帰途
ヨイヤミさんが去って何日か後、討伐予定がすべて消化されたと聞いた。
水魔法士がとても活躍したという話をディーデリヒ様から聞く。
「おめでとうございます」
私が言うと、「あなたの活躍の話だよ」と返された。
よく意味が分からなかったけれどこの地に降り続ける雨は彼らの役に立ったらしい。
ディーデリヒ様は私に向かって笑いかけた。
それから「凱旋パレードがある」と言った。
「おめでとうございます?」
パレードがおめでたいものなのかよくわからなかった。
「あなたも出るんですよ」
ディーデリヒ様は当たり前の様にそう言った。
パレードに私が出るの意味が一瞬分からずそれから少しして、ようやく意味が頭の中に入ってきた。
「え?」
「当たり前だよ。今回の功労者は“雨降りの巫女”なんだから」
ドレスを用意しておいてよかったねえ。とディーデリヒ様はゆったりと言った。
「勿論俺も一緒に出るから」
大丈夫、馬に引かれた専用の舞台の上で手を振るだけだから。
そう言われた気がしたけど、私はそれどころじゃなかった。
そんな大勢の人の前に立ったことは今まで一度も無かった。
だから、どうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。
* * *
帰りの馬車ではパレードの事前打ち合わせをしていた。
私の支度は帝都でラウラさんがしてくれるらしい。
しばらく離れていただけなのに、その名前に懐かしくなる。
和やかにディーデリヒ様と話していたと思う。
だから、それは突然起きた。
最初に聞こえたのは馬のいななく音だったと思う。
それから聞こえたのは警告を表す笛の音だった。
その笛の音が聞こえた瞬間、ディーデリヒ様の様子が変わる。
馬車が急停車した。
ディーデリヒ様はその瞬間私をかばう様に抱き留める。その次の瞬間勢いよく止まった馬車の衝撃が来る。
「馬車から絶対に出ないように」
外のざわめきが大きくなっている。
ディーデリヒ様は厳しい顔をしたまま、外に飛び出した。
私は馬車にある小さな窓から外をうかがった。
すっぽりとフード付きの外套を着た人間が何人も車列に襲い掛かっているのが見えた。
ひゅっ、という自分の息をのむ音だけが馬車の中に響いた。
何か私にできることは……。と考えてしまう。
ディーデリヒ様が叫ぶように指示を出している。
誰も怪我をしなければいいけれどと思った。
私の不安な気持ちに呼応したのだろうか。雨が強く降り始める。
外を見ると雪の結晶がふわふわと浮いている。
私の神気が広がっているのかと思ったけれど、これは違う。
ディーデリヒ様の魔法だと気が付く。
一気に冷却された雲なのか雨粒なのかが雪の様な結晶になってキラキラと輝いているのだと気が付く。
あの青空の時に見た彼の魔法はまだ彼の能力の全てではなかったのだと悟る。
雪の結晶は小さな指先ほどの氷の塊にすぐに変わる。
それが小さな刃になって襲撃を仕掛けてきたローブの人たちに突き刺さっていく。
数百、数千を超えた小さなけれど、密度の高い氷の刃がディーデリヒ様の操った通りの軌道を描いて襲撃者に襲いかかっているのが分かった。
次々と倒れていく襲撃者たちを他の魔法士達が拘束していく。
気が付くと、かなり一方的な状況になっていた。
襲撃を諦め撤退をしようとする敵を逃すまいと魔法士達が水の壁を作って防いでいる。
ディーデリヒ様は逃げられなくなった襲撃者を氷の刃でけん制しつつもすべてとらえた。
鮮やかな戦いぶりだった。
馬車に戻ってきたディーデリヒ様はジャケットを脱いでいた。
多分それはきっと血で汚れてしまったからだという事は分かったけれど、私はあえてそれを口にはしなかった。
ディーデリヒ様からも「もう心配はない」という言葉以外、今外であったことについては何も言われなかった。
私は軍人ではない。魔法士でもない。
彼と共有できるものがあまりにも少ないのだと気が付く。
けれど、私に何をたせば彼と共有できるものができるのかはよく分からない。
「守ってくださってありがとうございます」
他に言えることが何もなくて、私はそう言うと出発し始めた馬車から外を眺めた。
戦いは終わったのだから、少しでも雨量が少なくなることを祈って。
* * *
久しぶりに見たディーデリヒ様のお屋敷は、ひどく懐かしく思えた。
それからバタバタと凱旋パレードの準備をして、私は髪を結われ化粧をされ、あの巫女用に準備された美しいドレスに袖を通した。
パレードは少しでも雨が降らなければいいなと思った。
できればお天気雨がパラパラとするくらいがちょうどいい。
けれど、まだ私は雨をそこまで調節することはできない。
特に今いる場所ではなく、移動する途中の場所となるととても難しい。
水の魔法士の中には天気図を読める人もいるらしい。
ある場所の天候によって別の場所の天候も左右される。
私もそういうものを見極められる力が欲しいと思った。
一体どこに雨を降らせれば別の場所に影響があるかなんて、私は考えたことも無かった。
ただ、見渡す景色がいつも雨だという事ばかり考えていた。




