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「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
ルナはキッチンを借りて自ら調理した朝食をスコットに振る舞う。
「……おぉ」
半熟卵の目玉焼きが美味しそうなベーコン・エッグとトーストが二枚にキャベツのサラダ。
そして温かい紅茶が付いたシンプルながらも大いに食欲をそそるブレックファーストだ。
「わーい、ありがとう。ルナの目玉焼きは滅多に食べられないから嬉しいー」
キャミソール姿にカーディガンを羽織ったドロシーが嬉しそうに言う。
「ふふふ、そうね。私も久し振りに作ったわ」
「……あの」
「あれ、食べないの? 遠慮しないでー、ルナの焼いた目玉焼きは美味しいよ?」
「朝食はちゃんと食べないと駄目よ?」
「何で二人がこの部屋に居るんですか?」
美味しそうなベーコン・エッグにナイフを入れる前にまず聞いておきたい事がそれだった。
「え、何でって」
「この場所は二人にはまだ教えてないですよね? 教える気もなかったですけど」
「そういえばそうねー」
「ひょっとして俺が部屋を探す時に尾行してたんですか!?」
「そんなことしないよー、する理由がないし。あ、美味しー」
「ふふ、良かった。まだ味つけは覚えていたようね」
「それじゃ、何で二人がこの部屋にいるんですか!?」
「それはねー」
「おーっす、非童貞ー! 結構いい部屋じゃねーか!!」
ドロシーが何かを言おうとした丁度その時、上機嫌のアルマがズカズカと部屋に入ってきた。
「え、あれ? アルマさん?」
「汚ねぇゴミ部屋だったらどうしようかと思ったけど、これは合格だな! やるじゃない!!」
「あら、おはようアルマ」
「あ、おはよー。珍しいね、アルマ先生がこんなに早起きなんて」
「おはよー、ドリーちゃん! んー、今日も可愛いなー! チューしてやろー!!」
「ふやぁ、やめてー。まだ朝食中よー」
ようやく手に入れた安息の場所にいつもの三人が集い、このまま老執事とメイドがやって来ればめでたく悪夢の再来である。
場所も教えていない上に戸締まりもキチンとした秘密の新家にどうしてここまで自然と上がり込んでくるのか。
「何でアルマさんまで来るんですか!?」
「えー、そりゃ非童貞の部屋だし。非童貞の部屋はあたしらの部屋だよ?」
アルマが眩しく屈託のない笑顔で放った一言にスコットは『聞かなきゃ良かった』と即後悔した。
「……」
「お、ルナの目玉焼きか。久々だなー、美味いんだよコレが」
アルマはスコットの目玉焼きを素手で摘み、そのままパクリと頬張った。
「うまー」
「あっ、スコッツくんの目玉焼きが」
「アルマ、それはスコット君のお皿よ。勝手に食べないの」
「え、だってコイツ食べようとしないし。まだもう一枚あるから大丈夫ー」
「はっ! ちょっと何勝手に食ってるんですか! 俺の朝飯ですよ!?」
「細かいこと気にすんな。もうちょっとよこせー」
「ああっ! ベーコンは駄目! ベーコンだけには手を出さないでください! ベーコンはやめてぇ!!」
「仕方ないわね、アルマの分も用意するわ。少し待ってなさい」
朝食を終えたスコットは紅茶を啜りながら食器を片付けるルナを見ながら呟く。
「ところで、何で俺の部屋がわかったんですか?」
「あ、そうそう。言い忘れてたー」
ドロシーは思い出したかのように席を立ち、スコットをちょいちょいと手招きする。
「?」
「こっちに来て、面白いもの見せてあげる」
スコットを玄関先まで案内したドロシーはふふんと誇らしげに胸を張った後、ドアノブに手をかける。
「よく見ててね、スコッツ君」
「社長、鍵がかかったままですよ。ちゃんと鍵を開けて」
ガチャッ
鍵がかかっているのにドアノブが回り、ドアを開けた先には……
「うふふ、おかえりなさいませ。お嬢様」
ニコニコ笑顔が眩しいメイドのマリアが出迎えてくれた。
「はっ?」
「彼のベッドの寝心地はいかがでしたか?」
「中々快適だったわ。家の大きなベッドとは違う適度な狭苦しさがまた良いわね」
「うふふ、それはそれは」
「え、何ですかコレ?? 何でドアが……アレ??」
スコットは混乱した。ドアの向こうにはウォルターズ・ストレンジハウスの玄関が広がっていたからだ。
「これはね、僕の家に備わってる空間連結システムのちょっとした応用よ。行きたい部屋のドアをイメージして開くとその部屋に繋がるの」
「何ですかソレ!? え、それじゃあ……」
「スコッツ君の部屋に行きたいと思って玄関ドアを開くと、いつでも君の部屋に行けるのよー」
「何でだよ、畜生ぉぉぉぉぉぉー!!」
ドロシーが誇らしげな笑顔で発した悪魔の一言にスコットは膝を付いて慟哭した。
「そういうの、そういうのは駄目でしょ! 反則ですよぉ!!」
「え、何で? スコッツ君はファミリーよ? 何処に居ても一緒がファミリーってものじゃないの??」
「俺のプライバシーは何処へ!?」
「過ぎたプライバシーの行き着く先は孤独死よ。社長としてそういうのは見過ごせないわ、社員はファミリー。ファミリーは家族。いつでも何処でもすぐ会えないと」
「思考が極端過ぎます! もう少し人間らしい思考を持ってください!!」
「僕、人間じゃないし。魔女だもの」
ドロシーは真顔でそう返す。
彼女の精神構造は常人とは掛け離れていると改めて痛感し、スコットの心は追い詰められる。
このままではストレスで胃に穴が開く……と思っていたところである疑問が生まれた。
「……アレ? ちょっと待ってください。あの家って何処からでも繋がるんですか?」
「そうだね」
「それじゃあ、あの家に繋がる【今日の道筋】は何のためにあるんです?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」
スコットが投げかけた疑問にドロシーは『待ってました』とでも言いたげなドヤ顔で説明しだした。
ファミリーの絆は絶対。某伝説的マフィアのボスもそう説いている。