仕舞われた恋心
悲恋ですので、お嫌いな方はご注意ください。
暖かな春の日差しの中、私は教室で授業を受けていた。窓側の一番端っこの後ろの席は一番の特等席。いつもなら、うとうとと夢の中に入るのだけれども、今日のこの時間だけは違う。
満開の桜の木の下に、彼がいるから。
広瀬恭也、美術部の部員である彼は、いつも木曜日の4限目をさぼり、あそこにいる。私の一個上の先輩であり、大好きな人。
入学したての頃、道に迷って困っていたとき助けてもらってから、好きになってしまった。普段は無表情だから皆、誤解してしまうけれど、本当は優しい彼。だから、彼があそこにいるのを知ったとき、本当に嬉しかった。
大好きで、大好きでしかたがなかったから、いつも見ていた。助けてもらった日から、一生懸命話しかけ、仲良くもなった。最初は「広瀬先輩」って呼んでいたけど、本人に「名前でいい」って言われてから、「恭也先輩」って呼ぶようになった。でもこの間、舌がもつれちゃって「恭先輩」って呼んでしまった。怒られるかな、って思ったら、今まで1度も見たことも無い愛おしさにあふれた瞳を見せてくれた。その時、私はそれを見た瞬間、真っ赤になってしまって、その後した先輩の表情に気付かなかった。
それから、また彼のあの瞳が見たくて、「恭先輩」って呼んでいた。でも、何度か呼ぶうち、私は気付いた。
彼が私を見ていないことを。
ある時、図書館に行った私はそこで彼を見つけた。嬉しくなって声をかけようとしたら、その前に別の声が響いた。
「恭先輩、今日は何をお探しですか?」
鈴の音のように可愛らしい声の主は、顔を見ずともすぐに分かった。
近藤桜、私の同級生の図書委員。入院をしていたため、入学が遅れてしまった子だった。
「恭先輩」、この呼び方をした時、彼の見せた表情が誰を想ってか分かってしまった。彼が彼女を見る眼を見てしまったから。
私が見た以上に、愛おしさにあふれた瞳をした彼を。
彼は私を通して彼女を見ていたのだ。そしてすぐに残念そうな顔をする。私が彼女ではないから。
でも、そのことを知っても尚、私は彼への呼び方を変えなかった。さらには、彼女の髪型や仕草を真似たりもした。
それも全ては彼のあの愛おしさにあふれた瞳を見ていたかったから。
残念そうな顔を見るたび、心が痛んだ。
でも、それでも彼のあの瞳を見ていたかったから気付かないふりをした。
彼を愛おしいと思う気持ちは私の中で一生眠る。
この想いをさらけ出してしまったら、この恋は終わってしまうから…。
好きで、好きでたまらない。彼への愛しさで胸が張り裂けそうだ。伝えたい、この想いを。
愛していると大声で叫びたい。でも、彼は私を見てくれない。
彼が見ているのは、いつだって彼女。
無表情に見えるけど、瞳の奥は彼女への愛おしさであふれてる。
私が呼びかけると、こっちを向くけど私を見てはくれない。
たまに、私に彼女に向ける瞳を見せてくれる。
でもそれは、彼女と似た格好や仕草を見せたから。だけどすぐ、残念そうな瞳になる。
私が彼女じゃないから。
彼の残念そうな瞳を見るのは辛い。
それでも、彼の愛おしさにあふれた瞳が見たくて、私は彼女を真似る。
ねぇ、なんで私じゃいけないの? 私を、私を見て!
この想いを伝えてしまったら、もう彼に会えないって分かってる。
だから私は、この想いを私の心の奥底へしまいます。
心が悲鳴を上げている。 少しでも気を緩ませると叫んでしまいそう。
何で彼女なの? 私じゃいけないの?
私は心が嫉妬でいっぱいな醜い女。 彼女とはまるで違う。
それから七年後、私の元に一通の葉書が来た。『結婚式披露宴のご案内』。そう書かれた葉書には、恭先輩と彼女の名前があった。
あぁ、もうそんなに経つのか。七年前に仕舞い込んだ心が蘇ってきた。でも、それはただの暖かな思い出。
卒業後、私は学校から遠い大学へ進学した。先輩が卒業しても彼女の顔を見るたびに苦しかったから。
そこで、一人の男性に出会った。彼は、優しかった。私が心の内を打ち明けても、ただ「待っている」と言ってくれた。そうして傷が癒え、いつしか彼に引かれていった。
今はまだ婚約中だけど、来年の春結婚する。
私は丁寧に返信の葉書を書いた。あぁ、二人にあったらお祝いの言葉と一緒に報告しよう。
「私も今、幸せです」って。