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僕の先輩の古時計

作者: 海苔子

勉強しないとやばいので、一週間に一回、金曜日に更新します。お暇があったらちょこっと見てください。毒舌な方をお待ちしてます。

 秋が近づいた。いつもは気温でしか感じることができないはずなのに、今年は色が教えてくれた。

 薄っすらとオレンジに染まるセンダンの葉を見ながら老山(おいやま)並木(なみき)はそう思った。

 春に買ったばかりの学校用のスリッパは底がもう擦り切れ始めた。委員会で歩き回っているからだろうか。他のクラスメイトよりも摩耗スピードが随分早い気がする。

 

 4月に嫌々ながら入った「安全委員会」で新入りの老山には簡単な役職が与えられた。それが「校内安全点検係」だった。仕事の内容は月・金の放課後三十分、チェック項目に書かれた備品や設備を点検しながら校内の様子を記録する、というものだ。ただ歩き回るだけなので単純作業な上に他の係に比べれば仕事量はかなり少ない。

 だが人間はある程度慣れてくると次第に「飽き」が来てしまう。

 老山はこの単調な巡回ルートに、段々自分の人生に似たつまらなさを感じ始めていた。


「毎週毎週、異常なし。まあ異常があったらあったでそれは面倒だけど。もう少しこう、変化が欲しいよな。……スリッパの底以外で」


 誰もいない薄暗い廊下を歩きながら、はぁと老山がため息をつく。


 一階の奥にある資料室の鍵を確認も終わり、これで老山の持っていたチェックシートの項目全部が埋まった。後はこれを委員会に割り振られたボックスに入れるだけだ。部活に入っていない老山は、それを終わらせたらそのまま帰ろうと思っていた。

 忘れ物に気付いたのはシートをボックスに入れ終わった後、玄関までの廊下を歩いていた時だった。


 腕時計がない。


 何もつけていない左手首を見つめながら老山はどこで時計を外したかを思い出していた。

 二階から一階に下りた時はまだ、自分は時計をつけていた。一回、時間を確認したのでそれは間違いない。ということは自分が外したのは一階に下りてからだ。しかし、時計を外した覚えは全くない。ということはベルトの不具合か何かで知らぬ間に落としてしまったのだろうか。だとすれば一階の巡回ポイントをもう一度回らなければならない。


 面倒臭いなぁ。と思いながら老山は取り敢えず実験室へと向かった。


 しかし、実験台、用具入れ、入口出口を隈なく探したが時計は見つからない。その後も空き教室や家庭科室も探しに行ったがやはり腕時計は落ちてなかった。勿論、職員室の落とし物ボックスも確認したが、中にあったのはぐしゃぐしゃになったプリントや、栞の挟まった本だけで老山が探している物はなかった。

 普段の老山ならここで「諦めるか」となるのだが、あの腕時計に関してはそうはいかなかった。あれは老山の中でも数少ない思い出の品だった。

 もう一度探してみるか、と老山が再び実験室の方へと向かった。二回探しても見つからない時はもう諦めるしかない。そう思っていた時だった。

 B棟の技術・工作室から一人の女子生徒が出てくるのがチラッと見えた。腰まで伸びた黒のロングヘア―にモデルのように細い手足。そしてその手の平には何やら腕時計のような物が置かれ、彼女はそれをじっと見つめているようだった。


 もしかしたら、と老山は思った。


 すぐに実験室を通り過ぎ、奥の出口からA棟を出てB棟に向かう。A棟は一年と二年の(ふた)クラス、そして実験室などの施設がある棟であり、B棟は二年のもう(ふた)クラス、そして三年のクラスと技術・工作室や音楽室があった。二つの棟の間は大体十メートルくらいで移動にはあまり時間がかからない。老山はすぐに少女に追いつくことができた。


「す、すみません! ちょっとよろしいですか」


 つかつかと歩いていた少女の背中を老山が呼び止める。意外にも身長は老山の方が上だった。恐らく彼女の顔が小さいせいで多頭身に見えていたからだろう。


「……?」


 不思議な顔をしながら少女が振り返る。彼女は一瞬、老山を見て眉間にシワを寄せた。


「なんだ? 私に何か用か」


「急に呼び止めてすみません。あの、今腕時計を持っていらっしゃいませんでしたか」


 腕時計? と思っていた反応と違ったのか少女が目を丸くする。彼女はまず左腕の袖をめくって青い文字盤の綺麗な腕時計を老山に見せた。


「これのこと、じゃないよな」


「いえ、そんな立派なものではないのですが……」


「ああ、もしかしてこれは君のか」


 そう言って少女は上着のポケットからベルトが茶の年季の入った時計を取り出した。

 それは老山が落とした腕時計だった。


「あ! そうです! それ、僕のなんです」


 老山はほっとした顔でそう言った。


「ふーん」


 少女が手のひらに置いた老山の腕時計を見つめる。


「ベルトの金具が取れてるな。直してやろうか」


「えっ」


 見ればベルトを留める部分の金具が二つにパッキリと割れていた。きっとこれが原因でベルトが緩み老山の手首から落ちたのだろう。


「できるんですか」


「ああ。この程度なら問題ない。急ぎならすぐに返すが、どうする?」


「あ、ええっと……」


 初対面の人に迷惑をかけてよいものか、と老山が躊躇(ためら)う。だがわざわざ時計屋に寄るのも本音を言えば面倒だ。それに向こうから言ってくれるのだから、迷惑というわけでもないだろう。

 老山はお言葉に甘えることにした。



「君は安全委員会の見回りかい?」


 直った腕時計を渡しながら少女が尋ねた。驚くことに彼女は技術室に自分専用の道具箱を置いているらしく、その中から老山の時計に合った金具を取り出し、それを使って手際よく壊れた箇所を直した。道具箱の中身は一瞬しか見えなかったが、金具の他にもルーペやドライバー、小さな歯車が入った袋や長針、短針らしき物が入った袋もあった。まるで時計のために用意された救急箱のようだった。


「は、はい。今日が自分の当番の日で……。あ。ありがとうございます」


 少女から直してもらった時計を老山はお礼を言って受け取った。ベルトはしっかりと金具で留められ、夕日に照らされて銀色の文字盤が少し光って見えた。


「あ、あの僕。老山(おいやま)並木(なみき)っていいます。腕時計を拾って頂いたどころか、壊れた部品まで直してくださって本当にありがとうございます」


「なに、気にすることないよ。時計部部員としては当然のことだ」


「時計部……じゃあ、あなたが噂の瞳奈先輩なんですか」


「噂のって……まあ、部員が私一人なんだから噂になっても仕方ないか。そうだよ。私が時計部の唯一の部員にして部長の瞳奈(ひとみな)彩音(あやね)だ。よろしくな」


 瞳奈の時計を模した髪留めがキラリと光る。端正な顔立ちの瞳奈に見つめられて老山は少しドキッとした。

 瞳奈彩音は頭脳明晰で、三年とあまり関わりのない老山でも彼女の名前は知っていた。階段の踊り場でテストの成績上位者が貼りだされるからであった。彼女の名前はいつも一番か、悪い時でも三番以内に入っている。

 部員が一人しかいない理由は、単に部員を募集していないだけだった。それでは部として存続できないのでは、と老山が尋ねると、


「実は時計部は二年前から廃部が決まっていてね。去年から部員募集はしていないから、私が時計部最後の代ってわけ。しかも二年前の新入部員は私しかいなかったからね」


 と、瞳奈は答えた。寂しそうではあったが、どこか廃部になることを既に受け入れているようだった。

 そう言えば、技術室の机の上には先ほどまで瞳奈が修理していたのか、木製の古時計が置かれていた。老山の腕時計よりもかなり年季が入っているようで中にある振り子は所々朽ちており、文字盤は一から七までが読み取れないほど薄れている。中のゼンマイも錆や汚れが目立っており、素人の老山が見ても十年、二十年以上昔のものであると容易に分かった。


「それ、瞳奈先輩が修理されているんですか」


 古時計を指しながら老山が尋ねた。


「ああ。これは確かに今、私が修理している。ただ、ここまで復元できたのは実は私だけの成果ではないんだ」


 古時計の修理には、時計部発足からの歴代の部員が関わっているようだった。

 そもそも時計部の始まりは、当時の校長先生の私物である、この振り子型の時計を修理することからだったらしい。まだインターネットのようなものがなかった時代、時計に関する知識のない当時の先輩方は時計屋に技術を教えてもらったり、家からこっそり時計を拝借して分解したりしながら修理の方法や部品の仕組みを学んでいった。そしてそれらをノートにまとめ次の世代へ引き継いだ。一代で古時計の修理はできなかったものの、その古時計についての情報は着々とノートに積もっていった。


「しかし、そこである悲劇が訪れる。戦争によってノートが焼失し、古時計も粉々に破壊されてしまった。何とか当時の部員が部品を拾い集めたものの、ハッキリ言って修復は絶望的だったらしい」


 それでも先輩方は時計の修復作業に取り掛かった。勿論、専門家に頼めば容易にとまではいかないが、元に戻る可能性は自分たちがやるよりも高かっただろう。だが、この振り子時計の修理は時計部の課題として学生の力だけで着々と進められていった。


 そして遂に、二年前その課題に終わりが見えた。


「二年前、当時の部長たちが遂に古時計を修理し終えたんだ。後はアロアーラという道具でゼンマイを巻くだけ。ところがそこで重要なミスに気が付いたんだ」


 肝心のアロアーラがないことに。


「うっかりというか、気が付かなくて当然というか。いや、あれがなくともこの振り子時計が動くことは確認できたんだ。だから本当のことを言うとこの時計の修理は終わっている。私が今していたのも実はただのメンテナンスだ。だけど、先輩たちは修理が全て終わったと認めなかった。アロアーラも大切な部品の一部。それを見つけない限り、修理が終わったとは言わない。ってね」


 時計部のノートによれば十年前まではこの振り子時計のアロアーラは技術室の戸棚に保管されていたらしい。しかしそれがいつの間にかどこかへ消えてしまったようだった。

 学校にあるかどうかも分からないアロアーラを探す内に先輩たちは卒業を迎えてしまった。二年前に廃部が決まった、というのはそれが絡んでいた。生徒や先生からの時計の修理を引き受けず、宝探しのように部長、部員が校内を詮索するのを見て、顧問が廃部を決定したらしい。しかしそれだけで廃部というと、よほど熱心にアロアーラ探しをしたのだろう。例えば職員室に無断で押し入ったりしたのではなかろうか。


「そんなわけで、一人残された私だけがこうしてこの時計のメンテナンスを行い、アロアーラ探しをマイペースに進めているわけさ。来年、時計部は廃部になるけど、これは元々五十年前の校長の私物だからね。本人のいた所へ返還されるか、学校で保管されるかのどちらかになるだろうね。アロアーラがない状態で」


 最後に瞳奈が付け足した言葉からは、アロアーラ探しに対する諦めのようなものが感じられた。この広大な校内でわずか五センチほどのアロアーラを探すなど無理難題に等しかった。いや、もしかすれば誰かが家に持ち帰ってこの学校にはもうない可能性だってある。 


「僕も手伝います」


 勝手にその言葉が出たのは、瞳奈の寂しそうな姿に自分が同情したからだろうと老山は思った。


「僕もアロアーラ探しを手伝います。部員じゃないですけど、駄目でしょうか」


 机に手を置いたまま、瞳奈は驚いた顔で老山を見つめた。


「そりゃ構わないけど……君って暇人なのかい?」


「暇人て……」


 しかし言われてみれば、あるか分からないものを自分も探すと申し出ているのだ。誰がどう見ても自分は暇人だ、と老山は思った。


「いや……確かに暇人ですね。放課後何もすることがありませんでしたし、今日も家にすぐ帰ってゲームしようと思っていたんですが……でも、そんなことより、あるかもしれないものを探す方が面白そうだと思っちゃいまして」


 瞳奈の瞳が大きく見開かれる。そして「プッ」と小さく吹き出すと可笑しそうに笑いだした。


「ハハハハハ! あーあ。そうだね。確かにあるかもしれないもんね。うん。私も今までないかもしれないって気持ちで探してたけど、そんなんじゃつまらないよねぇ。やっぱり新入部員は必要だね。ずっと一人でいると考え方が固まってしまう」


 瞳奈の笑い声に老山も思わず頬を緩める。凛々しい顔つきで大人びている瞳奈であるが、笑う姿を見ると年相応の可愛らしい少女のように老山は見えた。

 瞳奈の右手が老山の前に差し出される。その唐突な握手の意味を老山は分かっていた。これはきっと、入部届けの代わりだろう、と。


「よろしくな。老山新入部員。アロアーラ探しは明日から始めることにする」


「はい。こちらこそよろしくお願いします、部長」


 二人は握手を交わしながら深く頷いた。


 不意に窓から金木犀の香りが風に乗って舞い込む。

 今年は秋の到来を匂いでも感じることができた。

 何か自分の人生に大きな変化が訪れそうな気がして、老山の胸は少しずつ高鳴りだしていた。


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