止まない雨
私から見える景色はいつも雨だった。
私の名前が何故、ユイというのか私自身知らない。
私を産んだ人と暮らしていた時期はあった。
物心が付いた後も何度も引っ越しをしていた記憶もある。
多分母親は限界を迎えてしまったのだろう。私を捨てて彼女は去った。
それから私は孤児院を転々としている。
孤児院は良いところも悪いところもあった。けれどそのどちらも長居することは出来なかった。
私のいるところは常に雨が振り続ける。
雨が振り続ける場所は地盤がゆるみ川が氾濫する。
私のいるところは常に災害の危険が高まった。
誰かが『彼女は呪われている』と言った。
私はその通りなのだろうと思った。
何度か、魔法士としての力が暴走しているのではないかと役人や軍人が彼女を検査しに来た。
魔法士は貴重な存在だ。
奇跡の様な力をつかえるし、何より兵士として働ける。
私もその力がなんらかに作用しているのでは? と考えられて何度も検査を受けたが答えは否。
魔法士としての力は私には無かった。
魔法という力に依らず私の周りには常に雨がふっているらしい。
私は呪われた存在として爪はじきものだった。
親がいた記憶もうっすらとしかないけれど、私を疎んでいた事だけは分かる。だから私は捨てられたのだから。
孤児院を転々としながら私はずっと一人ぼっちで過ごした。
その孤児院にある日突然あらわれた人はとても背が高く、そしてとても疲れ切った顔をしていた。
彼は軍服を着ていた。
帝都の近くの孤児院にいたときに行進をしているときに見たことがある気がした。
ただ、それよりもずっと簡素なデザインだけれど、似たものを着ていた。
その人は私を観察するように見ると、「本当に雨を降らせる力があるのか?」と聞いた。
そんなことは私が知りたい。
私はその人に会うために通された応接室から窓の外を見た。
窓の外は今日も小雨が降っていた。
その人も外を見た。
「晴れ間を見たことは?」
そう聞かれ「天気雨の時には」と答える。
けれど、どんな時も私から見える風景のどこかはいつも雨が降っていた。
その人はうなずくと「実験に付き合ってもらう」と言った。
それはまるで物に言っているみたいに聞こえた。
孤児院の院長がこの人と私を応接室に通したという事は、これは“決定事項”だ。
次の孤児院に送り出されるように私はその人とともに、実験をすることになった。
連れてこられた場所は研究所の様な場所で、そこでは女の人と一緒に行動をした。
女の人はもしかしたら私の親と同じ年位の人なのかもしれない。
研究所には魔法が使える魔法士の人が沢山いた。
魔法はこの世の理を強化して行う奇跡の総称だ。
火魔法や水魔法、風魔法、土魔法と色々ある。
私の近くにいつも雨が降っているのは、水魔法か風魔法が暴走したのではないかという仮説の元以前帝国の魔法局の役人を名乗る人が調べに来たことがあった。
けれど、私のこれは魔法によるものではないと結論づけられた。
単なる偶然だという人と、これは呪いだという人。どちらが正しいのか私には分からない。
研究所の人はまず魔法局の人と似たような検査をした。
それからいくつかの“実験”を始めた。
相変わらず窓の外は毎日雨が降っていた。
* * *
その日いつもの女の人は少しだけイライラしていたと思う。
毎日の様に雨ふりだからだろうか。
風魔法が使える魔法士が大忙しだと研究所の食堂で誰かが言っているのを聞いた。
貴族のお偉いさんがという噂話も聞いたけれど、それが本当の話なのか私には知るすべがない。
毎日魔法が込められているという紙を体に貼られたり、何かの反応を見るためなのか体を動かしては何かを測定されたりという事が多かったけれど、何かが分かったと聞かされたことはない。
「あなた、私のこと馬鹿にしてる?」
その人は私に向かってそう言った。
私は言っている意味がよく分からなかった。
この人が私の何を調べているのかさえも私には何もわかっていないのだ。
「まさか……」
私はそう答えた。
そうしたらその女の人は舌打ちをした。
それから「あなた、これから前線送りになるのよ」と言った。
前線。最初言葉の意味がよく分からなかった。
「軍よ。軍隊も分からないの?」
女の人はそう言った。
「水魔法を使う、魔法士の部隊があるのよ。あなたがいれば水に困ることはないでしょ?」
だって、ずっと雨が降ってるんだものね。
その人はそう言って、私を馬鹿にするように見た。
私は彼女の言っていることがおぼろげにしか分からなかった。
この国の国境付近には魔獣が沢山でる。
生息地があるのではなく瘴気だまりから魔獣はわいて出てくると言われている。
それを軍が討伐していることは知っている。
彼女が言っているのはその前線なのだろう。