辺境伯令息
「貴族と平民が結婚する方法はいくつもあります」
ラウラ先生は急に先生の顔をして私にそう言った。
「物語みたいですね」
私が答えると、もう一度ラウラ先生はため息をついた。
「とにかく、婚約者候補として扱われてしまうかもしれませんからご注意くださいませ」
ラウラさんはきっぱりとそう言って旅支度をときはじめた。
方法があるからなんだというのか私にはよくわからなかった。
少なくとも貴族同士が結婚するよりめんどくさいのだろうという事だけは私でも分かる。
それに、貴族の人に私と結婚するメリットがあるとはやっぱり思えない。
体をざっと濡れた布で拭いて、旅用の服から、室内用のワンピースに着替えた。
髪の毛はラウラ先生に整えてもらった。
窓の外を見た。
今日は霧雨が降っていた。
雨のしずくが窓の外にできた蜘蛛の巣に引っかかって薄明かりにキラキラと光っていた。
* * *
その人に出会ったのは辺境伯家に招かれた晩餐でのことだった。
赤い髪の毛ですぐに彼がこの家の令息であることが分かった。
彼はこちらを見てニコリと笑顔を浮かべた。
それから私に向かって恭しく挨拶をした。
私も慌てて淑女の礼をとった。
「お部屋は気に入ってくれましたか?」
アルノーと名乗ったその人は私に聞いた。
私が答えようとしたところで、ディーデリヒ様が「この度は我が部隊に格別のご歓待をまことにありがとうございます」と私の言葉を遮る様に言った。
普段彼はこんなことをしないので、きっと貴族の何かがあるのだろうと思った。
だから私は二人に向かって微笑んで会釈をした。
「是非、巫女様のお力について詳しくお話をききたいものです」
ワインを口にした後、アルノー様はそう言った。
私は自分の力について知っていることは少ない。
けれど辺境伯に「是非お聞きしなさい。席はこちらでもうけますので」と言われ、曖昧にうなずくことしかできなかった。
何故辺境伯家の人たちが私に興味を持っているのか、よくわからなかった。
晩餐が終わり部屋でラウラ先生にそのことを話すと「やっぱりそうなりますよね」と言われてしまった。
「なんのことです?」
私が尋ねると「だから、婚約者候補の話です。まずは交流をもってという考えなのでしょう」とラウラ先生は言った。
あの話は例外中の例外の話をしているものだと思っていた私は驚いてしまった。
そして、これからどうすればいいのか分からなくなってしまった。
ラウラ先生にそう言われて、話をすること自体を断れないのか尋ねると難しいと言われた。
婚約者候補として誰かと話すなんてしたことはない。
けれどあの晩餐の席であった赤毛のあの人が私に好意を持っていたとは思えなかった。
別に普通の応対だった。
平民と晩餐をするという時点で破格の待遇なのはわかっているけれど、それ以上の何かは感じ取れなかった。
「雨足が強まりましたね」
私の心の中の心配に呼応するみたいに雨足が強まる。
慌てて意識を集中して私の力が雨に影響しないように努める。
「辺境伯家にとって私を娶るメリットって何ですか?」
ラウラ先生は少し驚いた様な顔をして、それからにっこりと笑顔を浮かべた。
「それは直接ご令息からお聞きになるといいですわ」
ラウラ先生はそう言った。
それは聞いても失礼にはならないという事なのだろう。
「大丈夫です。
今のあなたは姿勢も美しいですし、所作も下級貴族であれば似たようなものです」
だから心配しないで話を楽しんできてください。
そう私を安心させるようにラウラ先生は言った。
私の頭の中にディーデリヒ様に相談した方がという気持ちがよぎったけれど、一体何を相談すればいいのかと思いなおしてやめた。




