第14話 逃亡先は妖精の国1
こうしてサティ・フォン・クワールツは馬車と共に落下。
BAD ENDとはならなかった。もっとも、ここぞとばかりにミデル公爵が助けに来たというシンデレラルートも存在せず、モフモフの助けが間に合った――という展開もない。
ただただ運よく落下した先が川だったということで、泳いで向こう岸に辿り着いた。
(け、計画通り脱出できたわ!)
全くもって過程がメチャクチャだが、結果からいえば私の望んだ展開になっていた。だがここからは時間との勝負だ。
『んー、そうだね。妖精国のノックマの丘ならその両方の野菜があるかも? 一年中冬に近い地域だけど、どう気になる?』
冬の領地であり、少年が勧めて妖精貴族がいる。そこで契約結婚でも良いので結んでしまえば私の寿命は何とかなるし、ミデル公爵からの求愛も拒絶できるはずだ。
(冬の領主である妖精貴族には迷惑をかけてしまうが、そこは交渉次第で何とかするしかない! そう色々あるけれどジャガイモとサツマイモにグッと近づいたんだもの! 諦めないわ!)
ずたぼろになりつつも川岸から離れて歩き出す。霧が濃いのか周囲の様子がよくわからない。
ふわりと甘い香りと賑やかな声が聞こえてきた頃、立て札が薄らと姿を現す。古代文字で書かれているが、《白の妖創塔》で学んだ言語だったので幸いにも読むことは可能だった。
(『妖精都市ムリアスへ、ようこそ』……って、妖精都市!?)
ここでようやく霧が晴れていき、周囲にいるのは人族やら羽根を持つ妖精貴族、あるいは小人など他種族の人混みの中に入っていた。
いつの間に、という感覚なのだが周りは対して驚いていない。
(どうしよう。……たぶん妖精の国に流れ着いたっぽいけれど、この国のこととか全く分からないのよね)
この国に来てからか、喉の痛みが治まった。魔力の元となる魔素が濃いからだろう。ここでノックマの丘の方角を聞きたいが、ミデル公爵に気付かれる可能性がある。
そう思ったが、頭を振って消極的な考えを否定した。
「(ううん、慎重でいるよりも迅速に動くべきだわ! まずは門番に方角を聞く!)錬金術解放――分解、再構築」
原料となる鉱石を分解して再構築することでアルミホイルを作ったように、髪の色素を金髪に変えて、ドレスは動きやすい膝下ほどの長袖のワンピースに作り替える。余ったドレスの生地は焦げ茶色の薄手の外套にしてフードを被って顔を隠す。
焼きイモを作るために開発技術が、思わぬ所で役に立った。
「《妖精都市ムリアス》にようこそ! ここは人間も間違って紛れ込むからな。嬢ちゃんは迷子だったりするのかい?」
「え。あ、私は――」
妖精の中には『嘘を見抜く種族もいる』と書かれていたことを思い出す。それは《白の妖創塔》の図書館での知識だ。門番は人と変わらない姿だが、その背にはトンボのような羽根が生えている。白い甲冑を着こなしているのでどちらかというと騎士に見えなくもない。
「ノックマの丘に会いたい人が居るのだけれど、途中で道に迷ってしまって……方角だけでも教えてもらうことはできますか?」
「ノックマねぇ……」
(嘘は言っていない。私の目的は最初からそこだから)
「それならこの都市を出てすぐに杉の森を抜けて北に向かうといい」
「ありがとうございます!」
「いえいえ。我が王と見識があるのなら無下にはできませんから」
「我が王?」
「ええ、我が妖精王オベロン様ですよ」
(オベロン? ミデル公爵ではなく?)
兎にも角にもさくっと都市に入れので、門番から北の門の最短ルートを教えてもらい足早に都市を縦断する。
素早く細い道を通って大通りへ。トリア姉様やミデル公爵が雇った追手が来る可能性も考え、出来るだけ都市から離れる。私が死んだことになって、トリア姉様と結婚になるのなら円満解決なのだけれど、そう上手くことが運ぶかは不明だ。
(どうかお願いします。私のことは綺麗さっぱり忘れて、幸せになってください。全力で応援しますから!)