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第12話 数パーセントの賭け

 監禁状態になって早三日が過ぎた。

 何より絶望したのは家事妖精(ブラウニー)たちの会話だった。鍵付きの部屋から出して貰えるのは入浴、食事、そして散歩だけ。

 そして薔薇の咲き誇る庭園を通った時のと。


「ねえ、いくら何でも監禁まがいなのは、サティ様が可哀想なのでは?」

「うんうん。それはあるかも」


 機械人形のようだと思っていた家事妖精(ブラウニー)たちは、同族あるいは妖精同士だからか楽しそうに話をしている。

 仲よさそうな姿が何だか羨ましい。

 この世界に生まれて友達と思えたのは、モフモフだけだ。家族だと思ったのも。


(部屋に戻ろうかな……)

「でもあの方は、エーティンの肉体の細胞から生まれた複製体(クローン)なのでしょう?」

(え……)


()()()()()()()()()()()()()()、妖精と結婚して転属しなきゃ死んじゃうものね」

「魔力量は多いけれど、体に負荷が掛かりすぎているんだもの」

「しょうがないわよね」

「だからあのトリアって娘は必死なんでしょう」

「ふふっ、そうね。後一年切ったから、感覚的に分かるんでしょう」


 情報が多すぎて、上手く頭が回らない。バレてはいけないと、庭園の影で家事妖精(ブラウニー)の声に耳を澄ませる。


(寿命……? もって四年? それは生まれてから? ううん、トリア姉様は貴族令嬢の養子になって三年と言っていた。そしてあと一年しか持たないというのなら……()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()?)

「そいえば、エーティン様がお戻りになるのだから、もう《白の創妖塔》は解体になるんでしょうね」

(《白の創妖塔》!?)


 生まれ育った施設の名にドキリとした。嫌な予感が脳裏を掠める。


「そうね。あの研究所は元々、エーティン様を蘇らせるためにミデル様がお作りになったのだから」

「今まで記憶が色濃く残っている方はいなかったものね! でもサティ様は微かに春の権能をお持ちだと思うわ」

「私もよ! 早く記憶を取り戻してくださらないかしら!」


 そこからどうやって部屋に戻ったのか記憶が無い。ただ分かったとことは誰もサティとして、私が生きていることを望む者がいないということ。

『くうん』といつも寄り添ってくれるモフモフぐらいだろうか。


(ううん。《白の創妖塔》にいたのだから、あの子が私の傍にいたのは逃げないように……)


 青紫色の空が静かに闇色に染まって、私の心も同じく絶望に塗り潰される。


『君の物騒な思考回路は置いておくとして、生贄じゃないから安心して! ちょっと人見知りで、朴念仁で、ツンデレだけど! いいやつさ!』


 ふと思い出したのは、社交界デビューで出会った妖精貴族の少年だ。王様だと言っていた気がする。不思議とあの少年の言葉が信じられた。

 あれはエーティンでも、貴族令嬢でもない――(サティ)に対して、話してくれた言葉だ。


(……そうだ。今の生活よりもずっと、冬の領主のほうがいい。私はエーティン様じゃないもの。その記憶を持っていたとしても、生まれ変わりでも、私はサティであり、前世の記憶を引き継いだ異世界人……。()()()()()()()()()()()()()()


 どんな方法で魂が書き換えられたとしても、私は私として生きて死ぬ。

 そう強く、強く魂に刻んだ。


(勝負は一度だけ。結婚式の前日に妖精の国に連れられるはずだから、その時に逃げる。本当はトリア姉様と協力して脱出するのがいいのだけれど、隔離される前ならできても今は監視が付いているから無理ね)


 今、トリア姉様に接触すれば、その意図をミデル公爵や家事妖精(ブラウニー)は考えるかもしれない。いつもと異なる行動を起こすだけで、彼らは神経質に反応するのだ。だから私からは動かない。


 味方はいないが、私のことを邪魔に思っているトリア姉様なら結婚式前に何かしてくるはず。その暴動に紛れて逃げられないか。成功確率は数パーセント。

 そう考えて姉様を利用させて貰おうとしたものの、私は彼女の執念深さを甘くみていた。



 ***



()()()()()()、リラックスするハーブティーです」

「……ありがとう」


 この頃になると私をサティと呼ぶ家事妖精(ブラウニー)はいなくなっていた。そして毎回、食後にはハーブティーを出してくる。

 さっぱりした柑橘系をベースにしたお茶で飲みやすいしのだが、私としてはブラックコーヒーが好きなので、何度か頼んだが改善してくれなかった。

 その理由は「エーティン様はブレンドしたハーブティーが好みでしたので」だとか。


(ハーブティーを飲むとエーティンの記憶が少しだけ思い出すけれど、それは映画のスクリーン越しに見ているだけの他人事だわ。きっとコレを飲むことで、私がエーティンに近づいていると思って油断してくれると良いのだけれど……)


 お茶を運んだ使用人は部屋を退出し、静かな時間が流れた。

 ミデル公爵は結婚式の準備などで、今日は屋敷にいなかった。ここ数日は姿を見ていない。

 この屋敷で過ごす最後の夜。最後まで飲み干すと口の中に砂糖の甘みが感じられ――瞬間、喉に焼けるような痛みが走る。


「──っ、あ」


 激痛。

 カップを床に落とし、座っていたソファから転げ落ちる。

 助けを呼ぼうにも声が出ない。

 カップを割った程度で家事妖精(ブラウニー)が気付くはずなのに、部屋に入ってくる気配がなかった。


 可笑しい。

 それともこれも私をエーティンにするための工程の一つなのだろうか。そう考えたが答えは違ったようだ。


(ああ、私は……また、実行する前に歩くレールを押しつけられ、歩かされる。……確率が低くても逃げ出しておけば……)


 痛みのあまり、視界は暗転した。

 意識が遠のく中でトリア姉様の姿がぼんやりと浮かび上がる。その背後にはフードを被った人影が――。


「サティ、ああ。疲れていたのね。誰か寝室に運んであげて」

「くくくっ、承知しました。未来の王妃殿」

(ああ、本当に……こんなことなら、もっと自由で、モフモフと、……焼きイモ探しをしたかった……な)


 眠りの中で『くうん』と声を上げるモフモフの姿を見た。

 ギュッと抱きしめるとモフモフで温かくて、少しだけ本の香りがする。


(もふもふ)

『……サティ。遅くなってすまない。すぐに君を迎えに行く』


 それは心地よい声で、胸が温かくなる。

 私を、私の名を呼んでくれるのはモフモフだけ。


(モフモフ……ん?)


 ガタン、と揺れる衝撃に、夢の世界から現実に引き戻される。

 窓の外は薄暗く、明かりといったら馬車が使っている魔導具のランプだろうか。道が整備されていないのか酷い乗り心地だ。馬車の中はボロボロで、椅子も固くて古くさい。起き上がろうとしたが手足が縛られていることに気付き、血の気が引いた。


(え……? な?)

「あら、起きたの?」


 そして意識がハッキリした頃、向かいの椅子にトリア姉様が足を組んで座っているのが見えた。

 しかもタイミング悪くトリア姉様と目が合ってしまった。


「ふふっ。この馬車は馬が暴走して森の中を疾走。このまま走り続けると転落するわ。ミデル様との結婚が嫌になって屋敷に火を放って逃げたけれど、失敗して崖から馬車ごと転落――というのが筋書きなの。ああ、私の姿は投影魔法を使っているから、直に消えるわ」

(毒殺されるかもしれないって思って、毒消しの薬を飲んでいたけれど……まさかここまでするなんて……トリア姉様だけじゃなくて、誰かの協力を得ている? だとしたら……)


 サティ()を疎むのはトリア姉様だけじゃない、ミデル公爵も、家事妖精(ブラウニー)もだ。死よりも怖い目に遭わせて私の自我を失うことを狙ったとも考えられる。

 それも全ては私がエーティンとして蘇らないから――。


 本当に理不尽で腹が立つ。

 私はエーティンじゃない。サティだ。


「トリァ……ごほごほッ」

「ふふふっ。喉だけじゃなく全身に痛みが走る毒よ。散々私の邪魔をしてくれたのだから、後悔して死になさい」

「――っ」


 喉が痛い。

 風邪を引いた時も、ここまで喉は痛くならなかったのに。

 こうしている間に、馬車の揺れが一層酷くなる。


「じゃあね、エーティンもどき。貴女の分まで幸せになるから」


 下卑た笑い声をあげて投影魔法が途切れた。次の瞬間、ガコッ、と嫌な音と共に馬の嘶きが耳に届く。

 ほんの数秒ほど浮遊感がしたものの、その後のことは覚えていなかった。


(どんな目に遭っても……例え死ぬことになっても、絶対にエーティンにこの体を明け渡すものか……)


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