アラン2
窓辺の椅子に座り、窓から吹き込む冷たい風に一晩さらされたであろう姉は高熱を出して意識がなかった。医者の診察が終わり、ようやく面会できた姉はぐったりしていた。意識がないので薬を飲ませることもできないのだと言われた。姉の部屋に洗い息づかいが響く。
恐かった。早く目を覚ましてくれるように祈り続けた。母のように、儚くなってしまうかもしれないと思うと、恐くて恐くてたまらなかった。
丸一日以上眠り続けて、ようやく姉は意識を取り戻した。会いに行った姉は、明らかに気力がなかった。触れれば壊れてしまいそうな、儚くなってしまいそうな雰囲気が滲み出ていた。ぼうっと遠くを見つめる視線には、何も写していない。呼びかければ微笑んでくれるし、話もできる。でも、中身のない人形のようで、虚ろな表情をしていることが多かった。
ジークハルトは婚約継続を望み、それは姉にも伝えられた。
ふざけるな。そう思った。こんなにも姉を傷つけておきながら、自由にさえしない。こちらから婚約解消を申し出ればよいのに、父にそう訴えたが、姉はまだどうするか決められていないようだと言われた。
食事も喉を通らず、眠れば悪夢を見てうなされる。食べられない、眠れないで、姉はみるみる痩せてやつれていった。
あんな奴はさっさと捨てて、自分を労ってほしかった。なぜ、こんなに自分を苦しめた相手を諦めないのか、わからなかった。
花がほころぶように笑う姉は、悲しそうに痛そうに微笑むようになった。
姉が目覚めて間もなくから、あの人から花が届き始めた。メッセージカードすら受け取らないくせに、届けられた花を見て、一瞬愛しそうに微笑むことがある。
花をまとめる紙やリボンが不格好なのは、本当にあの人が手づから準備しているのだろう。
ある日、花束の包みの中から花冠が出てきた。野草や野花で編まれたそれは、お世辞にも上手とは言えない出来だった。花束の包みよりさらに不格好なそれを、姉は大切そうに胸に抱きしめてから、手元に置いて、時々柔らかい表情で触れていた。いつも届けられた花は侍女に渡され部屋へ飾られるのに、その花冠は侍女に触らせなかった。
姉の中では、少しずつ気持ちの整理がついてきているのかもしれない。でも、ぼくはあの人を許せなかった。
姉が目覚めて数日はそのまま学園を休んだ。父にはもう学園に通ってよいと言われたが、姉の側にいたかった。姉が心配だと訴えると、父は好きにしてよいと言ってくれた。
姉が起き上がれるようになり、外に出られるようになって、ようやくぼくは学園へ行った。好きにしてよいと言われたから、半日や数時間だけ学園へ行った。お茶の時間には屋敷へ戻り、姉のお茶に同席する。
あのパーティーから10日ほど経ち、久しぶりに学園へ行くと、いろんな人たちに好奇の目を向けられた。姉のことを聞くために声をかけてきた人たちを適当にかわす。
教室へ入るとクラスメイトが声をかけてきた。遠巻きにする人が多い中、以前から割と会話をしていた伯爵令息だ。労りの言葉をかけてくれた後、言いにくそうにジークハルトが毎日ぼくの教室を訪れていたことを告げられた。
日に何度もぼくが来ているかを聞き来ては、いないと知って帰って行くのだという。言伝てを預かろうとしても、あの人は断るのだと。ぼくが来たらお伝えしますと言っても、断るのだそうだ。
「わたしの浅はかさが招いた結果だから、誰かの手を借りていけない。甘えは許されない」
そう言っていたらしい。毎回の対応と気遣いへの礼も言われたと言っていた。
勝手にすればいい。姉への取り次ぎをしてほしいのかもしれないが、ぼくにそのつもりはない。
姉を傷つけたあの人を許せない気持ちは変わらない。