第7話 義姉の嫌がらせ
サティ・フォン・クワールツと妖精貴族ミデル公爵との婚約成立。その事実に目の前が真っ暗になった。
(はいいいいいいい!? どうしてそうなったの!?)
最適解だと思っていたが甘かった。
目が覚めたら『ミデル王の婚約者』として成立していたのだから、気を失う行為は悪手だったようだ。
「旦那様と奥様が、すごかったのですよ!」
「そ、そう……」
「トリア様は悔しそうでしたけど、お二人に意見できるような成果は上げられなかったようですわ。お嬢様にもお見せしたかったです」
(そんな機会なんていらない)
日頃から無理難題で傲慢不遜な態度で当たり散らしているからだろう、一部の使用人以外からは嫌われていた。
だからこそ今回に失態(と言うか勝手に自爆して失恋)したことで、気が立っているのだろう。私の部屋の外には見張の護衛者まで雇ったと、使用人たちは教えてくれた。
(んー、私としては、あの少年からの紹介が良かったのだけれど……とりあえず公爵と一度会って話をしてみないと……)
婚約を勝手に強固されたのは腹立たしいが、それは気絶したことにして丸投げした私の責任でもある。その点は十分反省をして、話し合いに挑もうと決意した。
***
社交界デビューを境にトリア姉さんの嫌がらせは苛烈を極める。
一部の使用人を買収して顔を洗う水に泥が入っていることや、ドレスも殆ど売り払われてしまった。お風呂なども水になっているなど、あからさまな嫌がらせが続いた。
泣き寝入りするのも癪なので、逐一使用人を呼んで対応をしてもらっていたら、今度は使用人の数が減った。
(息を吸うように嫌がらせをしてくる。……モフモフを探すことも、ジャガイモやサツマイモの調べ物もぜ・ん・ぜ・ん、はかどらない!)
もうこの際、屋敷から逃げ出してしまおうかと本気で考えてしまった。市井でも錬金術の知識や文字の読み書きができれば職に就けることも調べてある。
そのぐらい私は追い詰められていた。
ここは家なのに、心が全く落ち着かないし自分のやりたいことがいっさいできない。ストレスを抱えないほうが難しいというものだ。
(次に行われるミデル公爵との話し合いがまとまらなければ、家を出る準備も考えないと!)
それから一週間が過ぎ、ミデル公爵とのお茶会──だったはずなのだが、その隣にはトリア姉様がいたのだ。
寄り添う二人はお似合いのカップルに見え、「何があった!」と思わず心の中で思ってしまった。
「ふふっ、サティに早く知らせたかったのだけれど、信じてくれないと思って黙っていたの」
「……言いますと?」
トリア姉様は勝ち誇った顔で私を見返す。嫌な予感しかしない。
「私は、ミデル公爵の側室として迎えてくれることを約束してくださったの」
「……はい?」
「本来は私が正妻出るべきなのだけれど、ミデル公爵は貴女の似姿を気に入ったそうよ。二人揃って嫁ぐなんて伯爵家としても名誉なことだって、国はすぐに受理してくれたわ」
なんとこの姉、ミデル公爵に泣き落としやら追い縋って側室にしてもらったと言う。そこまでして傍にいたいのか。それなら私が正妻でいる必要もないのでは?
ここは盛大にマヤって、顔をうつむけて肩を揺らす。
「……そんな。私は一夫一婦制を望みますので側室を持つなんて耐えられません。それに姉様は三年物間、ミデル公爵を慕っているのです。そのことを思うと……。ここはお二人が婚約することで、私との縁談は無かったことに――」
「そうよ! それがいいわ!」
「そんなのは絶対に許さない!」
相反する言葉が同時に返ってくる。ミデル公爵はトリア姉様を鋭く睨んだ。
「クワールツ嬢、エーティンが一夫一婦制を望むのならお前との婚約は破棄だな」
(ん? エーティン?)
「なっ!? ――っ、サティ!」
トリア姉様は、わなわなと震える声で私を睨んだ。その目は「お前が婚約を承諾しないからだ」と責める。私としては穏便に済ませたかったが、すでにその段階は通り過ぎていた。
(だぁああああ! なんなの! 話にならないのだけれど!)
両親は私の婚約破棄に猛反対。「駄目よ、駄目!」「そうだぞ、すでに公爵家の恩恵を受けているというのに、なんと不遜な態度を!」という感じで話にならない。別の妖精貴族の紹介の当てがあると言っても、頑として受け入れなかった。すでに公爵からの加護を貰っている以上、それを手放したくないようだ。
つまり逃げ場無し。味方ゼロ。
(せめて一人だけでも味方がいれば……)
ふと思い出すのは、私にいつも寄り添ってくれた黒い獣だ。あの温もりをギュッとしたい。そうすれば一人ではないのだと実感出来るから。
(モフモフ……。どこにいるの?)