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第十四話

 授業は宮の一室、ミズチの部屋と書庫に近い場所で行われる。充分な広さがあるはずだが、地図や歴史書。暦表などが部屋の端に積まれ存在を主張している。


「これまでは一般的な教養を学んできましたが、竜域についても知識を深めていただきます」


 永き時を生きていても、人界に興味を持ち歴史を学ぶ亜人は少ない。権力争いも無い竜域に比して人界は目まぐるしく政情、版図が変わる。

 人界との交友も少なく、娯楽の一環として人界に下りる者もいるがその程度だ。

 そんな亜人達の中にあってミズチは稀な男だった。

 学を好み、見識を深めるために人界に下りる。竜域に移住してきた学者とも言を交わし己の血肉とする。


「まず亜人から。大きく分けて精霊種と獣人種がおりますが、明確な区別は困難です。両方の形質を持つ者、どちらにも分類できぬ者もいます」


 身近な例ではタウメがいる。頭に付いた狐の耳と尻尾は狐の獣人の特徴を示すが、法術の巧みさは精霊に寄る。尾の数が六つあるのも獣人にはない特徴だ。


「人界から移住してきた学者により、遺伝子、家系から分類を行う試みもありましたが頓挫しました」


 鳥の亜人の夫婦から水精の亜人が生まれることもあれば逆もある。親と同じ鳥の亜人が生まれても羽の生える部位は背中、腰。はたまた腕が羽に置き換わるなど様々だった。


「そもそも親を持たずに生まれる亜人もいます。彼らは特に精霊としての形質が強く、法術の扱いに長ける者が多い」


 深き森、清水の裡、溶岩の奥より生まれ出ずる亜人。数は少ないがいずれも強大な力を持っている。


「倫理、物事の尺度に関しても我らの常識は通用しないとお考えください。もし竜宮の外にお出になられた際はご注意を」


 今までは竜宮の中でのみ暮らしてきたアルヴィアだが、これからもそうとは限らない。

 竜域の中には離宮が点在しており、機会があれば侍女や衛士を連れての旅行もあり得ることだった。

 雑談を交えながら授業は進む。帝城と竜宮、旅の荒野以外の場所を知らぬアルヴィアの興味をかき抱かせる手腕は見事としか言い様がないものだった。


「本日の授業は以上です。聞きたいことはありますか」


「では、亜人という呼称について、あなた方が思うところはありますか」


 亜人の意味をそのまま開けば人に次ぐ者となる。だが、数年亜人と接したアルヴィアからすればその呼称はひどく不適切に感じられた。


「能力や寿命を考えれば、むしろ逆なのでは」


 身体能力、法術への親和性、寿命。どれをとっても人間が亜人に勝る部分は少ない。


「まず前提として、我らが使う言語は人間が作ったものです」


 竜域では帝国と同じ大陸の共通言語が用いられている。

 かつてはそれぞれの国や民族ごとに違う言語が使われていたが、二千年前の帝国の大陸平定の際にそれらの言葉は公共の場での使用を禁じられた。


「亜人という言葉が成立したのは大陸平定と同じ二千年前。当時は奴隷制が用いられており、亜人の中にも奴隷となる者がおりました」


 アルヴィアは身を固くし凄惨な歴史の話を聞き逃さぬように背筋を伸ばした。


「姫、申し訳ないのですが固くなるような話ではありません。……茶を淹れますので、構えずお聞きください」


 その言葉の通り、ミズチがガラス棚に飾られていたティーポットを取り出し、茶葉の入った缶と水差しをどこからか法術で呼び寄せた。朱色の光がアルヴィアの目の前で散る。


「転移の術、ミズチも使えるのですね」


「この程度ならば。流石にあれのようにひょいひょい人を飛ばすような真似は不可能です」


 陶器の水差しに指輪の付いた手をかざし、湯を沸かすミズチ。

 褐色の指は形が良く、いささか過剰なほどの装飾で彩られているにも関わらず品を損なうことはなかった。


「ああ。このお茶、少し香辛料がきついのですが大丈夫ですか?」


「構いませんよ。そういえば、あなたもシラハナも甘い物を口にしませんでしたね」


「ええ。どうにも好きにはなれません」


「好みはそれぞれですからね。私もレギの葉のピクルスはどうしても」


「癖が強いですから。その内に味覚が変わるかもしれませんが」


 穏やかな時間が流れる。ミズチはアルヴィアとの距離を意図的に保っている節があるので、アルヴィアには過ごしやすい相手だった。


「では茶請けはこちらを」


 指鳴りがひとつ。音の後にはシロップで輝きを増したズノの実のタルトが皿に載って宙に浮いている。


「中にもクリームが入っていますので、口直しにどうぞ」


 焼きむらのないタルト生地の上にズノの実が整然と並んでいる。既に切り分けられているが、刃で潰れた部分もなく切り口は整っている。

 竜域ではまず見ない繊細な作りの菓子にアルヴィアは目を丸くした。


「これはどなたが?」


「自分の手遊びです。己で食べはしませんが、作るくらいであれば」


 机に積まれていた史書は棚に戻され、代わりにクロスが敷かれる。

 浮かんでいたタルトも机に載せられ、アルヴィアは勧められた茶を口にした。

 鼻に抜けるような香りは馴染みのないものだったが、想像していた味よりは飲みやすくアルヴィアは興味深さを感じていた。

 ミズチはアルヴィアが一息ついたのを見計らい、語りだした。


「人の奴隷にやらせるような仕事は、亜人にとって労苦にはなりません」


 一昼夜を通して働かせようと、気力を削ぐような無意味な辛労を背負わせようともそれらは亜人の心身を損なうことは無い。元より身体や精神の作りが違うのだ。


「もっといえば、奴隷になったのは人界に興味を持ち、わざと捕まった亜人達です」


 思いもがけない言葉にアルヴィアは自分の耳がおかしくなったのかと思った。


「何故そのような……」


「竜域には無い労働を経験してみたいという当時の流行です」


 竜域に労働は無い。竜宮への仕官が唯一の仕事らしい仕事だが、そう多くの者を雇い入れる必要は無い。

 大抵のことは法術で解決できるため他国の城のように侍女を大勢雇うことも無い。タウメやシラハナもアルヴィアが竜宮に入る際は、女手が必要だろうと竜王が呼び寄せたのだ。


「人界のまともな働き口では飽きたときに辞めるのも一苦労ですから。戸籍も無い人間を受け入れるうかつな国も多くは無い」


 アルヴィアの祖国、帝国はその傾向が強く本国か属州の戸籍を持たないものを雇うことが法律で禁じられている。


「現在は竜王が観劇などの娯楽以外で人界に下りることを制限しています。そのため竜域外周には結界が張られ、往来は門のみとなっているのです」


 帝国では亜人を封じ込めるため竜王が張った。とされている結界だが竜域での認識は違う。

 結界は亜人が無闇矢鱈に人界に下り、人との亀裂を作り出さぬための役割を持つ。

 竜王の許可さえ下りれば亜人は今も人界に下りることがままある。

 ミズチの授業はわかりやすい。不意に昼間の小競り合いでミズチの肌に付けられたひっかき傷がアルヴィアの目を引いた。

 亜人の傷は治りが早い。ミズチは法術にも長けているので、傷を残しているのは明らかに意図があるとアルヴィアは踏んだ。


「ミズチはタウメを好いていますよね。何故恋仲になろうとはしないのですか」


「……はい?」


 歴史や竜域、竜王に関しての質問を待ち構えていたミズチは珍しく呆けた顔をした。


「他の者がどうかは分かりませんが、私とシラハナには筒抜けですので下手なごまかしは無用です」


「…………」


 幾らかの沈黙の後、ミズチは無言で法術を使い、部屋を元の状態に戻していく。

 1ピースだけ抜けたタルト、陶器の水差し、ティーポット、テーブルクロスがたちまちに部屋から消え失せていく。

「本日の授業は以上です。それでは失礼します」

 挨拶を残し、ミズチは速やかに部屋から退出した。


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