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第3話 貴族社会は大変です

 貴族の養子となった日。髪を丁寧に洗われて、可愛いドレスに着替えた。

 それから客間に案内されて、砂糖入りの紅茶を出されて飲んだ──ところまでは覚えている。


「ん?」


 次に目を覚ました後、私は馬車に乗っていた。道路設備があまり整っていないのか振動が酷い。気分が悪くなりそうでも窓の外を見ようとした瞬間、目を疑った。


 窓ガラスが反射して、私の姿が鏡のように映ったからだ。翡翠色(ひすいいろ)──いえ薄緑色の長い髪、外見は十五、六歳に見える。思ったよりも子供っぽい顔をしているいわゆる童顔の部類に入る体としても、色々おかしい。


(髪色も以前より色が濃いし、体も大人っぽくなっている。少なくとも三、四歳は成長している?)

「ああ、目が覚めたね。十三(サティ)

「え?」


 声に顔を上げると、人の良さそうな老紳士が私の目の前に座っていた。小綺麗で身なりも整っており、使っている衣服は下ろし立てのシャツに、質のいいジャケットを着こなしているところを見ると、それなりに身分が高い人なのかもしれない。深い皺に年老いた男は柔らかい声で言葉を続けた。


「肉体の変化は少し驚いたと思うけれど、魔法の耐性を高めるための処置だから、病気とかじゃないよ」

(処置!? 病気よりも怖いのだけど!)

「サティはこれから私たちクワールツ伯爵家の一員となるんだ。私のことは「お父様」と呼んでくれ」

「伯爵家? ……お父様!?」


 情報量の多さに、頭がパンクしそうになる。困惑していると、老紳士は柔らかな笑みを浮かべた。


「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これからは貴族の一員として生きていくんだよ。もう飢えることも、寒さに震えることも無い」

(孤児院? 貴族の認識ではそう言うことなのかも?)


 ふと《白の創妖塔》での記憶が途端に朧気になって思い出せない。いつも傍にいたモフモフもいなくなってしまった。それが記憶を失うよりもショックだった。


(シスターの名前……? あれ? 特徴が思い出せない。モフモフも……いない)


 もしかしたら、あの黒い獣は《白の創妖塔》を守っている妖精だったのかもしれない。だとしたら私がいなくなって、泣いていたりしないだろうか。

 甘えん坊で、寂しがりのあの子をモフモフ──ともう一度会いたい。


(目的をさらに追加だわ! あの子と再会する! そしてサツマイモとジャガイモに対する気持ち……これは忘れるはずがない! ホクホク系の焼き芋、天ぷら、サラダなんでもござれのベニアズマ、水分を含んだ甘くて粘り気のある食感、蜂蜜のような甘味を持つ鹿児島県種子島産、安納イモ! 干し芋にしたい! それからそれから……!)


 考え事をしている間に、馬車は目的地であるクワールツ家の屋敷に到着した。

 庭は学校の校庭程ぐらいだろうか。庭の手入れも整っており、白を基調としたシンプルな屋敷も立派なもので、リビングルームに入っただけでこの家の調度品や内装を見ても裕福だというのが分かった。


 出迎えてくれたのは人の良さそうな老婦人と、同じ髪の色の美女だ。エメラルドグリーンの瞳、肢体の発育はよく外見は二十代、豊潤(ほうじゅん)な胸、くびれた腰回り、白い肌、絶世の美女がAラインのドレス姿で現れた。何というか美人だけれど、私を見る目が鋭いのは何故だろう。できれば仲良くしたいので、にっこりと笑みを返した。


「初めましてサティと申します」

「初めまして。サティ……ああ、十三番目なのね」

(ん?)

「私は三年前に養女となった(トリア)・フォン・クワールツよ。よろしくね」

「はい。……よろしくお願いします」


 温かく出迎えられてこれで、サツマイモとジャガイモを追い求めるスローライフ――は、残念ながら始まらなかった。


「サティ、お茶会に行きますわよ」

「今日はダンスのレッスンと国の歴史について、どこまで勉強しているかテストしてあげましょう」

「刺繍も貴族令嬢の嗜みよ」


 貴族令嬢として、刺繍やダンス、礼儀作法から始まりお茶会に顔出し。社交界デビューに向けてのドレスの採寸など、自由時間はほぼゼロ。正直、《白の創妖塔》にいた頃のほうが、何十倍も時間が取れたのだと思い知る。


(トリア姉様が毎回はウザ絡みをしてくる……。お茶会は基本放置だし、ダンスレッスンに見せかけて階段から落とそうとするし、歴史にテストなんて普通しないでしょ。家庭教師か!)


 そう文句を噛み殺し、華麗に受け流す。前世の記憶持ちであれば精神年齢的には、トリアよりも上なのだ。

 どうあっても、自分が優位に立ちたいのだろう。それと老夫婦――両親の期待が私に傾くのを警戒しているが、それは無意味だ。なぜなら私たちは妖精貴族に見初められるために現在の地位にいるだけで、求婚が成立しなければ用無しだという事実を、トリアは自覚してない。


 自覚してないから「さっさと妖精貴族と婚姻を結ぶように」と圧をかけるために、伯爵家は私を迎え入れたのだろう。

 その考えは見事に伝わっていない。薄々は感じているが、なんとかなると思っているのだ。


(まあいいや。伯爵家に長居できないのは、住んでみて実感したし……。この屋敷の人たちは基本優しいけれど、仕事として接してくれているだけに過ぎないもの)


 接客業をしてきたので、それがよくわかる。だからこ、この家に迎えられたわけじゃないと、ちょっとだけ凹んだのだ。

 寝室は広くてベッドのシーツや毛布もふかふかで、贅沢だって思う。

 でも――。


(モフモフ……)


 《白の創妖塔》の時も孤独だったが、黒い獣がいたから平気だった。傍にいて寄り添ってくれるだけで、寂しくなかったし、前を向いていられた。


(私、自分でも結構図太いと思っていたけれど、でもそんなことなかったみたい)


 ここには心から私のことを慕ってくれる人はいない。利害関係だけで形成された家族。

 仕事に忠実で、それ以上踏み込まないプロ思考の使用人たち。

 生活水準は向上したのに、私の世界は狭まって、計画通りなのに自分の夢からどんどん離れて言っているような気がする。


(モフモフをギュッとしたい……。寂しいよ)


 頬から零れ落ちる涙を拭いながら、自分を鼓舞する。そうしないと自分の心が壊れそうだった。


(モフモフが妖精なら妖精界で情報を集めればいい。……ホクホク系のベニアズマ、絶対に干し芋にするなら、安納イモ! メイクイーン入りのビーフシチュー、フライドポテト、男爵芋のコロッケに、ポテトサラダ! これらを実現させるためにも、土いじりに理解ある妖精貴族と結婚する!)


 徹頭徹尾、私の目的は変わらない。それだけを支えに眠りについた。



 ***



 社交界デビュー当日。

 いつになく老婦人が鼻息荒く、妖精貴族について切々と語って聞かようとしてくる。


「いいこと、妖精貴族様の(つがい)は同族では滅多にないの、ほとんどは人か他の種族で、魔力量の高い貴族令嬢()との縁談を望まれるわ」

「はい、お母様。私たちナンバーズが貴族令嬢として引き取られたのも、全ては一族の加護と名誉のため。このご恩に見合うだけの妖精貴族との縁談を結んで見せますわ」

(ナンバーズ? 孤児院のこと? でもまあ、婚姻関係を築くことで一族が繁栄するなら養子を積極的に取るのも何となく分かるかも。……にしても、妖精貴族はどうして伴侶探しに積極的なのだろう? 伴侶を得たら一人前みたいな掟でもあるとか?)

「ああ、トリア。貴女ならきっと公爵家の妖精貴族様も放っておかないわ」


 どう考えても政略結婚なのだが、妖精貴族との結婚に憧れるよう国側も大々的に噂を流し、美男子や偉丈夫の妖精貴族が社交界に訪れることで、少しでも加護を増やそうと画策しているようだ。


(まあ国や令嬢自身にとっても不幸になる訳でもないからウインウインでいいのかも?)


 私としては屋敷にある庭で土いじりができれば何でも良いのだが、そうは問屋が卸さない。ちょっと庭師の手伝いをしただけでも、お母様ったら卒倒したほどだ。貴族令嬢としてはしたないとまで言われてしまった。


(こうなったら土いじりを許容する妖精貴族に嫁ぐしかない!)


 私は密かに社交界デビューに向けて意気込んだ。それがあんな結果になるなんて、時が戻るならこの時の自分を全力で止めていただろう。


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