戦場での出会い
また移動をした。
帝都は雨が降りやまなかったので潮時だったのかもしれない。
特にここを離れるために挨拶をすべき人もいない。
相変わらず少ない荷物をいつもの様にカバンに詰めて、案内役の軍人に言われた通り馬車に乗った。
今日も見上げた空には厚く雲がかかっていて、しとしとと雨が降っていた。
あの女の人は見送りに来なかった。
* * *
研究所の次は前線だった。
「究極の雨女だって!?」
この場所の責任者らしき人が変な声を出した。
彼が見ているのは研究所から渡されたであろう書類だ。
国境付近は開発が進んでおらず森がうっそうとしている。
その間にテントの様なものをたてて簡易の事務所として使っていた。
その中で訝し気に頭の先から足の先まで眺められる。
私の呪いを私自身が証明する方法はない。
私はこういう時ただ、うつむいていることしかできなかった。
テントの外は霧雨が降っている。
「閣下の判断を仰ぐ」
こんな少女を何故……と言いながらその人は私にここで待つように言ってテントを出て行った。
責任者らしき人が連れ帰ってきたのは、キラキラと輝く銀髪が印象的な人だった。
美しい銀髪は私の黒茶の髪と違って、美しく輝いている。
彼の蒼い瞳が私を見つめる。
「私はザクセン公、ディーデリヒと申します。あなたは?」
「あ、あの、ユイと言います」
平民でも家名がある人間はいる。だけど孤児である私に家名はない。
私を生んでくれた人が私を捨てたときに家名は伝えられていないと聞いた。
だから、私はただのユイだ。
「おいくつですか?」
「今年で十五になりました」
銀色の人を連れてきた責任者らしき人が息を飲んだ。
銀色の人はふむ。となにかを考え込んでいるようだ。
「今まで、孤児院を転々としていたのは本当かな?」
「はい」
「それで、帝都の研究所に来た」
「はい」
銀色の人は一つ一つ、かみ砕くみたいに優しく今までのことを確認した。
それから銀色の人、ディーデリヒ様は研究所から渡された書類を確認した。
「おそらく、君は雨雲を呼ぶ体質なのかもしれないね」
優しい声のままディーデリヒ様は言った。
そんなことを言われるのは初めてだった。
「私の呪いについては、何もわかってないです」
うつむいてそうディーデリヒ様に答える。
「そうだね。じゃあ試してみようか」
「へ?」
思いもよらない言葉に思わず変な声が出る。
試すと言われても意味がわからない。
この前までいた研究所でもそんな簡単に何かを試したことは無かった。
何をしてもずっと雨が降っていた。
「私の仮説が正しければだけど」
そう言ってディーデリヒ様私をしっかりと見た。
「君は雲一つない青空を見たことがあるかい?」
そう聞かれて首を振る。お天気雨の日青空を見たことはあるけれど、ぬけるような青空はお話の中でしか見たことがない。
「それを見せてあげられるかもしれない」
ディーデリヒ様は私にそう言った。
ディーデリヒ様は彼が名乗った通り偉い貴族様なのだろう。
彼は軍服を着ていたけれど他の人と少しだけ違うデザインの物に見える。
ディーデリヒ様は何事か、周りに指示を入れると、研究所の人に「彼女は確かにこちらでお預かりいたします」と言った。
「それじゃあ、行こうか」そう言って私に向かって腕を伸ばしてくれた。
彼の手を取ると彼は走り出す。
その勢いのまま二人の体がふわりと浮かぶ。
それが風魔法の一種だという事はすぐにわかったけれど魔法をまじかに見るのは初めてで怖いと思ってしまう。
体が硬くなる。だからだろうか、一瞬バランスを崩してしまった。
「おっと」
そう言いながらディーデリヒ様は私を抱える様に抱き寄せる。
彼が貴族だからだろうか、若葉の様ないい匂いがした。
私が恥ずかしがっているとすぐにあたり一帯を見渡せる高さまで彼は飛んできてしまった。
見渡した先には森が広がっている。
しとしとと雨は降り続いていた。私とディーデリヒ様にも降り注いでいる。
私がそれに罪悪感を抱いていると「さあ始めるよ」とディーデリヒ様は言った。