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雨降りの巫女と氷結の魔法士  作者: 渡辺 佐倉


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お見合い?

* * *


 辺境伯の令息であるアルノー様との面会は広い庭に準備されたガゼボで行われた。

 雨の中行われるお茶会は珍しい。


 けれど未婚の男女を二人で部屋に押し込めるというのも貴族のマナーとしては良くないのだろう。


 幸い私は力のコントロールがきちんとできているので薄曇りの空の向こうに淡く太陽が見えている。

 残念ながら完全に雨を止めることはできていないけれど。



 目の前には色とりどりのお菓子が並んでいた。



「巫女様が何が好きか分からなかったから色々用意させました」


 お好きなものを食べてくださいとアルノー様は笑顔を浮かべた。

 平民である私とこうやって二人きりで会っているのに嫌悪感の様なものは感じられない。

 もちろん蔑む様な態度もだ。


 彼がそういう人間ではないのか、それとも何の目的があるのか私にはぱっと見ただけで分かる能力はない。


 けれど、ただの平等主義者でないことは知っている。

 実際同行した魔法士達は別の建物で過ごしている。


 みんな一緒に食事をしている訳ではないのだから。


 私が持っている唯一のもの。

 それが何なのかわかっていないほど私も馬鹿じゃない。


 私が巫女だから。

 雨を降らせる力があるから私はこうやって貴族の人と一つのテーブルを囲んでいる。


 彼が興味があるのはこの力だ。

 彼がその力をどうやって使いたくて私と話をするのか。私は見極めなければならない。


 幸い、お茶の時のマナーはきちんと教わっていた。


 紅茶に口をつける。

 ディーデリヒ様の屋敷で飲んだものよりも渋みが強い気がしたけれどこれもとても美味しい。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 なにもとって食いやしない。

 そう言って、アルノー様は笑った。


 それから、中央の貴族は辺境伯の一族を野蛮だと怖がっているのだと教えてくれた。

 そして、そうしない数少ない貴族の一人がディーデリヒ様だとも。


 私はその話を聞きながら意を決して尋ねた。


「この領にとって、私の使い道はなんですか?」


 アルノー様は驚いた顔をした。

 けれど、すぐにとても楽しそうな顔をして言った。


「この国の国境線は人の住むのに適さない場所が延々と続いているんだ」


 理由は色々あるけれど、雨が降らない場所も多い。


「我々は雨を欲している。

それに、辺境伯として国境線を見回るのは義務だ。君を一人で各地を転々とさせる必要が無いんだ」


 アルノー様はそう言った。

 そして、それができるのは私だけだと付け足した。


 けれど、私はその様子をみて、何か隠しているのではないかと思った。

 少しだけ違和感があった。


「それであれば私を雇えば済むことでは?」


 貴族には力がある。

 簡単に辞められたらどうしようなんて悩む必要はない。


 権力で縛ってしまえばいいのだ。


 だからわざわざ、嫁入りという形で力を欲する必要が無い。


 そう思って口から出た言葉がかなり失礼な物言いになってることに気が付く。


 アルノー様は快活に声をあげて笑った。

 別に気分を害したことは無いらしい。


「へえ。思ったよりもちゃんと考えてるのか」


 失礼な言葉の返答として返ってきた言葉はとても失礼な言葉だった。


「その通りだよ。

単に雨を降らせたいのなら、公爵から君を借り受けて、働かせれば済む」


 じゃあ、それでいいのでは? そう言おうとした言葉は彼の笑みで飲み込んだ。

 有無を言わせない笑みだった。


 初めて笑顔が怖いと思った。

 もちろん嘲笑が嫌だと思ったことは今まで沢山あった。


 けれど、きちんとした笑顔にこんなに気圧されたことは無い。


 でも、これで一つだけわかったことがある。

 彼が私に一目ぼれをして婚約者候補になった訳じゃない。

 それだけは確かだ。


 彼には彼の利益があって、私とこうして話している。


 なら私が知らねばならないことは彼の利益が何かという事だけだ。


「君はもう、貴族の戦い方を習ったのかい?」


 聞かれた意味がわからず、きょとんとしてしまう。

 魔法士の戦いについては勉強をしたし、水の魔法士の扱いについても教わった。

 騎士の戦い方や地位についても学んだ。


 けれど、それらは彼の言っている貴族の戦いの話とは違う様な気がした。


「貴族は常に貴族同士で戦っているんだよ、水面下で」


 アルノー様はそう言って笑みを深めた。


「同じ国の貴族同士でですか?」

「勿論」


 ディーデリヒ様も貴族だ。

 ならば彼も常に誰かと戦ってるのだろうか。


 そして辺境伯の子息である彼も。


 それと、私を婚約者候補にすることに関係があると言いたいのだろう。


「貴族の戦い方について、教えてくださいますか?」

「そうやって教えを乞う時点で貴族としては負けなんだよ」


 アルノー様はそう言った。

 けれど、私には関係ない。だって――


「私は貴族ではないです。だからそれは関係ないですよ」


 私が愛想笑いをすると、初めてアルノー様は面白そうに笑った。


「貴族は力が強すぎても弱すぎてもよくない」


まあ、勿論圧倒的と呼べるくらいの力があれば話は別だけどね。


そう言いながらアルノー様は笑う。


「うちはちょっと今中途半端に力をつけすぎてると見られているから。

とはいえ、ここは国境の要。力をそいで見せる訳にはいかないんだよ」


そこで君だよ。

アルノー様は言った。


「君は類まれなる力を持っているのに、平民だ。

周りから確かに貴族としての力が弱まったと認識してもらえるのに、国境を守る力は衰えない。

まさに我が家門に迎え入れるには最高の人材だ」

「地位が低いけれど能力が高い女性は世の中に沢山いるのでは?」


私を迎え入れなくても、辺境伯家にとっていい塩梅になる下級貴族の令嬢はきっと沢山いる。


「君は貴族令嬢ってやつを知らなすぎる」


そうだろうか? ラウラ先生も貴族だと聞いている。


「いいか。貴族令嬢は誰もこんな辺鄙なところで生活したいと思わないんだよ」


まじめな顔でアルノー様がそう言ったので、思わずクスリと笑ってしまった。


「本当だよ!?

大体のご令嬢は一週間もすると音を上げてしまうんだよ!?!?」


必死に言うアルノー様を見てもしかしたら本当のことなのかもしれないと思う。

とにかく、家として私の様な嫁が欲しいのだという事は分かった。


やはり、恋の様なものじゃなくて、完全に打算によるものだった。

当たり前のことなのに、どこかホッとしてしまっていることに私はようやく気が付いた。


「私があなたに嫁ぐとディーデリヒ様に利益になりますか?」


最初に私の口をついて出たのはそんな言葉だった。

私の利益でもなく、目の前の人との二人の利益でもなく、それだった。


そしてその言葉を口にした後、ディーデリヒ様と見た虹を思い出した。

せめてあの人に何か恩返しがしたい。


けれど、その方法は何も思い浮かばない。



「へえ。ふーん」


アルノー様は面白そうに笑った。


「君が気になるのは、そこな訳」


ニヤニヤと笑いながらアルノー様が私を見た。

何が面白かったのか彼は上機嫌になって目の前の紅茶を一気に飲み干していた。


「うーん、そうだな」


それからアルノー様は少し考えてそれから「水魔法士の地位向上に協力してあげることはできるよ」と言った。

それは、多分ディーデリヒ様が一番に望んでいることだと知っている。


自分が抱えている水魔法士が正当に評価されることをいつも彼は望んでいた。

最初に私がおしつけられた時だって水魔法士だから厄介ごとを持ち込まれることに引っかかりを感じていたことは事実だった。


本当にこの人がそれをできるのならいい話なのかもしれない。


けれど、本当にそれでいいのか……。

私はその場で答えを出すことが出来なかった。

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