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第4話 契約結婚でも政略結婚でもドンとこい

 (トリア)・フォン・クワールツ。

 《白の創妖塔》のころ名付けられた名は数字にちなんでいるらしい。トリア姉様曰く、同世代の中でランク上位であればより一に近い数字の名が与えられるとか。本人が言っているだけなので、本当かどうかはわからない。ただ私が十三番目ということで、かなり格下扱いをしてくる。


 小馬鹿にするのはいつものことだし、何かと嫌味ばかり。いくら外見が美しくても中身は最悪だ。そんな彼女は今年で結婚適齢期を迎えており、今夜のパーティーで妖精貴族から求婚を受けたら婚約する予定らしい。


「サティと一緒なら私の美しさが映えるわね」

(この人は嫌味しか口にできないのかな……)


 この国では貴族令嬢の社交界デビューの際、妖精貴族は必ず参加する決まりなのだとか。トリア姉様は妖精貴族の中でも、王の称号を持つ妖精貴族の妻の座を狙っているらしい。王の称号――というか妖精の国では王様なのだとか。けれどサフィール王国では高位妖精はみな妖精貴族という扱いを取っている。


(まあ、その辺の事情はいろいろあるんだろうけれど……妖精王って一人じゃ無いんだ)

「ああ、早くミデル様にお会いしたいわ」


 このミデル公爵という方がトリア姉様の思い人らしい。だから三年も他の妖精貴族たちの求愛を拒んでいたとか。

 今日はその王の称号を持つ妖精貴族――ミデル公爵も参加する。


「サティ、社交界デビューはこの服を着て行きなさいよ。きっと貴女らしくて似合うと思うわ」

「トリア姉様、これは」


 受け取ったのは新手な嫌がらせとしてサイズの合わない、しかも三年前の流行から大きく外れたパッとしないドレスだ。

 オーダーメイドで作ったドレスの存在を忘れているのだろうか。そのオーダーメイドのドレスも採寸を取るときから邪魔をしてくれたのだが。


 見窄らしい格好をさせたいのだろうが、それは無理なのだ。なぜなら、このことは使用人たちに筒抜けなのだ。つまり老婦人――お母様の耳に入らないはずもなく、私の予想通り飛んできた。


「何をやっているの! トリアは先に行って妖精貴族との婚約関係を成立させてきなさい! さあ、サティはお着替えよ!」

「お母様……私はただサティのために――」

「いいこと、今日こそは婚約を結んで来なさいな。この際、公爵じゃなくてもいいのよ。私たちのことを考えてくれるなら、わかるでしょう?」


 猫撫で声だが、そこにあるのは失敗を許さないと言う脅迫でもあった。それに対してトリア姉様は、ムッとしたがすぐに踵を返した。


「先に行って、全ての妖精貴族を虜にしてしまっても文句を言わないでちょうだいね!」


 そう意気込んでパーティー会場に向かったトリアだったが、その天下は一瞬で崩れることになった。



 ***



 私は白と桃色の春を連想させるドレス姿で、パーティー会場に足を踏み入れた。本来であればパートナーや同伴者を伴うのだが、この国の社交界デビューに限り、婚約者がいない場合は一人で入場するのが決まりだった。


 これは妖精貴族たちにも分かり易くアピールするために、始まったものらしい。

 私以外にも今日が社交界デビューの令嬢が何人かおり、緊張していた。不思議なもので自分以上に緊張している姿を見ると落ち着く。


(せめて一人ぐらいにはダンスに持ち込まないと――)


 そう思っていたのだが、杞憂だった。


「君、名前は?」

「え、あ。サティです」

「可愛らしい名前だ」

「花の香りがするけれど、好きなのかい?」

「おや、良い土の香りだ。もしかして園芸がすきなのかな?」

「フフッ、春みたいな朗らかな笑顔が可愛らしいね」

「貴女からは特別な魔力が感じられるのだが、どんな魔法を使うんだい?」

「どうだろう、一緒にダンスでも」

(土いじりの成果が、こんなところで発揮されている!? そして答えるまもなく質問してくる!)


 まさか生前の土いじりや元花屋の店員だったが幸いしたのか、妖精貴族の美男子や偉丈夫に囲まれてしまった。近くで見ると本当に顔面偏差値が高い。

 しかもみな紳士的だ。多少強引に会話に割り込んでくるが、私に対しては無理強いすることはないのでとても有難い。


(確かに格好いいし、夢見ちゃうのも分かる!)


 しかし私の目的はあくまでサツマイモとジャガイモ畑を作って、スローライフを満喫することだ。「園芸が趣味」と言いながら周囲の反応伺う。話を聞くに、私に声をかけてくれてきた妖精貴族たちは土や植物に関わる系譜らしい。

 私をダンスに誘ってくれたのは、同じ年くらいの少年だった。


「僕たちは羽の色で属性が変わるから、キミに興味を持つ属性もハッキリと分かれているだろう」

「あ。確かに緑やオレンジ色の方が多いですね」

「そうなんだ。僕ってこれでも、オーサマだからね。結構妖精に詳しいんだよ」


 少年は気軽に答えた。

 金髪のふわりとした癖っ毛の長い髪、紅玉のような瞳の溌剌とした少年は私と同じ十五、六歳に見える。貴族服姿で、オレンジと桃色の蝶々の羽根はとても可愛らしい。


 軽やかにステップを踏んでダンスを楽しむ。

 この少年とは妙に馬が合い、会話が弾んだ。


「王様? じゃあ、すごく物知りってことですか?」

「そうそう!」

「じゃあ、サツマイモとジャガイモという野菜をご存じですか?」

「思った以上にガチっぽい質問が来た!」

「その通りガチです!」

「そ、そっか。……予想外の質問に聞いた僕もビックリ。聞いていた通りとは思わなかったな……」

「それで、どうなのです?」


 茶化す少年に私はジッと見つめた。


「あー、んー、ごめん。わからないかも」

「そう……ですか」


 少年は申し訳なさそうに答えたので、私も同じくしょんぼりしてしまう。しかし少年はすぐさま気持ちを切り替えたのか、口元に笑みを浮かべている。


「名前は違うかもしれないから、どんな野菜か詳しく教えて」

「ジャガイモは茎が肥大したもので、こう丸めの蜜柑のような形が近いです。サツマイモはナスのような色と形状が似ていて……蓮根、大根……とは違って……根が肥大した野菜です」

「どっちも土の中からとれるのか。……話を聞く限り、ジャガァイーモはパタィタが近いかな。サツマァイモゥはイポメアル。どっちも毒性が強くて食べ物ではなく、毒の一種として知られているかな」

「(毒性があるだけなら、品種改良したらなんとかなるんじゃ?)……ちなみにその野菜ってどこで生えています?」

「んー、そうだね。妖精国のノックマの丘ならその両方の野菜があるかも? 一年中冬に近い地域だけど、どう気になる?」

「気になります。ジャガイモを作るならいい環境ですし、サツマイモは最悪、温室かビニールハウスとかで作れれば……」


 真剣に計画を立てていると、少年の笑顔が少し引き攣っていた。


「本気で野菜育成のことしか考えてないなんて……想定外だよ。でもこのぐらい前向きで、パワフルなほうが彼にはちょうどいいかな」

「……もしかして、その冬の領土を収める方を紹介して頂けるのですか?」


 少年は鷹揚に、王のような貫禄を見せて頷いた。

 外見は私と同じだが妖精貴族で王と名乗る以上、私よりも悠久の時を生きているのだろう。そんな老獪さが少しだけ感じ取れた。


「うんうん! 政略結婚になるかもだけど……こっちも早めに花嫁が欲しくてね!」

「早めに? ……生贄とかじゃないですよね?」

「え、何その怖い発想!」


 先程とは比べ物にならないほど、顔を真っ青にして首を横に振る。どうやら違ったようなので、少し安心した。


(異種族との婚姻は割と悲哀が多い印象だったから聞いてみたけど、それは私の世界だけなのかも?)

「君の物騒な思考回路は置いておくとして、生贄じゃないから安心して! ちょっと人見知りで、朴念仁で、ツンデレだけど! いいやつさ!」

「(不安要素しか感じられなかったのだけれど!)その方なら私が畑仕事をして、土いじりしても良いと言ってくれますかね?」

「うん! むしろ畑とか花畑をじゃんじゃん作って欲しがっているよ! なんでも春が来ない……花がうまく咲かないって嘆いていたもん」

「え」


 ドクン、と心臓の鼓動が高鳴る。

 前世の自分が死ぬ時に、聞こえた声がふと蘇った。


(そういえば……花が咲かないって、その人も言っていたような?)


 どうして今まで忘れていたのだろう。そう思ったが、基本的にサツマイモとジャガイモのことしか考えていなかったと、ちょっぴり反省する。


「会ってみたい……かも」

「え、ほんと!? 好感触みたいで嬉しいよ。それならちゃっちゃと婚約を成立させちゃうね!」

「ええ!? まだお会いもしてないのに、勝手に決めてしまっていいのですか?」


 あまりにもサラッと爆弾発言をするので、止めてみたら「え?ダメ?」と無邪気に聞き返してくる。


「それは相手に承諾を得ないと!」

「うんうん。いいね、実に裏表のない答えだ! ……まあ、たぶん大丈夫だと思うけれど。とりあえず約束を取り付けてくるから、楽しみにしていてね!」

「え、あ。その方の名――」


 そう言った途端、ダンスが終わった。一礼をしている間に少年は音もなく消えてしまう。まるで魔法のようだ。


(……って、これがもしかして魔法!?)


 この世界で初めて魔法っぽいものを見たが、どうせなら魔法陣やら光が迸る演出であれば良いと思ってしまった。


(……って、モフモフのことも聞きたかったのに……サツマイモとジャガイモのことばかりガツガツ聞いてしまった!)

「次は私と踊ってくださいますか?」

「え」


 この時、私もパーティー会場から逃げていれば――事態はややこしくならなかっただろう。


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