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二人のお茶会

 翌朝、外は霧雨が降っていた。


「おはようございます」


 ラウラさんに声をかけられる。

 静かに挨拶を返すと、髪を整えますと言われた。

 髪の毛の手入れをすると毛艶が良くなるらしい。


 この家に来て二日目ですでに今までよりも髪の毛が少しだけしっとりとしている気がした。

 髪の毛をとかしてもらいながら窓の外を見ると先ほどよりもさらに雨脚は弱まっている様に感じた。


「魔法士達が訓練をし放題だと喜んでいましたよ」


 ラウラさんが私に言う。

 今日雨の勢いが弱いのは大気中の雨や雨雲を魔法士が訓練で使っているかららしい。

 私がここにいることで誰かの役に立っているという感覚は正直あまりないけれどいつもより弱い雨に、少しだけ心が軽くなる。


「魔法士の訓練の様子ってどんな感じなんですか?」


 私が聞くとラウラさんは特殊な排水溝のある場所で魔法の練習をしたり戦闘訓練をするのだと教えてくれた。

 今日の午前は健康になるためのマッサージ、午後はディーデリヒ様とのお茶があるため難しいけれど、希望すれば見学もできるらしい。


「是非、一度見てみたいです」


 大嫌いな雨がどんな風に使われているのか見てみたかった。

 畑に訓練、見たいものがどんどん増えていく。


 増えていくにつれて、元々私の中には何も無かったことに気が付く。

 ディーデリヒ様と太陽を見たあの瞬間まで、私の世界には色も無く、何も無かったことに私は気が付き始めていた。


 健康になるというマッサージはラウラさんがしてくれた。

 整体といって体を整えてくれるらしい。


 全身をもみほぐされてぐったりとしていると手足にいい匂いのするオイルを塗り込まれた。



「今日はお茶会ですからオシャレをしましょうね」


 ラウラさんが歌う様に言う。


「お茶をするのと、お茶会は違うの?」


 ディーデリヒ様はお茶をしようと言っていた。

 ラウラさんは「貴族がお茶を楽しむことをお茶会というんですよ」と教えてくれた。


「マナーは?」

「正式なものにはいくつかありますが、今日は関係ありません」


 ラウラさんに言われてホッとする。

 マナーを覚えた方が役に立つのかな?と少し悩む。


「ユイ様の好きなお菓子がありましたらお知らせください」


 料理長から聞かれていたんです。

 そう言われても思い浮かばない。

 普段お菓子を食べることがそもそもないのだ。


 少し考えて、最初に思い浮かんだのはパン屋さんのショウウィンドウでみたドーナッツだった。

 真ん中に穴が開いていて、砂糖がかかったふわふわそうな食べ物。


 本物はまだ食べたことが無いけれど少し気になっていた。


「ドーナッツ……」


 私がそう言うと、ラウラさんは優し気な笑顔を浮かべて「ドーナッツですね。料理長に伝えておきます」と言った。


 お茶会はガラス張りがきれいなサンルームですることになった。

 本当なら太陽が降り注いで明るくてとても美しいらしい。


 どんよりと曇っている空でもガラスはキレイだし、いろいろ並んでいるお菓子はどれもおいしそうだ。


 私の目の前にドーナツも置いてある。

 食べたことはないけれど、とてもおいしそうに思えた。


 席に着くと、温かい紅茶を入れてもらう。

 紅茶のカップは金色で縁取られていてかわいらしい。


 ディーデリヒ様もすぐにきて席についた。


「どうぞ、沢山食べて」


 ディーデリヒ様は私にお菓子を勧めた。

 それからサンルーム越しに空を見上げる。


「これじゃあサンルームが台無しだね」


 そう言うとディーデリヒ様はパチンと指を鳴らした。


 一瞬だった。

 瞬きするよりも短い時間だったかもしれない。

 霧雨だった筈の景色が一気に変わる。


 雨雲が一気に吹き飛ばされるようになって空は青空に変わった。


 サンルームには太陽の光が暖かに降り注ぐ。


 ティーカップの金の縁取りが少しだけ光っている。


「この日差しが我が家のお勧めポイントなんだ」


 ディーデリヒ様はそう言って自分の分の紅茶に口をつけた。

 魔法士は本当にすごいと思った。


 私は空を見上げてまぶしいと感じながら青空をまじまじと見た。

 それからテーブルに視線を戻してドーナツを手に取る。


 パン屋さんに売ってたものと違って雪の様な粉砂糖がかかっているドーナツ。

 一口食べると、ふわふわで粉砂糖が口の中でさっととけて、幸せな気持ちになる。


 思わず無言でどんどんと食べ進めてしまう。

 一つ食べ終わったところでディーデリヒ様とようやく目が合う。


 食べ物に夢中で周りがまるで見えていなかった。

 恥ずかしくなって顔が赤くなった気がした。


「紅茶も美味しいよ。

それから俺のお勧めは、このチョコレート」


 子供のころからの大好物でたまに用意してもらうんだ。

 そうディーデリヒ様は言った。


 私の失礼な態度がまるで無かったかのように彼は優し気に笑った。


 それからぽつぽつと話しながらお茶会は進んだ。


「ディーデリヒ様は魔法士として働いている以外にも広い領地を治める仕事もしているんですか」

「うん。魔法士は基本的に国のためにその力を尽くすことになっているからね」


 魔法士として魔獣を倒したり、開墾されていない場所の調査をしたり、それから隣国との小競り合いに参加したりするそうだ。

 そして、彼の部下の魔法士達はこの屋敷の近くにある宿舎で寝泊まりして魔法の技術を磨いているらしい。


 ディーデリヒ様は水魔法を使う魔法士達を束ねるすごい人なのだと彼の話で分かった。


「お忙しいのにありがとうございます」


 私がそう言うと「女の子との予定は最優先だよ」とディーデリヒ様はおどけて見せた。

 あまりそういう冗談を言うタイプに見えなかったので驚いてしまった。


 

「何か欲しいものとかしたいことはあるかい?」


 何か役に立ちたいという気持ちが大きい。

 けれどそれはまずは体力をつけてからという事になってしまった。


 欲しいものは何も思い浮かばない。

 今日もふわふわの生地の薄いミモザの花の様なドレスを着せてもらっている。

 髪の毛もクリーム色のリボンで彩られていて、生まれて一番のオシャレをしている。


 それ以外に何か欲しいものは何も思い浮かばない。


 だけど、したいことは一つだけある。


「勉強がしてみたいです」


 私はマナーが何もわかっていない。

 このお屋敷に来てから二日かなり周りの人が気を使ってくれていることにも気が付いている。


 ディーデリヒ様の仕事についてもいちいち細かく質問しないとよくわからなかった。

 私は多分何も知らない。


 今までは何も知らなくてよかった。

 何も知らない方が、何も夢見なくて済んだから。


 ドーナツを知らなかったからドーナツを見ても私には関わり合いに無いものとしていられた。

 だけどドーナツを今日初めて食べてしまった。

 これからはきっとドーナツを見る度に、あの美味しかったものと思うだろう。


 他の事全ても同じだ。

 私は何も知らないから我慢して生きてこれたのかもしれない。


 けれど、人の役に立つために生きるのならそれでは駄目だと思った。

 だから勉強がしてみたかった。

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