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正しいはズレていた

 雪が降ってきた。

 一月が近づくにつれて、外はどんどん寒くなる。

 それはまるで借金だらけ俺の心の中のようで。

 

 ここに来るといつも思い出してしまう。

 彼女……姉さんのことを。

 そう、あれはちょうど一年前くらいの出来事だった。


 一年前。

「関東地方では三日連続の大雪が……」

 都内のビルから映し出される画面では、先ほどから天気予報が続いている。

 

 雪は積もり、高さを増していく。


 そんな中、一人暗いオーラを放つ人物がいた。

 俺だ。

 それもそのはず。

 昔からやっていた、配信の仕事は"あの出来事"によって引退し、新しく入った仕事ではミスしてばかり。

 家族の借金を背負いながら、狭い滞納したアパートに一人寂しく暮らしているのだから。


 この時間帯の駅は混雑していて、部活を終えた中学生、仕事帰りの、俺を含めた社会人など。

 老若男女が集まる場所だった。

 

 電車が来る。

 この頃には、もうどうでも良くなっていた俺は、勢いに任せて……。


 線路に身を投げた。

 

 あぁ、死んだな……。


 雪はいつの間にか止んでいて、空には星々が輝く。

 俺の視界が黒く染まる。

 そして。

 

 え……?


 目の前には白い壁にテレビ、ふと横を見ると……。


「……姉さん?」

 

 信じられないことにそこには姉がいたのだ。

 そしてその姉は……一年前に死んだはずなのだ……。

 

 さらに一年前。

「はい! じゃあ今日もゲーム実況を始めていきたいと思いまーす!」

 声を張り上げて、マイクに語りかける。

 俺、花原 菜々はいわゆる配信者だ。

 

 今日も続々とスーパーチャット、通称スパチャが飛んでくる。

 

『ねみさん! 今日も頑張ってください!』


 ねみというのは俺の活動名だ。

 

「お、スパチャありがとー! 大事に使わせてもらうね!」


 スパチャ。

 端的に言えばお金貢ぎだ。

 こうして、配信者は稼ぐ。

 中でも俺は自分で誇れるほど上位で、トレンドはもちろんのこと、同接一万人誇るトップクラスである。


 だが、人気者にアンチはつきものだ。

 ツウィッターなどで暴言を吐く奴らに、日々、俺は気が滅入っていた。


 一時間ほどして配信が終わり、俺は隣の部屋へ向かう。

 そこにはアイスを食べながらスマホをいじる姉さんがいた。


「姉さん。配信終わっ……」


 声をかけようとすると……。


「ひぃ!!!!」

 

 俺の声を遮り、姉さんは叫ぶ。

 そして、スマホを隠した。

 

「……姉さん?」

「あ、あぁ……菜々か……。お疲れ様」

 

 姉さんは汗をかいているようだった。

 

「大丈夫?パソコン空いたよ」

「あ、りょーかい」


 そう言って、姉さんはさっきまで俺が配信していた部屋へと向かう。

 家にはパソコンが一台しかない。

 なので、配信のときは俺が使い、それ以外は姉さんが使うという交代制なのだ。

 姉さんには配信者をしていることは言っているが、その詳細は話していない。

 この世界、どこから情報が漏れるかわからないからな……。

 

 そして、事件が起きた。


 俺はスマホを開いて、ツウィッターを見る。

 

「今日のトレンドは……」


 ……!

 一瞬、目を疑った。

 

 〈トレンド一位 ねみ、配信切り忘れ〉


 俺は慌てて自分の配信を見る。

 そこには……姉さんが映っていた。

 

 (やばい……!)


 俺は慌てて自分のスマホで配信を切る。

 

 そしてその日は姉さんに泣きながら謝罪をして終わった。

 事情を話すと姉さんは、

 「なんだそんなことか! 平気だよ平気!」

 と、気楽そうにしていて言い出せなかったが、俺はこのあと何が起こるか、だいたい想像できていた。


 案の定だった。

 アンチメッセージが大量に来ている。

 やはり、世間一般では彼女だと間違えられているようだった。

 もう、活動休止をせざるをおえない状況。

 手遅れだ……。


 だが、そんな状況でも、いつも姉さんは笑いながら俺を励まし、応援してくれた。

 

「大丈夫だよ! 私は何も困ってないから」

「本当に……ごめんなさい」 

 

 そして励まされるたびに、俺は泣いていた。

 その中には姉さんに対する申し訳なさと、嬉しさと、たくさんのアンチコメントの悲しさ、辛さ……。

 色々な感情がありつつも、やはり、辛さが勝っていた。


 そんなこんなで騒ぎが収まりつつある時、そろそろ活動を再開しようと言う時期に更なる事件は起きる。


 姉さんが、自殺した。

 電車で、飛び降りだった。


 後でわかったことだが、身元がバレた姉さんは、あの後様々なトラブルに巻き込まれていたらしい。

 ストーカー、俺の何倍もの嫌がらせコメントなど……。

 あんなに笑顔だったのに……。

 もう俺の中には絶望しかなかった。

 俺のせいで死んでしまった姉さん。

 それなのに、そんな姉さんの励ましの言葉で、少しでも嬉しみを感じた自分が情けなく思えて。

 そんな中ただ泣くことしかできなくて。

 俺は活動を引退した。

 

 そして一年後の今。

 俺は自殺した。

 いや、しようとした。


「姉さん……? 姉さん……!」


 姉は正面を向いたままだ。

 久しぶりに見た姉さんの顔はなんの感情もなさそうで、でも、悲しそうにも見えた。

 

「どうして……! どうして姉さんが!?」

 俺は喋りながら、大粒の涙を流す。

 すると姉さんが口を開いた。


「神様が許してくれたんじゃないか? お前の最後に私が見られるように……」


 そんなどこか冷たい姉さんに俺は泣きながら何も言えなかった。

 続けて姉さんが喋り出す。


「だが、死なせない。お前を……醜いこの世に取り残してやる」


「え……?」


「お前のせいで……! お前のせいで私は死んだんだ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の涙は嬉しさの涙から、悲しみの涙へと変わる。


「俺……、姉さんに言いたかった……。本当に……ごめんなさい」


 頭を下げたいが、なぜか俺は下を向くことしかできなかった。

 体が……動かない。


 すると、視界が歪み出す。

 駅の黄色い点字ブロックがうっすら見え出す。

 俺の脳が現実に戻る直後。

 姉さんは言った。


「許さない」


 俺は、さらに大粒の涙を流しながら……。

 現実に戻った。

 

 確か俺は……飛び込もうとして……。

 まだ頭がぼんやりする。

 とりあえず今日は帰るか……。

 そしてその日はなんなく終えた。

 

 その一週間後。

 最近仕事のミスが多くなり、俺はクビになっていた。

 もう本当にどうでも良くなっていた。

 その日は俺の心とは裏腹に明るい、暖かい日だった。

 まるで俺を煽るかのように。

 

 気がつくとまた同じ駅に来ていた。

 昼間だからか人が少ない。

 死にたい。

 本当に死にたい。

 ここにいる奴ら全員を困らせてやりたい。

 そんな思いの中。

 もう一度……姉さんに会いたい……。

 

 電車が来る。

 少し、死ぬ怖さもあったが、俺は迷いなく。

 線路に飛び込んだ。


 前回と同じ場所。

 隣には姉さん。

 まさか本当にこうなるとは……。


 姉さんが口を開く。

「なんでそんなに死にたがるんだお前は……」

「姉さんに言われたくないよ……」


 死にたいのに生きさせてくる姉さんに少し腹が立ち始めた。


「早く成仏しなよ……」

 俺は言う。


「お前のせいで私は死んだ。お前に復讐しなければ私は成仏できないだろ……」


 室内に嫌な空気が流れ始める。


「お前はこの世で一生苦しみ続ける」


 俺はそれを言われて泣かなかった。

 俺が姉さんを苦しませていたから。

 それを受け止めることにしていた。

 心のどこかで、そう決めていた。


 だが……その時すでに俺はまた泣いていた。

 それは姉さんに対してではなく、本当に死にたい時に流れる涙だった。


「もう……嫌なんだ……。姉さんのいない世界なんて……。もう……」


「そうか……」


 姉さんは同情の顔も見せずに俺に言った。


「ならもういいよ」


 俺は現実に戻る。

 俺の体は宙に浮いていた。

 と言うか……落ちていった。

 線路に。

 

 あぁ、これでやっと……。


 ………………。


「やっぱり……死なないで……」


 どこからか声が聞こえる。

 姉さん……が泣いている声だ。


 俺は再びあの部屋へ戻る。

 体は自由に動けるようだ。

 そこには泣き崩れた姉さんがいる。

 そして次の言葉で、俺は今までにないくらいの涙を流すのだった。


「私ね……、あなたのアンチだったの……」

「……え?」

「ねみがあなただったなんて知らなくて……騒動の後初めて知って」

「言ってくれたらよかったじゃん……! 俺は姉さんがアンチでも受け止めるよ!」

「私はあなたにたくさん悪いこと言ったのに……今更助けなんて求められなくて……。本当にごめんなさい……」


 泣いた理由は姉ちゃんがアンチだったからじゃない。

 姉ちゃんが俺のアンチだったせいで苦しんでいたと言うことだ。

 俺のせいで……。


「私が成仏しないのは、あなたに謝りたかったから……。本当にごめんなさい……。こんな世界に取り残して……ごめんなさい……」


 姉さんは俺を座ったまま抱きしめる。

 

「俺の方こそ……こんな世界で生きさせてくれて……ありがとう……」


 俺は今まで秘めていた気持ちを吐き出した。


「怖かった……」


 そして、嗚咽した。

 

 姉さんの体がが透け始める。

 神様はきっと、俺の最後に姉さんを見せたんじゃない。

 いや、そうかもしれないが、他にももっと理由があるんだと思う。

 姉さんのために俺を見せたんだと思う。

 

 成仏していく姉さんの顔は笑っているようで、寂しそうでもあった。

 まるで、死ぬのが惜しいかのように。


 現実世界。

 目の前には電車。

 やばい……このままではひかれる……!

 俺は……生きたい……。

 誰か……助けて……。

 腰が抜けて、体が動かない。


 キイィィィィィィ!!!

 

 という聞くに耐えない音を立てて電車が止まる。

 駅員たちに睨まれながら上に引き上げられ、俺は崩れ落ちた。

 はぁ、今日は何回泣くんだ。

 また泣いてしまっているじゃないか……。


 何人かの人だかりができている……。

 すると、その中から一人女の人が出てきた。

 そして、そっと、俺のことを抱きしめる。

 気のせいか、その人が、少し姉さんに似ている気がして……。


 誰かわからないその人に、俺は泣くことしかできなかった。


 肩が小刻みに揺れる。


 するとその人は言った。


「大丈夫……大丈夫」


 なぜか俺はその言葉に安心してしまった。

 俺はさらに嗚咽する。


 俺は姉さんに会えてよかった。


 こんな世界でも俺を生かしてくれたから。


 ずっと姉さんに会いたかった。


 それに、姉さんの最後が僕でよかった。


 きっとそれ以外は姉さんの望んだ死じゃないから。


 きっとそれが正しいから。


 現在。

 多額の借金を抱えた俺は、今日もバイトをしている。

 就職先はまだ見つかっていない。

 でも、そんな中でも生きていられるのは姉さんのおかげなんだよな……。

 

 そんなことを考えていると……。


 キイィィィィィィ!!


 あのけたたましい音と共に電車が急停車する。


 ホームには駅員に囲まれた、泣き崩れた中学生くらいの男の子がいた。


 その瞬間俺はそこへ向かって走り出す。


 そして、思いっきり抱きしめた。


「それは君にとって、本当の正しいかい?」


 姉さんの正しいはきっと僕を最後に死ぬことだった。


「死んだらやり直しきかないんだからさ、生きてみようよ……」


 俺の正しいは姉さんを救うことだった。

 つまり俺たちの正しいはズレていたんだ。


「君にとって、死ぬことが正しいのであれば、俺は止めないからさ」


 つまり俺は正しいを実行できなかった。


「本当に正しいがわかるまで、待ってみようよ」


 俺は今でも後悔している。

 

 少年の涙が引いていくのを感じると共に、俺の視界が歪む。

 

 その日は晴天で、雲ひとつない、清々しい日だった。


 

 私は今、路線に飛び降りようとしている。

 決心はついた。

 ずっと我慢していたけど、もう限界だった。

 そして、飛び降りた。

 せめて、最後に……弟に会いたかった。

 会って言いたかった。

 ごめんねって。


 電車が近づくにつれて、私は恐怖を感じ始めた。

 死への恐怖が。


 やっぱり……死にたくない。


 一人の女の人がこちらに手を伸ばす。


 私もそっちに手を伸ばす。


 だが、届かなかった。


 視界が暗くなり、体を激痛が襲う。


 気がつくと、私は白い部屋にいた。


 そして、隣には……弟……?


 何を言われたわけでもないのに、私は直感的に弟がどうやってここに来たのかが分かった。

 

 (菜々には、本当に迷惑かけたよなぁ)


 私の励ましが、弟を傷つけていたのなら。


 大丈夫。


 お前は絶対に死なせない。

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