか、そんな線引きは多分アルグランジュの科学力でも不可能だ。

 歪められた人格のまま、成長過程で得てしまったものすらも、今や不可分な、彼自身を構成する重要な土台。不本意でも、折り合いをつけていくしかない。


 子供達もだが、外に無事出られたら、ヴィクトールにもカウンセリングが必要だろう。

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