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一人暮らしを始めた頃をふと思い出してこの話が生まれました。
「うー……ぐっ!」
窓から注ぐ朝日が目に入り、スコットは目を覚ます。
「……ああ、よく寝た」
今日の目覚めは実に清々しいものだった。
13番街区で借りた部屋の住心地は快適そのもの。ここしばらく感じていなかった安らぎと自分の時間を持てるという素晴らしさにスコットは思わず笑顔になる。
そして何よりも大きいのがドロシー含めたウォルターズ・ストレンジハウスの面々から自由になる時間を持てるという点だ。
「あー、やっぱりいいなぁ。一人暮らし。素晴らしいよ、一人暮らし」
別に彼女らが嫌いなわけでもないのだが、流石に四六時中一緒にいるのは精神的に堪える。
強大な悪魔の力を宿していても、まだまだ常識的な感性が抜けていないスコットに常識が裸足で逃げ出すドロシー達は文字通り劇物だ。
こうして心が休まる一時が確保出来るだけでもかなり違ってくる。
「よし、久々に自分で朝飯作るか!」
ここ数年で一番の笑顔になりながらスコットはベッドから降りてぐぐーっと背伸びをする。
「あ、いてっ……いててて……!」
そして感じる背中と腰の痛み。だが今の彼にはその痛みすらとても心地よいものだった。
「うーん、最近トレーニングしてないからな。また筋トレ始めるかー」
「……んっ」
不意に聞こえてきた何者かの声……スコットの背筋は凍った。
「……」
激しくなる動悸。
滝のように溢れる汗。
悪寒。
背後から聞こえてくる悩ましい寝息に彼は震えが止まらなくなった。
「……嘘だろ?」
嘘であって欲しい。
もしくは夢であって欲しい。
そう思って全力で頬を抓りながらスコットは振り向く……
「……んぎゅう」
その青い目に飛び込んできたのはキャミソール姿の金髪の美少女。
彼のベッドで幸せそうな寝息を立てるドロシーの姿がそこにはあった。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
スコットは絶叫した。
意味がわからなかった。何故、ドロシーがこの部屋に居るのか。
この部屋の場所は彼女に教えていないし、戸締まりもちゃんとした。
そもそも彼女がこの部屋を訪ねてくる理由がない。ベッドに潜り込んでくる意味もわからない。
どうしてそんなに幸せで満ち足りた顔で眠っていられるのかも理解不能。
「何でだよ、畜生ぉぉぉぉぉぉー!!!」
スコットは頭を抱えながら蹲った。
「まさか、部屋を探す時に後ろから尾行していたのか!? いやいや、流石にない。それはない。泣きながら土下座してまでお願いしたのにそれはない! くそっ、どういうことだよ! 何で俺のベッドで寝てるんだよ!!」
「……んぎゅっ」
「ていうか何なの、その寝言!? 可愛いんですけど!!?」
「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」
混乱するスコットの前にエプロン姿のルナが現れ、彼を更なる混乱の渦に叩き落とした。
「……えっ?」
「いいお部屋を見つけたのね。住心地も良さそうで安心したわ」
「あれ、ルナさん? ホワイ? どうしてルナさんが?」
「ああ、ごめんなさい。二人よりも早く目が覚めちゃったから、朝食の支度をしていたの」
「え、朝食?」
「そろそろドリーを起こしてあげて。もうすぐ出来上がるわ」
ふふふと笑いながらルナはキッチンに戻る。
その後姿を呆然と眺めながらスコットはベッドにへたり込んだ。
「……どういうことなの」
ドロシーに続いてルナまでも部屋に現れて頭を抱える。
清々しい目覚めから一転、速攻で絶望の淵に追いやられた彼の顔はとても19歳の青年とは思えないほど老け込んでしまっていた。
「……また引っ越ししようかな」
そして彼が到達した打開策、この部屋が駄目ならまた新しい部屋を探せばいい。
今度は二人に見つからないような、来たがらないような治安の悪い所を選ぼう。
部屋ももっと汚くしよう。
わざとゴミを散らかして女が嫌がる環境を作ろう。
ベッドじゃなくてソファーで寝よう……等と考えていると
「おはよー、スコッツくん……」
背後から寝起きのドロシーが抱き着いてきた。
「びゃぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
「あははー、何よその声? そんなに驚いたのー?」
「ちょっと、いきなりくっつかないでくださいよ! 心臓止まるから!!」
「えー、なんでー?」
「『ナンデ?』じゃないよ! こっちが『ナンデ!?』って聞きたいよ! 何で俺のベッドで寝てんですか!?」
「スコッツ君のベッドだから」
「意味わかんねぇよ!!?」
眠たげな顔のドロシーが発した一言にスコットはツッコむ。
「んぎゅー……スコッツ君の背中あったかーい」
「ぎゃあああ、やめてぇー! 背中に何か当たってるー! 心臓が止まるぅー!!」
「気にしないでー、減るもんじゃないから。僕も気持ちいいし、スコッツ君も気持ちいいからウィン・ウィンよー」
「何処がだよ!? ウィン・ルーズだよ! こっちはボロ負けだよぉ!!」
「えー、そうー?」
むにゅー。
「あうううううううん!!」
背中に伝わる柔らかな感触と温かみにスコットは悶絶する。
ようやく開放された筈の悶絶地獄に再び引き戻され、彼の目には大粒のナミダが浮かぶ。
「いい加減に離してください! 会社を辞めますよ!?」
「えっ、やだ。離れるから会社辞めないで?」
ドロシーはようやく彼を放す。
スコットは高速でベッドから退避し、息を切らせながらファイティングポーズを取る。
「ふー……ふー……」
「……そんなに嫌だった?」
「えっ」
「ううん、別に」
流石にここまで嫌がられるとは思っていなかったのか、ドロシーはしょんぼりとする。
「あ、いえ……その」
「気にしなくていいよ。うん、これからはもうしないから」
「あ……はい、どうも」
急にしおらしくなったドロシーの姿にスコットの胸は痛む。
今の所、彼に非はないのだが普段は見せない彼女の反応に思わずたじろいだ。
「何か、その……すみません」
「……いいよ、気にしてないから。でもね、スコッツ君」
「……はい」
「先に僕に抱き着いてきたのは、君の方だからね?」
口に手を当て、頬を染めながら発した意味深な言葉にスコットは戦慄する。
「……えっ?」
「ああ、気にしないで。君は寝ぼけてたからね、仕方ないね」
「……社長?」
「中々離してくれなかったから、ちょっとした仕返しのつもりだったけど……そこまで嫌がられるなんてね」
「……社長!?」
「気にしないで、気にしないで。君は何も悪くないからね」
「社長ぉぉーっ!!?」
スコットは滝汗をかきながらドロシーに縋る。
しかし彼女は申し訳無さそうに『気にしないで』と返すだけで、昨晩に何があったのかについては頑なに語ろうとしなかった。
chapter.6 「独りぼっちが、一番だよな?」begins....