第15話 逃亡先は妖精の国2
妖精都市の大通りを突っ切れば、ノックマの丘に繋がる森に入れる。
(それにしても賑やかだわ)
大通りを歩く妖精たちは、私と同じ背丈の妖精もいれば、小人など大きさが様々だ。見事な工芸品を作るドワーフや、半人半馬のケンタウロと外見的特徴で、なんの種族かわかる妖精たちもいた。
(そういえば結局、モフモフがなんの妖精だったのかわからないままだったわ。……冬の領地で知っている人がいればいいのだけれど)
空を見上げれば浮遊する幻獣も多く、本当に幻想的な光景だ。できるのならゆっくり観光して、ジャガイモやサツマイモがないか調べたい――が、今はそんな余裕はない。
アイルランドの妖精レプラコーン、外見は人間の女性と変わらないニンフたちもいるので、人間が紛れてもあまり気にしないようだ。それに門番も目的がある人間なら何も言われなかった。
彼ら門番は「間違って妖精の国に訪れてしまった人間」の保護が仕事のようだった。
町の建造物はヴェネツィアを彷彿させるほど美しく、小さな水路に合わせて建物や橋があり、とても芸術的だった。
(いつか観光で訪れたいな──と、見惚れている場合じゃない)
フードを深々と被り直して、大通りを進む。
『にしても、妖精王たちの婚姻問題は大変だな』
『それはしょうがないだろう。領主となる妖精王たちは伴侶を得ることで、領土や王自身の魔力を安定化させるんだから』
(そういえば、妖精貴族が伴侶を得るのに積極的だったのって、領土問題だけじゃなくて自身の魔力を安定化させるためでもあったのね)
ドワーフたちの話に聞き耳を立てる。彼らは昼間からキンキンに冷えたエールを飲み干しながら、世間話をしていた。
なんとも羨ましいご身分だ。
『妖精王と他種族だと寿命が異なるからな。運良く適合しないと、転属しても寿命は延びないからな』
(なんですと!?)
『そういえば結婚で思い出したが、ミデル王が激昂したらしいぞ』
(ん?)
『ああ。あの方が怒ったのは、もう数百年以上前だったか。エーティン様が人間界に追放されて……』
『あった、あった。それからずっとエーティン様を蘇らせる、作り出すとか言い出していたわ』
(意外と知れ渡っている!)
露店の商品を見ているふりをして、ドワーフの話に集中する。
『あー言っていたな。で、その話に乗ったのが、精霊魔術師レムルだったか』
(精霊魔術師レムル……?)
『そそ、エーティン様の複製体を作り出して、記憶を上書きさせて再現──なんてよくそんな提案したよな』
(え……?)
『それは知らなかったぞい』
『エーティン様は妖精界を追放され人間に転生したから、複製体に記憶を移植するのは都合が良かったそうだ。……で、その複製体ってのは、十三体まで製造し成功させた。エーティン様に似た翡翠色の髪に象牙のような白肌で麗しい少女で、十六~二十歳まで人間界の貴族令嬢として放し飼いにするんだと』
『やけに詳しいな』
『つい最近その施設が解体されたってんで、シスターとして働いていた使役霊が文句を言っていたんだよ』
(十三番目だったサティ以外にも子供たちはいたけれど、彼らは番号すら与えられなかったってこと?)
聞いているだけで、心臓の音がドワーフの彼らにまで届きそうだった。話題になっている噂が自分の話だとは、思わなかったのですから当然だ。
それにしても妖精界は噂というか話の鮮度がサフィール王国と段違いなのですが、どういうことなのだろう。筒抜けすぎる。
ドワーフたちから詳しく話を聞きたかったが、足早にその場を離れた。
***
妖精都市ムリアス郊外。
妖精たちの出入りが多く、また門で身体検査や通行料などの検問というものもない。とはいえ森に抜けるための北の門には、ワイバーンと騎士達が守護している。
(わあ。転生して初めて幻獣を間近で見たかも!)
ワイバーンは全体的に緋色の肌をしており、蝙蝠の翼にドラゴンの頭、ワシの脚、トカゲの尻尾と間近でみると圧巻だった。鈍色に煌めく鱗も美しい。できるのなら触れてみたい──好奇心が疼くものの、そんな場合ではないと断腸の思いで門を抜けた。
(鬱蒼とした森……の中を真っ直ぐに進む、か)
疲弊した体に鞭を打って、足を速める。鬱蒼と生い茂る黒の森は獣道だったらどうしよう、と思っていたが歩道などは整備されていて、等間隔で街灯らしきものも見えた。
空は柔らかな水色で、雲一つない。
太陽の日差しも眩しくはなく、優しく包まれるような温かさ。森の奧を進むと緋色のカエデに、銀杏の木々が色鮮やかに生い茂っていて艶やかな秋を彷彿とさせる。こんな状況でなければ、のんびり散歩したい気分だった。
(ああ、もう現実逃避して旅を楽しみたい。無理だと思うけれど……)
少し休んでも──と思ったが、どうにも嫌な予感がしたので森の奥へと足を進める。そしてその直感は嬉しくないことに当たっていたのだ。