第6話 妖精貴族、ミデル公爵の視点1
エーティン。
第二王妃であり、私が生涯愛したただ一人の女性の名だ。
彼女は第一王妃の策略により、人間界に追放されてしまった。気付いた時には彼女の行方は分からないまま。
胸が苦しくて、片翼を失い、世界が仄暗い色で染まっていく。
彼女を失った──その事実に耐えられず、私は第一王妃を殺して、彼女を探すために人間界に赴いた。
探して、探して、探して──。
ようやく見つけ出した彼女は人間に転生をしていた。人でありながらも、春を司っていた彼女の権能は所持していたようだ。
彼女の足下から若葉が芽吹き、花を咲かせる。
エーティンに傅き、謝罪した上で「もう一度妃として迎えたい」と懇願した。
「ミデルがそう言ってくれるのなら」
「ああ」
再び彼女を妃として迎え、側室を廃し。
胸に空いた穴が埋まり、幸福で、もう二度と離れない。そうエーティンと誓った。
愛を語らい、永遠に近い時間を共に歩めると──そう思っていた。人間であっても妖精界に居続ければ、その姿は妖精族へと進化を遂げる。彼女の美しい翡翠色の髪、艶のある肌、私と同じ羽根を得ると思っていた。
しかし彼女は妖精に進化できず、人間として亡くなった。
「なぜ、なぜだ……。エーティン」
原因は不明。
いなくなったこと以上に、胸が軋み、耐えられなかった。
それこそ私の心が砕けて壊れてしまいそうだ。いっそ心を壊して一緒に眠ってしまったほうが良いだろうか。
妖精は自ら死ぬことはできない。なら彼女が愛した丘ごと粉々にして──。
「恐らく第一王妃が死ぬ最後にかけた呪縛のせいでしょう。今後、エーティン様の魂は転生を繰り返します。時が来れば再び会うことも可能かと」
「なに……」
黒の外套にフードを深々と被った隠者は囁いた。あまりにも胡散臭かったが、男の発言は興味深い。
人間の姿をしているが──人外の者は甘言を続ける。
「ある国で複製体製造が盛んでして、労働や他種族との婚姻によって加護を得て、繁栄を築いていると聞きます。そこで──エーティン様が蘇るよう箱庭を作ることも可能でしょう」
「……お前の目的はなんだ? その国の回し者か」
ケラケラと笑い声は不快だったが、男の言葉を待ったのはエーティンとの再会という魅力に抗えなかったからだ。彼女が再度転生するのが数十年、数百──千の月日を費やすかもしれない。それならば可能性の高い方に一縷の望みをかけたい。
「いえいえ。単に見てみたいのです。想い人との再会がどのぐらいの確率で起こりうるのか。奇跡に立ち会いたいのです──」
「で、本心は?」
そんなロマンチストではないだろう。男を睨むとすぐさま両手を上げて口を開く。
「くくっ、実はですねサフィール王国は国の繁栄のため複製体製造に積極的に取り組んでいるのですが、複製体の寿命が三、四年程度なのですよ」
「……それでは生まれて間もなくして死ぬではないか」
「その通りです。魔力量が多く器が耐えきれない、つまり奴隷としては役に立たないし、魔力暴走も怖い。そこで他種族──妖精族と婚姻を結べば、彼女らは延命できるのではないかと考えましてね。これはビジネスです。妖精族は番を得ることで、領土の繁栄が望める。彼らの国は妖精族から加護が得られる。利害関係の一致と思いませんか?」
(番……か)
先ほどの下卑た笑みから一変、流暢な口調で語る男の言葉は魅力的なものだった。
妖精族はつねに番を求めている。それは妖精界の均衡を保つためにも必要なことだが、マナ量の少ない他種族だと番となることは難しく、婚姻後に花嫁が妖精族に進化できずに死んでしまう。
エーティンの死もマナ量の少なさによるものだと思っていたが、呪縛ならなおのこと通常の方法では再会するのは難しいかもしれない。
もう一度エーティンに会えるのなら──。
だからエーティンの遺体を男に差し出したことも。
妖精王オベロンに、サフィール王国との交渉を持ち掛けたことも。
全てはエーティンと再会するため。
そして──今日、私の悲願は成就する。エーティンの生まれ変わりとなる彼女を見つけたのだから。
愛らしい顔立ちに、翡翠色の長い髪、甘く春を彷彿とさせる花の香り。彼女だと直感でわかった。
今度は絶対に間違えない。記憶が完全に戻っていなくても──これからゆっくり思い出させればいい。ダンスを踊っている中で、彼女の魂に呼びかける。
(私を思い出してほしい。またその可愛らしい唇で私の名前を呼んでくれ)
全ては順調だった。彼女が気絶をするまでは。
告白を喜んでもらえると思ったのに、彼女は気絶という形で私を拒んだ。
エーティンが私を拒むなどありえない。
(何を間違えた? どうして? 告白は突然過ぎただろうか──)
気絶した彼女を休ませるため屋敷の個室へと運ぶ。
トリアと名乗った彼女の姉は「妹を心配している」と口にしながら、その実、私に取り入ろうと必死な姿に吐き気がした。この女は第一王妃に似ている。そんなに妖精貴族と結婚をしたいのなら、別の男を紹介してやろうか。
(死の妖精王など都合がいいのではないだろうか。それとも面倒だから殺して──)
そう思いつつもグッと堪えて、部屋から追い出した。彼女の姉である以上、あまり不遜な態度を取るのは良くないと思ったからだ。それをあの女は、自分の都合の良いように解釈していた。そう言う態度にウンザリして溜息を吐いた。
(やはり殺してしまおうか)
「ミデル様」
「……お前か」
「ご希望でしたら、ご令嬢にエーティン様の記憶をさらに上書きしましょうか?」
突如、ローブを羽織った男が現れた。音も気配もない。相変わらず不気味で、得体の知れない男だ。
「それは最終手段だ。……彼女自身で思い出してほしい」
「では、このご令嬢が貴方様に縋り、助けを求めるようにご計画をたてましょうか?」
(エーティンが私を頼る? 傍に居たいと願うようになる?)
想像しただけで胸が弾んだ。愛しい人からの願いならいくらでも叶えてあげたい。
ここまできたのだから、絶対に逃すものか。
腕の中にいる彼女を得られるのなら、全ては些末なことだ。
「いいだろう。そこまでいうのなら、見せてもらうとしよう」
「承知しました」