辺境伯領
* * *
しばらくお屋敷で勉強して、その次に行くことになったのは辺境伯領だった。
出発前、ラウラ先生に「ずいぶん成長しましたね」と言われた。
それは多分体のことも含まれていて、私の手足はこの数か月でずいぶんと長くなった。
背丈が前よりも高くなったことで見える景色が少し変わった気がする。
関節が痛いのは“成長痛”という事を知った。
体が女性になってくるのを感じた。
子供だった私が少しずつ大人になっていく。
何も選ぶことのできない子供だった私がここで一緒に過ごしてくれる人たちと大人になる。
呪われた子供だった私は、雨降りの巫女として大人になるのだ。
大人としてみんなの役に立つのだ。
「意気込まなくても大丈夫だよ」
そう、ディーデリヒ様は言った。
意気込んでる訳じゃない。
ただ、私のことを呪いの子扱いしなかったここの人たちに、雨を降らせることしかできない私を必要だと言ってくれた人たちに恩返しがしたいだけだ。
だから、私は頑張りたい。
辺境伯領は岩山が目立つところだった。
隣国と接する街道がある要所だと習った。
今ここを治める領主は建国の際公爵位を賜ったが後の政変で辺境伯という地位を得ている。
この国で辺境伯は侯爵と同じ地位とされている。
実質地位が落ちてしまった状態だが武を重んじる家門である辺境伯家はそのことにあまり気にしていないという。
実際ディーデリヒ様を屋敷に招き入れている姿に卑屈さも逆に見下しも何もない。
赤い髪の色が印象的な辺境伯とプラチナブロンドが美しい夫人は魔法士達にも専用の宿舎を用意してくれていた。
私もそちらに向かおうとしたところで夫人に呼び止められる。
「あなたが巫女様ね」
見た目は儚い御伽噺のお姫様といった見た目の辺境伯夫人は口を開くとその印象が薄れるようだった。
「様だなんて、そんな」
相手は高位貴族の奥方様だ。
私の様な平民を様付けで呼ぶなんて普通じゃない。
「まあ!謙虚な方なのね!!」
嬉しそうに笑うと「あなたの部屋はちゃんと別に準備してあるの」と言った。
今回は一緒に来てくれているラウラ先生をちらりと見ると静かにうなずかれた。
夫人の親切に甘えた方が良いようだった。
用意された部屋は若い女性が好みそうなかわいらしい部屋だった。
「これは、婚約者候補用のお部屋なのでは……」
二人きりになってからラウラ先生がそう言った。
ラウラ先生が、私の侍女だと名乗ってここに付き添ってくれた。
「婚約者候補?」
貴族の婚約は家が決める。
そうでない場合パーティなどで知り合うことが多い。
それ以外には貴族が通う学園での縁も多いと教わった。
婚約者候補用の部屋なる存在は、その中のどの話でも教わらなかった。
辺境伯家の領地は王都から離れているため令嬢と顔合わせをするのが難しい。
そのため辺境伯家では婚約者候補を招いてしばらくこの屋敷で過ごしてもらい、婚約をするのかを判断するらしい。
この領は国境守護の要。そこを守る辺境伯家への配慮と、王都から離れた暮らしを令嬢ができるか見定めるために行われる。
ラウラ先生は説明してくれた。
「へえ」
私が知らない知識にそう言うと、ラウラさんは「なんで落ち着いているんですか!!」と言った。
それから私をじっと見ると「貴族年鑑の内容はちゃんと覚えてますか?」と聞いた。
「覚えています」
魔法士の皆さんとどこかに呼ばれた際に貴族の特徴は覚えておかねばならない。
そのためこの国の貴族は勿論近い国の貴族については覚えることになっていた。
「辺境伯家の跡取りについては覚えていますか?」
「はい。今年二十二になるご子息がいらっしゃるはずです。
ご当主と同じ赤い髪が特徴と聞き及んでおります」
私がそう答えると「それを知っててなんで慌てないんですか!?婚約者にされちゃったらどうしよう!ってなんでならないんです!?」とラウラ先生は言った。
ラウラ先生は慌てすぎだ。
「だって私平民ですよ?」
それも孤児の。
貴賤結婚について書かれた物語を読んだことがある。
あれはメイドだったけれど、逆にメイドだったからこそ物語でも貴賤結婚が成立できたのだ。
貴族のお屋敷にメイドとしては入れる位の容姿と家柄、それに教養があったからこそ成立する話だ。
「私には関係ないですよ。
むしろ、ラウラ先生の方が……」
私がそう言うと、ラウラ先生は驚いた顔をして私を見た後ため息をついた。
「普通、わざわざ苦労をするような選択を人はしないものです」
わざわざ貴族が孤児を娶る様な苦労はしない。
そんなこと位私でも分かる。




