第2話 転生先はサツマイモとジャガイモのない世界でした
前世の記憶が思い出したキッカケは些細なことだった。いつもの食事に何かが足りないと思ったのだ。シチューは美味しかったし、味わい深くて焼きたてのパンとの相性も最高だった。でも、何か、そう圧倒的に何かが足りない。
(あれ、これジャガイモが入ってない?)
そこで『ジャガイモ』という単語に違和感を覚え、衝撃が走った。ジャガイモ、そしてサツマイモのあの、えも言われぬ味わい。それが口の中で思い出され「食べたい」と思ったのだ。
人間食欲に対する貪欲さを侮ってはいけない。
そんなこんなで記憶を取り戻した私は、ジャガイモとサツマイモを探した――が、ない。そもそもそんな植物はないというのだ。
一応、サツマイモもジャガイモは分類も違うし、食べている器官も異なる。ジャガイモは驚くことにナス科ナス属なので、トマトとかピーマン、ナスが上げられる。ジャガイモ以外の野菜は存在していた。ちなみにサツマイモはアルガオ科サツマイモ属で、朝顔やルコウソウなどの花を楽しむための園芸植物だったりする。
(どちらも創意工夫次第で様々な料理ができる、栄養価も高い、美味しい食材なのに!)
この世界にはそもそもないというのだから酷い話だ。
図書館でも調べてみたが、確認できなかった。
ただこの世界は、魔法と妖精というものがある。
教会だと思っていた施設、《白の創妖塔》は魔力の高い子供たちを保護した後、魔力暴走を抑える術式を施し、英才教育を行う。そこで優秀であれば貴族の養子として迎えられて、第二の人生を送れるらしい。魔力量が多いと、社交界で妖精貴族たちから求婚される確率が高い。
最初、シスターから話を聞いた時は、知らない単語ばかりで「???」って感じだったけれど、一つ一つ言葉の意味を理解すれば難しいことではなかった。
(ようは孤児院みたいなところで、才能があれば貴族令嬢になれるってことよね)
《白の創妖塔》にいる子供たちは、みな薄緑色の長い髪をしている。似通った髪色なのは術式の副作用らしいが、魔力暴走するよりはマシだ。
ここ《白の創妖塔》は季節感がなく、春のように温かい。時計塔を中心にして左右対称の建造物が立ち並び、敷地内は裏の森を含めて結構広い。外の出るには、聳え立つ城壁のような壁を越えなければならず、円を描くような形でこの塔を守っている。
西の建造物が生活空間であり、東は祈りの間や図書館、運動場所や研究室となっており、図書館や祈りの場などは自由に行き来できた。
「あら十三が図書館に通い詰めるなんて、随分と熱心ね」
「シスター!」
「ふふっ、もしかして夢で見たサーツマイミョを探しているのかしら?」
「うん!」
純真無垢で十歳らしい笑顔で答える。自分が異世界転生者だとバレたら、厄介なことになると思ったからだ。
前世の記憶を思い出してから五日、情報の整理ができた。
このサフィール王国は科学ではなく魔法文明が際立ち、生活水準は私の世界でいう近代ヨーロッパ、十九世紀の産業革命といったところ。
この世界でのエネルギー源は魔力や魔石、そして妖精貴族の加護によって成り立っており、妖精貴族の加護を得ることで一族が繫栄する──というのが常識らしい。
(妖精かぁ……)
「クウン」
いつの間にか私の傍に黒い獣がいるのだが、この子も妖精なのだろうか。最初は汚れた雑巾だと思っていたら、手のひらほどの子犬だった。
モフモフで目が六つもあるのには驚いたものの、愛くるしい姿を見て気にならなくなった。
尻尾は三つあり、いつも尻尾を振っている。なんとも可愛いヤツである。モフモフを堪能して撫でまくると、ぐでーんと寝そべって寝てしまう。この子が妖精だと思ったのは、シスターたちには見えていないからだ。
「お前は妖精なの?」
「クゥンン」
首を横に振って違うと否定しているが、尻尾は正直なのだ。嬉しそうにしている。
せっかくなのでブラシで毛繕いしたら、ふにゃんふにゃんになって、私の膝の上で眠ってしまった。
最初に出会った頃よりも、大きくなって今ではフェイスタオルくらいの大きさまで成長している。そして背中に、薄らと羽根っぽいものが見えた。引っ込めているのか、あるいは羽化する前段階なのか。私には判断がつかない。
(可愛いから、なんでもいいけど! ……うん、決めた。この子も連れて貴族令嬢の養子になる。そして妖精貴族と結婚……)
この国に孤児院の数は多くあるらしく、魔力が高いものは貧民街から保護されて、貴族の仲間入りすることもできるとか。
孤児院が多いのも、妖精貴族が他種族から花嫁を決める形式だからだ。
王侯貴族たちはそれに目をつけて、交渉。結果、妖精貴族との婚姻は、人間社会の王侯貴族たちのステータスになった。
異種族との婚姻に、最初は難色を示した令嬢が多かったが、妖精貴族は人の姿で、とにかく美しいらしい。令嬢たちはその姿に喜んだことで解決。『妖精貴族の大きな特徴としては蝶や蜻蛉のような羽を持つ』と、本に書かれていた。
ペラペラと本をめくっていると、構えとばかりにモフモフが頬を舐めてくる。肩に乗って距離を稼ぐとはやるではないか。
「キュウウウ」
「後でいっぱい撫でてあげるから」
「クウン」
「貴族令嬢なら今の生活よりも自由が増える……。ということは、土いじりや庭園ぐらいなら許されるんじゃ!? それに妖精貴族なら、植物に身詳しいはず! ふふふっ」
「…………」
「大丈夫。お前もちゃんと連れて行くから」
自由気ままな土いじりスローライフを目指すため、それが一番手っ取り早い。
そう結論づけた私は有能さを発揮して、わずか二年で貴族との養子縁組に成功したのだった。
あくなき焼き芋への情熱によって読み書きや、礼儀作法なんかも頑張れた。前世の記憶もあったので、早い段階で合格認定をもらうことができたのだ。十二歳では初めてだとか。絶賛してくれるシスターたちの言葉を聞き流しながら、私は自分の目的まで一歩近づいたと感激で震えていた。
(ここにいる間に、魔力を必要としない錬金術に出会えたのは僥倖だった! おかげで焼き芋に必要なアルミホイルに近い物を錬成できたのだから!!)
『焼き芋』なんて甘美で、懐かしい響きなのだろう。しかしそのためにも必要不可欠だったのが、アルミホイルだ。他にも作る方法があるが、やっぱりそこは妥協したくない。
「十三は元々魔力量も多いのだから、きっと妖精貴族に見初められるわ」
「ありがとうございます(魔力量は多いけど、体が魔法に耐えきれないので、魔法の使用は禁止されているから実感ないのよね……)」
魔法が使えない。だからこそ錬金術を覚えたのだ。
図書館に入り浸った結果とも言える。サツマイモやジャガイモの資料を探していた時に偶然見つけたものだった。
図書館は天井まで本棚が設置されており、さまざまな本が所狭しと収まっている。
(……にしても、静かすぎる)
「ウォン……」
「ふふっ、私はお前がいるから寂しくないよ」
「クォン」
黒い獣はどこに行くにも一緒だった。さらに大きくなって姿は狼に近い、モフモフの毛は温かく心地よい。闇を切り出しかのような漆黒に、柘榴のようなキラキラした瞳は、いつも私を慕ってくれている。
(この子がいてくれてよかった。一人じゃないって大事だわ!)
私以外に図書館を利用しようとする子はいない。皆どこか感情が薄く、反応も鈍いのだ。
(術式の後で時間をかけてケアすれば、復調するらしいけれど……)
同じ髪のそっくりな彼女たちを見ると、少し心配になる。声をかけても「うー」とか「あー」と会話が成立しない。卒業していった子たちは普通に生活できているのだから、大丈夫だと思うことにした。
(アルミホイルみたいなものを作る技術はできたのだから、あとは全力でサツマイモとジャガイモっぽい野菜を探さなきゃ!)
私の方針は今に昔も変わらない。
サツマイモとジャガイモを見つけ出して、畑を作って美味しいものを食べつつ、のんびりした生活をすることなのだから!